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27 ふくらし粉問題




 翌日のデルフィーナは、カルミネから昼前の時間を空けておくよう伝言があったので、部屋で大人しくしていた。

 カルミネ自身は朝から商会長として働いており、離れは人の出入りが途切れない。デルフィーナへの話があるため商会の事務所へ行かず、離れにいるらしかった。

 エレナに麦茶を淹れてもらいながら、デルフィーナはアロイスからもらった帳面を取り出した。まだ白紙のノートは、カフェテリア用のレシピ集にしようかと思っている。


「さて、何を作ろう」


 砂糖を作る時に簡単なものを作りたい。

 それとは別に、紅茶と共に出すメニューも考えなければ。

 このところ慌ただしく動いているか、子爵令嬢としてのレッスンを受けているか、ガラスに魔法をかけて疲れ切っているかだった。カルミネ叔父に指定されたとはいえ、じっくり考える時間ができたのはもっけの幸いだ。


 紅茶に合うお菓子と一口に言うが、色々とある。

 デルフィーナは前世で自分が作った物のレシピは脳内にあるので、再現が可能だ。食べただけで作ったことのないものも、レシピを見たものなら作れる。画像としてレシピ本のページが記憶に残っているからだ。


「紅茶のお供といえば、まずスコーンよね」


 アフタヌーンティーには欠かせないものだった。


「材料は、と。――え? 待って、ちょっと待って?」


 レシピを思い浮かべたデルフィーナは、途端に青ざめる。


「ベーキングパウダーって、ないよね?!」


 独り言のつもりだったが、思わず振り返ってドアの近くに佇んでいたエレナを見てしまう。


「ベーキングパウダー? ですか? すみません、初めて聞きました」


 グレーの瞳を瞠りながら申し訳なさそうに答えたエレナに、デルフィーナは首を振った。


「いいの! 聞かなかったことにして!」

「はい」


 ベーキングパウダーができたのは十九世紀のアメリカだったはずだ。それまでは重曹がふくらし粉として使われることもあったが、膨らみ方が縦と横ではだいぶ違うため、菓子作りにはかなり重宝されていたのがベーキングパウダーだ。

 デルフィーナの前世の知識内にはベーキングパウダーを使う菓子の方が圧倒的に多い。


(待って待って、スポンジケーキもマドレーヌもマフィンも、ベーキングパウダーがないと作れないじゃない!)


 この世界にはまだベーキングパウダーはない。デルフィーナはその作り方を知らない。

 炭酸ソーダはここにもあるだろうが、食用にできるのか不明だ。重曹も、あったとしても食用にできるかはわからない。


「エレナ、重曹って知ってる?」

「じゅうそう、ですか? ……すみません」

「ううん、ごめん、いいの。気にしないで……」


 再び侍女に尋ねるが、やはり答えは芳しくない。

 これはもうないものとして考えるしかなかった。

 ベーキングパウダーも重曹もない。膨らませるために使えるのはメレンゲだけ。その条件で作れるものに絞るほかない。

 色々と作れる、と思っていたが、意外に再現できるものは減りそうだ。


 オリーブオイルはあるのがわかっているので、シフォンケーキは作れる。

 オーブンの操作ができないから、シュークリームは失敗が多そうだ。こちらのオーブンは扉が鉄のため、途中で中をのぞけないから膨らみ具合が見られない。

 ショートブレットやクッキー類なら作れるだろうが、既にあるものと比較すると目新しさを感じられない。一手間かけて今までにない印象に仕上げなければならないだろう。

 タルトは、フルーツが手に入りにくいため、上に乗せるモノを拘らなければ作れる。お高い値段を付けるなら、フルーツタルトは再現可能な一つ。エッグタルトならフルーツなしでもいける。

 そう、メレンゲがたくさん必要なら卵黄が余るから、カスタードを作ればいい。フルーツを乗せないカスタードのタルトならそこまで高値を付けずに売れるはずだ。


(あと、ビスコッティは作れるな!)


 ベーキングパウダーは、あればあった方がいいのだが、なくても作れるのがビスコッティだ。珈琲に浸して食べるのが前世では好きだった。

 珈琲の一番のお伴は確保できそうで、デルフィーナはホッと胸を撫で下ろす。

 シナモン風味のカラメルビスケットも、材料からすれば作れるだろう。ようはサクッとしたクッキーにシナモンを利かせればいい。シナモンはエスポスティ家の厨房にもあったから手に入る。

 珈琲と甘い物の組み合わせとして考えると、アッフォガートが飲めたら理想的だ。


(バニラアイスは、どうかな? お兄様がいたら作れるかな?)


 バニラは先日南大陸からの輸入品店で見つけたばかりだ。

 兄のファビアーノは水さえあれば氷を作れる。妹に甘い兄なので、デルフィーナがお願いすればバニラアイス作りは手伝ってもらえそうだ。


(そもそも大きな氷を作ってもらって、冷蔵庫的なものを作った方がいいのかな?)


 冷蔵庫は作れるが、冷凍庫は難しそうなので、アイスを作るならやはりファビアーノの協力は不可欠だろう。

 他に作れて、珈琲に合うものは。


(チーズケーキ! レアチーズケーキは珈琲店でよく食べたわ)


 チーズケーキは、クリームチーズがあれば作れる。チーズ自体はあるので、クリームチーズも探せば見つかるのではなかろうか。レモンは南方の国からの輸入品があるため、高くつくがなんとかなる。

 柑橘繋がりで言うなら、オレンジがないためクレープシュゼットは難しいが、単なるクレープなら作れる。それなら、ミルクレープはいけるだろう。

 クリームを伸ばすまっ平らなスパチュラとケーキスプーンを作ってもらえば完璧だ。


(あ、うっかり珈琲のお伴にスライドしてた。今は紅茶に合うお菓子を考えるのよ!)


 そもそも、現在のバルビエリに、菓子を売る専門店はない。

 元来砂糖は流通量が少なく、それを得られる高位貴族ならお抱えの料理人がいるのが普通だ。

 ハチミツを使った菓子を置いているグロサリーもあるが、菓子の種類は多くなく、日持ちのする水分の少ない菓子が多い。甘味といえばジャムが主で菓子ではないのだ。

 砂糖を使う場合は、ドライフルーツやナッツ、種子などをシュガーコーティングしたコンフィットか、果物の砂糖漬けか、ガッチガチの保存食のような焼き菓子かが主流なのである。実際、ガチガチの焼き菓子は保存食として旅人が求めることが多い。

 つまり、ふわふわした食感の甘味はクリームくらいしかなく、これも保存が利かないため、作りたてでないと食べられない。

 料理人が作るものという認識で、お抱えの料理人がいない家では食べることがない。庶民の口にはまずはいることがなく、見たことがあるのも貴族家や富裕層の商家に勤める使用人のみで、平民は話に聞くぐらいだ。

 甘い菓子はお祝い事の時に食べられればいい方で、コンフィットはある程度お金のある者しか買えない。

 各家庭でハチミツが手に入れば、それを使った菓子を作るだろうが、これもやはり祝祭の時が多い。

 デルフィーナの脳内にあるようなスイーツは、富裕層向けのレストランでデザートとして出されるくらいで、持ち帰りの菓子専門の店は現状存在していなかった。

 砂糖革命を起こす気はないが、菓子については多少作ってもいいだろう。今あるものから新しい融合を考えるだけなのだから。


 紅茶に合う菓子、いずれは珈琲に合う菓子も作りたい。

 いくつか候補が挙がったが、菓子作りに向いた小麦粉と乳製品をまず用意しなければならなかった。

 王都で乳製品を手に入れるのは少しコストがかかるが、砂糖が浮く分で十分お釣りが来る。鮮度の高いものを仕入れてもらおう。

 菓子も紅茶も高めの値段設定で提供予定だから、多少製造原価が上がっても利益は上がる。高くてもリピーターがつくような菓子を用意すればいい話だ。


(夏場はゼリーとか涼しいお菓子も欲しいよね。お兄様に頼めば氷は用意できるから、氷菓はもしかしたらなんとかなるけど。ゼラチンって手に入らないかなぁ??)


 今は晩夏だから、開店は早くて秋の半ばだろう。

 来夏まで時間はあるものの、それまでにゼラチンが見つかるだろうか。


(――なければ作れば良いじゃない?)


 どこかのアントワネット様が言ったとされる言葉に倣うなら、ゼラチンも自作するしかない。ジャガイモからデンプンを取ろうかと考えたように、ゼラチンも何かから抽出できればいい。


(確か、ゼラチンってコラーゲンだよね。マシュマロはお肌に良い~とか一時期言われていたような?)


 真偽のほどは分からないが、ゼラチンがコラーゲンであるのなら、豚の皮から取れるだろう。

 豚の皮を煮詰めて、灰汁と油を除外すれば、ゼラチンが取れるはずだ。

 問題は匂いだが、どの程度誤魔化しが効く物かは作ってみなければ分からない。最悪菓子作りに向かなくても、料理には生かせる。食欲減退中の人向けの料理には使えるだろうし、エスポスティ商会傘下の料理店にレシピを売れば無駄にはならないだろう。


(マシュマロってギモーブと同じだよね。ギモーブってなんとか葵っていう植物だった気がするけど……無理だ。これは覚えてないや)


 伝聞で得た知識は引き出せない。友人が語っていたことは覚えていても、その内容を正確に思い出すことはできなかった。

 ギモーブの元となる植物が分かれば、そちらからゼラチン質を抽出できるのかもしれないが、植物を割り出すだけでかなりかかる。茶請けの菓子を増やすためだけにそこまでの労力や資金は割けない。

 現状作れそうなものから挑戦して、店を軌道に乗せることを優先すべきだ。

 順当にやっていって上手く回るようになれば、他のことを考えてもいい。

 デルフィーナはノートに作れる菓子を目次として書き込んでいき、それぞれのレシピもページを分けて書き起こしていく。

 別途、アロイスが持っていたのと同じ小さな手帳――これもアロイスに言って用意してもらった――に、やることを記入していく。

 小麦粉、砂糖、乳製品、シナモン、バニラ、レモンの入手、クリームチーズの探索と、道具類の注文に、兄への協力要請。

 やるべきこと確認すべきことは、一つ減ったと思うと、二つ三つ増える。

 手帳を埋める文字を見ながらデルフィーナは、珈琲のために! と気合いを入れ直した。






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