30 ガラス窓と審査と契約
「あ、そうだ。確認ですが、私の案をエスポスティ商会に買ってもらう、という感じで合ってますよね?」
「概ねそうだな」
「なら、エスポスティ商会がすでにやっている分野なら、どこに何を投げても大丈夫ですわね?」
「んん?」
デルフィーナの発言に、カルミネとアロイスは二人して首を傾げる。
「今は、砂時計とスプリングと傘しかカルミネ叔父様にお願いしていませんが、今後は他にも色々とお願いすると思いますから」
陶磁器工房にも発注しているので、それをカウントするなら今後も増えることになる。コラーゲンやカフェテリアでは出せない料理のレシピなどは、お願いとはちょっと違うが、投げることに違いはない。
お店のオープン前に泡立て器も作ってもらう必要があるし、シフォンケーキの型も欲しい。きっと考えたら他にも色々出てくるだろう。
今後何を思いつくか、必要とするか。分からない分、確認は大事だ。
立ち上げた商会に必要なものを購入するのも、基本はエスポスティ商会からとなるだろうし、諸々踏まえておいた方がいいとデルフィーナは考えたのだが。
「お前はそんなに色々作るつもりなのか?」
カルミネの少し引きつった笑いに、今度はデルフィーナが首を傾げた。
まだ陶磁器とスプリングと傘だけなのに、そんなに色々と言われるほどだろうか、と。
「思いついたらお願いすると思いますが、今はそれほどお願いしていませんよね?」
カルミネとデルフィーナは視線を合わせるが、意見は合わないらしい。
お互いの心境が分かったアロイスは一人、笑っていた。
「数だけで言えば、少ないかもね」
「なら色々と言われるのはおかしいのでは?」
「うん、でも内容が問題かな?」
「はぁ」
アロイスの説明でも納得のいかないデルフィーナは肩を落とす。
「いいよ、大丈夫、きっと兄上達がなんとかしてくれるから。デルフィーナは好きに思いついたことを言えばいいよ」
「本当ですか?」
「うん。微力ながら俺も助けるしね」
カルミネを見れば額に手を当てて首を振っているが、デルフィーナを否定するものではないようだ。
まずはなんでもアロイスに相談と決めているが、今後もそこは守っていこう。
「なら、私、温室が欲しいのです。もちろん、今すぐではないのですが、いずれ」
「温室?」
「はい。お父様のお許しがあったら裏庭に建てたいなと。温室用のガラスは私が魔法で加工しますし、建設費はカフェテリアが成功したらそちらの収入で賄おうと思っていて……」
「先の話だね。概ね大丈夫そうに聞こえるけど?」
「はい。ガラスについて、エスポスティ商会のガラス工房でお手伝いする代わりに融通していただけないかな、と思っていて。それをお願いしたいのですが」
「ふむ」
気を取り直したカルミネも、デルフィーナの申し出に一考する様子を見せる。
「そういえば屋敷内のガラス窓はだいぶ変わっていたな」
「はい。魔力の使い方がだいぶ分かってきました」
一日最低一枚のガラス窓に魔法をかけていたら、かなり力の使い方が分かってきた。反復練習は有効だったようでなによりだ。
「そのうちこの離れもお願いしようか」
カルミネの言葉にデルフィーナは笑顔で頷く。
本館はかなり変えてしまって残り少ないので、手を入れていないガラス窓が残っているのはこの離れくらいだ。練習に使える窓は多い方がいい。すべてに魔法をかけたら自信にも繋がるから、その後仕事をしたいところだ。
「試しに今、こちらの窓を変えてみても良いですか?」
「今か?」
「今後のエスポスティ商会ガラス部門でお仕事をさせていただけるか、審査していただければと思いまして」
「なるほど?」
自ら査定して欲しいとの申し出に、カルミネは一瞬で商会長の顔になった。
許可を得たものとして、デルフィーナは窓辺に近寄る。
商会長の執務室だけあって、窓は大きく、ガラスも見栄えが良いものが嵌まっていた。だが大判の一枚は、どうしてもゆがみが出るためデルフィーナが魔法をかけた物に劣る。
窓に指先でそっと触れて、デルフィーナは力を込める。
体内を巡っていた魔力が指先からガラスへと伝わる感触があり、そのままどんどんと広がっていく。
指先の触れたところから均一の厚さになっていくガラスは、全体に魔力が通った後、完全にフラットな状態となっていた。
「おお……」
馬車の窓と比べてかなり大きい窓だったそれが、見るからに滑らかで透明度をあげている。ガラス自体に空気やごくごく小さな異物が入っていて、デルフィーナが前世見ていたような、あるかないか分からないくらい透明なものとはならない。それでもこの大きさでこの透明度は、他と一線を画していた。
カルミネは、変化前と比べて格段に外の景色が見やすくなった窓に、感嘆する。
「ここまで見通しが良くなるのか」
本館でゆっくり窓辺に寄ることなどなかったため、これほどとは思っていなかった。
デルフィーナは練習のため小さい窓から始めたから、客人や主一家の目に着きやすい窓はまだあまり変えていなかったのもある。
「これはかなり売れるぞ」
カルミネはまた唸ってしまった。
個人個人で違う特殊魔法は、上手い使い方を見つけない限り宝の持ち腐れのようになる。適切な場所や使い方を見いだせるのはごく一部の人だけだ。
平民は親の就いていた仕事を受け継ぐことが多い。他の職業に明るくなく、自分の魔法をどこに生かせるか、気付かぬまま生きていることが多いのだ。
そこを取り持つのが商人だったり、貴族だったりするのだが。
魔法をあまり重要視していない国民性のため、自分の持つ固有魔法を申告することがあまりない。貴族家の使用人は雇用の際に確認があるため、魔法に見合った仕事を割り振られるが、その程度だ。
子爵令嬢も仕事をするような立場ではないため、これまでは、どこにも生かせない固有魔法だと思われていたのだが。
「ではカルミネ叔父様。私の魔法はガラス工房で使っていただけますかしら?」
「ああ。もちろんだ」
「ふふ、良かったです」
にっこりと笑ったデルフィーナは、真面目な顔になるとピッと人差し指を立てた。
「私がガラス工房をお手伝いする条件はふたつ。
ひとつ目は、歩合制で賃金をいただきますわ。一枚いくら、という形で。
ふたつ目は、常に私用のガラス板をプールしておいていただき、温室のガラスが割れてしまった場合はすぐに修理することです」
「どちらも無難な内容だな」
カルミネは諒解したように頷いた。
温室については先の話だが、契約する段階で決めておいた方が後々揉めずに済む。
双方の合意が得られたので、この件に関してはさっさと契約書を作ってサインした。
どの程度工房の手伝いに入るかは、別途決めればいい。七歳児にしては圧倒的に忙しくなったデルフィーナは、貴族令嬢としてのレッスンも疎かにはできないため、これもドナートやクラリッサの意見を聞く必要があろう。
(ついでにガラス製のティーセットなんかが作れたら嬉しいな!)
陶磁器のポットとカップが出来上がったら、それを見本に持っていって、作れるか聞いてみよう。
ティーセットが作れなくても、アイスを乗せるのにガラス製の器があると良い。夏場使える涼しげな器を作ってもらえるか、ガラス工房へ行ったら要確認だ。
先のことを考えてほくほく笑顔のデルフィーナと、各工房の運用と生産量を計算する悩み顔のカルミネは対照的だ。
アロイスはそんな二人をのんびりと眺めながら、これから先また忙しくなりそうだな、と考えていた。
――それからほどなくして、スプリングマットレスが完成した。
既に馬車にはめ込まれていたものと、試作品だというソファ。両方を使ってみたデルフィーナはご満悦だった。
これらにも、エスポスティ磁器と同じく、ひっそりと目立たない何処かにイルカのマークが入っていた。
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