28 スプリングテスト
離れへ呼ばれたのは、もう少しで昼食というタイミングだった。
エレナを伴って離れへ行くと、カルミネ叔父の執務室に案内される。
普段から商品確認をするためか、カルミネの執務室は広かった。ローテーブルとソファセットの隣は、カーペットだけの空間がある。何もないと寂しいそこに、長方形の大きな木箱が置かれていた。
「来たか」
「はい。カルミネ叔父様、ごきげんよう」
スカートをちょっぴり摘まんで挨拶をする。今日は全然会わなかったから、顔を合わせるのは昨日ぶりだ。
座るよう促されたので、デルフィーナはカルミネと対面のソファに腰を下ろした。このソファも高級品のはずで、木枠は造形も木目もとても美しく、よく磨かれていてピカピカしているものの、座面背面の柔らかさは心許ない。
以前はこういうものだと思っていたが、前世のふかふかソファを知る今のデルフィーナには、いまひとつの品に感じられてしまう。
手で座面を押していたデルフィーナは、ドアをノックする音で顔を上げた。
「お待たせしました」
アロイスが木箱を抱えて現れた。
「いや、デルフィーナも今来たところだ」
カルミネの言葉にデルフィーナも頷く。
カルミネに呼ばれた理由が分からずにいたデルフィーナに、アロイスは悪戯っぽく笑いかけた。
「俺も同席するよ。俺はデルフィーナ係だからね」
「なんですか? それ」
手にしていたそこそこの大きさの木箱を、既にあった木箱の隣へ置くアロイスに、デルフィーナはクスクス笑った。
言い得て妙だ。
何かするとき思いついたときは一番に相談する相手で、商会の共同経営者になったアロイスは、確かに“デルフィーナ係”に違いない。
「デルフィーナ、スプリングが出来たぞ」
アロイスがソファに座る前に、カルミネが徐ろに告げた。
「本当ですか?!」
デルフィーナは思わず立ち上がってしまう。
カルミネが、壁際に控えていた執事に視線で合図を出す。すっと木箱に寄った彼は、手際よく全ての木箱を開けていく。
中から現れたのは、デルフィーナが要望したとおりの金属の骨組みだった。
デルフィーナは箱の中に手を突っ込んで、押してみる。しっかりとした作りのようで、ほんの少ししか動かない。パッと手を離すとすぐに戻った。
「すみません、出してもらってもいいですか?」
カルミネに確認した執事とアロイスがそれぞれ両端を持って箱から出してくれる。重さはそれほどなさそうだ。
木箱の蓋は執事が回収して離れたところへ置いていたので、デルフィーナはそれを手に取った。
「デルフィーナ?」
訝しげな叔父の視線はそのままに、デルフィーナは木箱の蓋をスプリングの上へ乗せた。さらにソファからクッションを持ってきてその上に乗せる。
「アロイス叔父様、ちょっと手を貸してくださいな」
支えがなかったら転げ落ちるのは目に見えているため、スプリングを背にして立ったデルフィーナはアロイスを対面に立たせる。そして両手をしっかり持ってもらった。
「えいっ」
ほぼ板である木の蓋は、デルフィーナの体重ぐらいなら割れることはない。勢いがつきすぎるとクッションがあっても痛い思いをするのは目に見えていたので、かけ声ほど勢いはつけない。
それでも思い切りよく飛び乗ったデルフィーナに、二人の叔父も、控えていた執事とエレナも目を剥いた。
「デルフィーナッ!」
慌ててカルミネはソファから立ち上がったが、デルフィーナは声を上げて笑っていた。
「あははははっ、叔父様、すごいです! これちゃんとスプリングだわ!」
アロイスの手を掴んだまま、デルフィーナはゆらゆらと上下に身を揺らす。その様子を見て、一同言葉もない。
「カルミネ叔父様、流石ですわ! これで馬車の揺れも嫌じゃなくなりますっ」
満面の笑みでデルフィーナは木箱の蓋から下りた。クッションだけ持って、片手を繋いだままのアロイスを引っ張って、ソファへと戻る。
「ゆらゆらしていて、逆に酔ったりしないかな?」
「大丈夫だと思いますわ。横には揺れないはずですから」
座面にはめ込んでしまえば、スプリングが横に揺れることはない。上下に揺れるのは馬車自体変わらないので、元々酔う人にはなんの救いにもならないだろう。ただお尻が痛くなくなるだけだ。
「今は試しに蓋を乗せましたが、板では意味がないので、柔らかいクッションを全面に張ります。厚手の布を板代わりにまず張って、その上に適度な硬さのあるクッションを乗せて、更にその上に柔らかなクッションを乗せましょう」
にこにこと語るデルフィーナに、アロイスはうんうんと頷く。
「それで絨毯みたいな厚手の布だとか、綿花か羊毛を詰めた長細く平べったいクッションが欲しいなんて言ったんだね」
「はい」
デルフィーナはスプリングを注文した後、アロイスにちょこちょこお願いをしていた。カルミネは忙しくて掴まえられず、たいして高くない既存のものなら俺が用意するよ、と言ってくれた言葉に甘えたのだ。
「そういえば叔父様、スポンジって高い物ですか?」
デルフィーナは入浴している時にエレナが手にしていた物を見て、ここにもスポンジがあったのか、と驚いた。
きちんと見せてもらったそれは、前世で使っていたようなウレタン等の人工のものではなく、天然物だった。聞けば海で取れるという。
スポンジといえばケーキ、な前世のデルフィーナからすると、元々は海洋生物だったのは言われてそういえばと思い出す程度の知識だった。
「うん? スポンジかい? いや、そこまでではないかな」
ちらりとカルミネを見たが微動だにしないため、アロイスは代わって答える。
「海辺から離れると高くなるけど、王都ではそこまで高級じゃないよ。もちろん品質によってはかなり高いのもあるけど。拘らないなら大丈夫」
王都は海に面している。そこでも取れるらしい。
庶民向けの低品質な物、販売に至らない物でいいのだ。ちぎってある程度の大きさにして、布に詰めれば緩衝材としてスプリングの上に乗せるのにちょうど良い。綿花、羊毛と比べて、どれがいいか試してみてもいいだろう。
「……デルフィーナ」
「はい」
ようやく息を吹き返した様子のカルミネに、デルフィーナは顔を向ける。
「これが、お前の作りたかった物か」
「まだ骨組みだけですわよ?」
完成にはまだもう少しかかる。金属のスプリングだけあっても使えないのだ。デルフィーナは首を傾げた。
「実際に、馬車に組み込むのはいつだ?」
「それは叔父様の方が把握していらっしゃるのでは?」
デルフィーナは困ってしまって苦笑を漏らす。
綿花と羊毛とスポンジを手に入れるのも、サイズを合わせたクッションに仕立てて縫い付けるのも、既存の座面と差し替えるのも、すべてエスポスティ商会の仕事だ。デルフィーナは要望して作ってもらうだけなので、自分では何一つ作業しない。言うだけで出来上がるのはなんとお手軽なのだろうと思う。
(これってある意味チートよね。言ったら誰かが作ってくれるんだもん)
大きな商会を抱えるお家に生まれて良かった、とデルフィーナは恵まれた今生に感謝する。
「羊毛のクッションなら大雑把に作ってもらったよ?」
アロイスは立ち上がると、持参した木箱からそれを取り出した。
「まぁ!」
アロイスは本当に仕事ができる。デルフィーナは驚いて駆け寄った。
彼の持ってきた木箱には、厚手の布と、大きなクッションが入っていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、いいね、☆評価、感想、大変励みになっております!
気が向いたらポチッと応援お願いいたします。






