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29 スプリングテスト2




「これを広げればいいの?」

「はい。スプリングにかけてみてください」


 絨毯なみに厚手の布はかなりの重さだ。アロイスが木箱を持っていたときはこんなに重いとは思わなかった。


「私が」


 デルフィーナの横から大きな手が伸びてきて、布の端を持ち上げる。カルミネの執事だった。ありがたく代わってもらって、二人がかりでスプリングに布を被せてもらう。

 その上へ、こちらも手伝いに寄って来たエレナが、クッションを広げてくれた。


「もう一度乗ってみましょう」


 先程と同じ位置に立ってもらい、アロイスの両手を握る。今度はスプリングの具合を見るためではなく座り心地の確認なので、そっと座った。


「うぅん……やはり骨組みを感じますわ」


 成長途中のデルフィーナは、お尻の肉も薄い。骨張ったお尻に金属の固さがほのかに感じられる。これだと、馬車に組み込んだ場合は別の意味でまたお尻が痛くなるだろう。


「羊毛の量が足りなかったかな」

「量というか、厚さ不足でしょうね」

「そうか」

「叔父様も座ってみます?」


 アロイスと、ソファで考え込んでいるカルミネへ視線を投げる。


「座ってみる!」


 即座に返事をしたのはカルミネの方だった。


「スプリングの骨組みだけだと横揺れしますから、転ばないようにしてくださいね?」


 デルフィーナの言葉に、カルミネは慎重に腰を下ろした。


「む……」


 座り心地はまだ悪いだろう。

 デルフィーナのように反動を味わうには身体を動かさなければならないが、支えがないと転げ落ちる可能性がある。


「アロイス」


 男同士で手を繋ぐのは気が進まないが、この場合仕方ない。

 立っていた弟に手を伸ばすと、アロイスはデルフィーナにしていたように両手を支えに差し出した。

 ゆらゆらと身体を揺らして、カルミネはスプリングの動きをその身で感じる。


「ほう」


 声はおもしろそうなのに、顔は渋面だ。

 それがおかしかったのか、アロイスは小さく笑った。


「兄上、代わってくださいよ」

「む。そうだな」


 二人は立場を入れ替えて、今度はアロイスがスプリングに身を任せた。


「へぇ、これはおもしろいねぇ」


 カルミネより大胆に上下に跳ねるアロイスに、金属が軋みの音を立てる。これは布でカバーをかければ少し減るはずだ。

 満足したのか立ち上がったアロイスに、三人はソファへと戻った。

 そうしてデルフィーナはまた嘆息する。


「このソファも、スプリングが入っていたらもう少し座り心地が良いと思うのですが」


 この部屋のソファは、商会長として客を迎えることも多いため、羽毛を詰めたタイプのものではない。目一杯羽毛を使うタイプだと、座ると埋もれそうになるのだ。

 リラックスタイムに使うのならばそれでいいが、商業取引の場にもなる部屋には不向きで、カルミネは木枠に贅をこらした、固めのソファを置いていた。

 そこでのデルフィーナのこの発言。


「スプリングをソファに組み込むのか?」


 当然カルミネが食いつかないわけがなかった。


「馬車のスプリングマットレスより厚さを抑えれば、跳ねることも減りますし。羽毛を使わなければそれほど埋もれるような座面にはなりませんから、スプリングはソファにも向いてますわよ?」


 馬車の座面に使うだけではもったいない。


「私はこのスプリングの骨組みをもう少し広げて、寝台用のマットレスを作ってほしいですわ」


 ソファはデルフィーナの部屋にもあるが、まだ社交に出ていないデルフィーナには来客がない。そのためあまり使っていなかった。

 最近はアロイスとの密談で使っているが、他の部屋で家族と一緒の時に使っているソファの方が、使用率は高い。


「馬車に、ソファに、ベッド、か」


 またも渋面になってしまったカルミネの脳内は、商会内をどう回すかで一杯一杯なのだろう。きっと売り出し始めたら、あっという間に人気商品となる。

 初めは販売数を絞った方がよさそうだ、などと商人としての計算が始まっていた。

 それを見たデルフィーナは、慌てて声をかける。


「カルミネ叔父様! スプリングを作ってもらった工房には、新しく傘も作っていただきたいのです!」

「はっ。そうだった!」


 カルミネの返事に、アロイスから話が行っているのだな、とデルフィーナはチラリともう一人の叔父を見る。

 笑顔のアロイスは何も言わないが、肯定しているようだった。


「傘の骨組みを、私の言うとおりに作っていただくには、同じ工房の方がいいと思うのです。直接説明しやすいですし……」


 また違う工房で驚かれるのは御免被りたい。

 デルフィーナは知らないが、エスポスティ家としても彼女の存在はなるべく秘したいのだ。新しい物を作らせる工房は絞る必要がある。

 エスポスティ商会が傘下に置く工房はいくつもあるが、箝口令を敷きつつデルフィーナの安全を確保しながら、“見たことのないもの”を作れる技術を持つ職人がいる工房は限られる。魔法誓詞書を乱用するわけにもいかない。

 必然的に同じ工房へ依頼する他なかった。


「むぅぅ」


 今あちらの工房へ発注している物を他の工房へ振って、時間を確保するしかない。カルミネの脳内で諸々が動くが、詳細は部下に確認しないとならないだろう。

 だがスプリングも傘も、大きな商売になる。手をこまねいている場合ではない。

 そして、商人として、商会長として、カルミネにはするべき事があった。


「デルフィーナ。スプリングは、お前の発明ということで、商業ギルドに登録する必要がある。もし傘も既存のものと細部が違っていたら、登録できる。他にも発案したものがあれば登録していくから、エスポスティ商会と正式に雇用契約を結ぶぞ」


 エスポスティ子爵家とエスポスティ商会は、建前では分かれているため、子爵令嬢が発案した物を商会が勝手に作って売り出すわけにはいかない。

 デルフィーナを他の商会から守るためにも、権利を主張するためにも、契約は不可欠だ。


「わかりました。それが必要なことならお願いします」


 商売のことは正直よく分からない。デルフィーナにその点の知識はない。だがカルミネがこう言うのなら必要なことなのだろう。

 エスポスティ商会が儲けるならエスポスティ子爵家にも利があるので、ドナートも反対はすまい。

 アロイスを見れば、彼も頷いていたので、デルフィーナは迷いなく契約することに決めた。


「発明したものを使った商品が売れた場合に幾ら入れるかは、兄上と相談の上で決めたいと思う。いいな?」

「はい。それはお父様にお任せします」


 デルフィーナは保護者が必要な年齢であり、立場だ。ドナート抜きには決められない。


「他に何か希望はあるか?」

「他にですか?」

「出来上がった商品を優先的に回して欲しい、とか。まあまだお前は社交をしていないから今は必要ないだろうが」


 貴族令嬢として社交界に出れば、真の友人も、名前ばかりの友人も、交際を断れない相手も、諸々できてくる。そうした相手に贈る必要が出てきたら、実際の商品を優先的に融通してもらわねばならない、ということだ。

 先のことまで含めた契約を結ぼうと考えているカルミネに、デルフィーナは嬉しくなる。

 商人として発言していても、その実はデルフィーナの叔父として、姪っ子に益となる内容にしようと考えてくれている。もっと商売に走ることもできるのに、商人としては甘いのかもしれないが、家族の立場から考えてくれている。

 それが分かって、愛されているな、と実感できた。


「その辺は、私よりお母様の方が詳しそうです。お母様にも相談して良いですか?」

「ああ、そうだな。そうしよう」


 早急に契約を結ぶ必要はあるが、今この場で、というほどの急ぎでもない。

 ドナートとクラリッサの意見を聞きつつ決めていこう。二人は頷き合った。






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