34 砂糖作り開始2
煮詰まるまで、デルフィーナは手持ち無沙汰だ。
やることが特にない。
エレナはアロイスが疲れたら交代するので、かまどのそばから離れられない。エレナを伴わないなら外に出てはダメと言われてしまい、進捗も気になるため、デルフィーナも厨房から離れる気にならなかった。
(暇な間に、カフェテリアの名前でも考えるか)
商会の名前を考えるときも悩んだが、店舗の名前も悩む。
商会は結局、アロイスと二人会頭となったから、名称は簡単に「ロイスフィーナ商会」とした。
二人の名前の一部をとって繋げた形だ。音的にも語感的にも良かったので、あっさり決まった。
名乗ってすぐ会頭だと分かるのもいい。
家名がそのまま商会名になるのが一般的だが、エスポスティは既に商会名としてあるので、個人名でもすんなり通るものにした。
二人会頭となってすぐに決まったから、頭を悩ませた商会名は、そのまま店舗名の候補にスライドできる。とはいえ全然候補がなくて悩んでいたので、一から考えるのと同じだったりするのだが。
今はまだ紅茶をメインとしたカフェテリアだが、珈琲豆を見つけた暁には、当然珈琲もメニューに入れる。
どちらも香りが豊かな飲み物だから、プロフーモリッコ〈豊かな香り〉はどうか。
(あまり店名として通りが良くないかな?)
デルフィーナの名前は商会名に使ってしまったし、甘い物を提供するから〈ドルチェ〉はどうだろう。――飲み物自体は甘くないし、軽食も提供するからそぐわない。
その意味では〈パスト〉も使えないし、〈コンフェテリア〉もだめだ。
広義の名称は当てはめにくいから、もっと個人名のような名前を考えなければならないのだろうが、デルフィーナにはどうにも思いつかなかった。
砂糖、お茶菓子、甘い、と漠然とした語しか浮かんでこない。
(ああ、そうだ、それなら……)
コーヒーノキを探す決意を込めて、珈琲の木の学名であるコフィアはどうだろう。
この大陸にはまだ珈琲がないから、学名もなにもない。使ったところでどこかと被ることはない。
「カフェテリア、コフィア」
口に出してみたら、すとんと胸に落ちた。
店舗名は、コフィアにしよう。
将来もしこの店が流行って、二号店三号店を出すことになったとしても。ここが始まりで、目指すところは珈琲を日常的に飲める生活だという決意を、店の名を出すたび思い出せる。
「うん。決めた!」
「何をですか?」
アロイスの傍で鍋を覗いていたエレナが振り返る。
「このお店の名前は、コフィアにします!」
「コフィア?」
灰汁を取る手を止めて、アロイスもちらりとデルフィーナに視線をやる。
「初めて聞く語だけど、意味があるのかな?」
「ええ。ある植物の名前です」
「植物の名前?」
アロイスはちょっぴり首を傾げて、また鍋に向き合う。
「今はまだ見ぬ植物ですが、いつか絶対手に入れます!」
デルフィーナはぐっと両手を握って力を込めた。
その様子に、アロイスは口の端をあげる。今までとは違う決意表明の様子に、なんとなく、察した。それがデルフィーナの“目標”だと。
「コフィア。コフィア、ね」
「いかがです?」
「いいんじゃないかな?」
元々アロイスは全面的にデルフィーナの意思を尊重している。店名もデルフィーナが良いと思ってつけたなら、それでいい。
「店名が決まったなら、看板を作らないとねぇ」
「そうですね!」
看板も、まだ注文できていない店舗に必要な物も、色々ある。
デルフィーナは珈琲にたどり着くまでの道のりを考えつつ、拳にまたぎゅっと力を込めた。
毎日が充実している。
でも珈琲まではまだまだ遠い。
できることから一歩ずつ。
デルフィーナは気持ちを切り替えて、かまどへ寄った。
「それで、鍋の方はいかがです?」
煮詰め始めてから、甘い香りが漂っている。その香りはどんどん濃くなっていた。
「どうだろう?」
焦げ付かないようたまに木べらで混ぜながら、灰汁を取って、と煮詰めてそろそろ一時間以上経つ。鍋の中は、とろとろと水飴のような固さになっていた。
「火を弱めましょう」
エレナに指示を出して、デルフィーナは火の傍から離れる。
火かき棒で崩された薪は、炎の赤から炭の黒へ色を落とした。鍋から離すように広げられた薪は、消えないものの、弱い火を宿すだけとなる。
エレナの的確な動きをデルフィーナは感心しつつ眺めた。
「これでまた煮詰めて、白っぽく変わってきたら教えてください」
「白っぽく変わってきたらどうするの?」
「火から下ろして、ひたすらかき混ぜます」
「また混ぜるのか」
鍋から離れず木べらとおたまを動かしていたアロイスはちょっと疲れたのだろう。肩を回す。
「冷めるのに合わせて固まってくるので、ある程度固まってきたらバットに流し込んで、冷めるのを待ちます」
「これが冷めるのにはちょっとかかりそうだねぇ」
すぐに食べられないのか、とアロイスはほんのり項垂れた。
それにクスクスと笑いながら、デルフィーナは首を振った。
「冷め切る前にちょっとだけ取り分けて、お菓子を作りながら待てばきっとすぐですわ」
熱々の状態では他の材料と混ぜるのに不都合だが、適度に冷めていれば使える。
元々作るつもりだったお菓子は、これまた鍋で煮て混ぜて冷ます必要があるものだ。だから、牛乳屋で交渉後に“アレ”も一緒に求めたのだ。
アロイスが持ってくれて、今はビーツの入っていた木箱に入れてある。
道具街でバットを多めに買ってきてよかった。思ったより軽かったから、大中小のサイズをそれぞれ二つずつで、計六個ある。大きなバットに砂糖を、小さなバットにお菓子を流せる。
木箱に一緒に入れたら、きっと冷めるのも早いだろう。
デルフィーナの言葉にやる気を取り戻したのか、アロイスは顔を上げた。
「お嬢様、白っぽくなってきました!」
しょんぼりしていたアロイスと交代していたエレナが、鍋の状況を報告する。だいぶもったりとして木べらを動かすのが大変なのだろう。少し汗をかいていた。
「火から下ろしてちょうだい」
「代わろう」
デルフィーナの指示に、アロイスが鍋を厨房中央のテーブルへ移動させる。すぐに、片手で鍋を押さえながら、ぐるぐると木べらを動かし始めた。
その間にエレナがバットを準備する。
「どう?」
しばらく経ってから、アロイスが鍋を傾けてデルフィーナに中を見せた。
鍋の中でかなり白っぽく――とはいえ精製しているわけではないためミルクティーのような色合いに――なった鍋の中身に、デルフィーナは頷いた。
「いいと思います」
前世でビートから砂糖を作ったのは一度だけだ。買いに行けばすぐ砂糖が手に入る環境で、一から作るのは道楽に過ぎない。一度経験すれば十分なので、二度は挑戦しなかった。
だから、これが適切なのかどうか、正直わからない。
火力で灰汁の出方は変わるし、加熱具合で砂糖の味は変わる。今回はアロイスへの報酬として、砂糖を作れることを示す意味で試験的に作っているに過ぎない。
加熱具合のベストは、そのうち料理人に見出してもらうしかないだろう。
アロイスがバットに流し込むのを見つめながら、上手く固まりますように、とデルフィーナは願った。
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