03 行動計画
商会設立の資金は目処がついた。
実際にいくらかかるかは、具体的な店の内容を詰めないとわからない。
ドナートに明確な額を頼むのはある程度計算してからだ。
次にすべきは、紅茶を確保することと、アロイスの協力を取り付けること。
今回子爵家へ紅茶を持ち込んだブルーノへは既に手紙を出した。ドナートの紹介状も添えたから、日を置かずやってくるだろう。
アロイスにも同様に手紙を送ったが、領地までは羽馬を使っても一両日かかる。
バルビエリの王都は北大陸の東端、海に面した土地にある。国内最大の港がそのまま王都に直結している形だ。
一方、エスポスティ子爵が所有する領地は、やや内陸部の北寄りに位置している。
手紙を読んですぐに領地を発っても、王都までは数日かかるだろう。
アロイスの到着を待つまでの間にも、考えることやることはたくさんある。
店を開くには、カルミネの協力も必要だ。
貴族は領地管理や国政に携わる文官、国を守る武官として動くもので、物を売買したり労働して金銭を得るなど卑しい行いとされている。この時代、食物を育てる農民や牧畜に携わる者、物を作り上げる職人よりもさらに下に見なされるのが商人だ。
それゆえ、エスポスティ子爵は直接商会を運営しない。
あくまでもエスポスティ商会は、子爵家の庇護のもと事業を営んでいる一商会とのスタンスだ。
そのため現商会長は子爵の弟であるカルミネである。
ドナートは子爵として貴族の社交を、カルミネは商会長を、アロイスは領地の管理を、と三兄弟で上手く分担しているのが今のエスポスティ家なのだ。
新しく店を作るならば、店舗、内装、家具、備品、全てどこかで調達しなければならない。カルミネに頼めば多少は安く融通してくれるだろう。
既存の品では足りない場合、新しく作ってもらう必要がある。
ポット、カップ、ソーサー、クリーマー、ストレーナー。全部ない。
日常で飲んでいたのは、ワインやエールなどのアルコール類でなければ、白湯かハーブティー。
ハーブティーは、鍋で煮出したものをピッチャーに入れて運び、サーブするか。あるいは蓋付きのボウルにハーブと湯を入れて、一部の中国茶のように蓋で押さえて飲むスタイルが主流だった。
大きなコランダーはあるが、ハーブを除くためのストレーナーは存在していない。
そしてハーブティーも、薬として飲まれるのがメインで、嗜好品としての位置づけではない。
紅茶を売っていくのなら、一からお茶を飲む文化を作らねばならないのだ。
ポットとソーサーとカップ、クリーマーも、揃いのデザインで作ってもらう方が良いだろう。
紅茶用にハンドル付きのカップを、ボウルを元に作ってもらわなくては。
磁器は一応あるようだが、美術品として輸入される物がメインで、まだ北大陸では作り始めたばかりらしい。キャビネットを管理している家令が言っていたのだから間違いない。
生活に使うのは陶器か銀食器が主だ。
磁器の原材料の鉱石が見つからないならボーンチャイナを作ってしまう手もあるが、珈琲への道のりが遠くならないようにしたい。
珈琲用のマグもほしいから、いずれ手を出してもいいが、しかし。
(寄り道に逸れて珈琲豆から遠ざかるなんて本末転倒は避けたいわ)
ティースプーンもまだないし、ストレーナーも共通デザインにしたい。
とにかく作らないと様にならないものが多すぎる。
(口頭で説明したら職人さんががなんとかしてくれそうなものばかりだからまだマシね)
説明した後はプロに期待するしかない。
作ってくれる工房や職人へのつなぎは、エスポスティ商会長に頼むのがベストだ。
お抱えの陶工も銀細工職人もいるから、お嬢様の我儘として、融通を利かせてくれるはず。
もろもろのバックアップも頼みたいし、アロイス以外の信頼をおける人を紹介してもらうにも、初めての商会経営の相談をするにしても、カルミネは必要な存在だ。
大きな商会のトップであるカルミネは当然忙しい。
会って相談に乗ってもらうとしても、アロイスと詳細を少し詰めてからの方が無難だろう。
だが事前に相談したい旨を伝えておくべきだ。アポイントメントを早めに取る意味でも、今のうちに手紙を書いておこう。
(あとできることは――)
近々で最大の仕事は、なんといっても、アロイスを説得し味方につけること。
これはアロイスが来ないとどうにもならないが、説き伏せる筋道くらいは考えておいてもよさそうだ。
他は、紅茶を飲める店として店舗を構えるなら、紅茶以外に出せるものを考えなくては。
(お茶請けがあるといいのだけれど)
この時代、砂糖は高級品だ。香辛料ほどではないにしろ、サトウキビの育たない北大陸では、砂糖は南大陸からの輸入に頼っている。
(お茶のお供は甘いものが良いのよねぇ……蜂蜜ってどのくらいの値段なんだろう?)
子爵令嬢のデルフィーナは当然物価などわからない。
ささやかな欲しいものはメイドに言えば事足りるし、高いものなら父か母におねだりすれば手に入った。
出入りの商人――当然エスポスティ商会の者――の持ってくる物を見て、欲しければそう言うだけでよかった身では、見当もつかない。
(これは、本当に社会勉強だわ)
気軽に手紙を書いたり学習に使っている紙だって、おそらく安くはない。それを気軽に使えるのは家にお金があるからだ。
(本当にありがたい環境よね)
物価を調べるところからスタートとは思わなかったが、お茶請けを考えるため、デルフィーナはひとまず厨房へ向かうことにした。
コランダー=水切り
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