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25 アロイスのせい



「防水布?」

「水を通さない布ですわ。それなら小雨程度でも外の席を使いたい方がいた場合、雨よけになります」


 蜜蝋を吸わせた布だと直射日光で蝋が溶ける可能性を考えたが、バルビエリは北大陸でも中程の緯度のため、真夏でもそこまで熱くならない。日差しはきついが温度はあがらないのだ。蝋が溶ける温度になる心配はない。

 今は晩夏なので、早々に作れれば、真夏以外の状態についてはテストができる。もちろん、真夏の日中の使用は、来夏テストをしてからとなるが。


「問題は、テーブル一体型にするか、自立型にするかですわ。直射日光による劣化を考えると、別の方がいい気がしますが、場所を取りますし」

「ごめん、一体型というのがどういう形なのか分からない」


 アロイスが困ったように首を傾げる。

 前世で見た記憶のあるデルフィーナと違って、アロイスにはイメージできなかったのだ。デルフィーナはアロイスから手帳とペンを受け取ると、そこに大雑把な絵を描いた。


「こんな感じで。テーブルの中心に傘の柄が通っていて、テーブルの真上に傘が開く感じです」

「なるほど」

「これだとテーブルは円形になりますわね。あと、傘が外せないのでテーブルと椅子を屋内にしまうことはできませんわ」

「テラスに置きっぱなしになるね」


 くわえて、テーブルクロスも掛けられない。

 エスポスティ家の食卓はテーブルクロスを掛けていなかったので、クロスを掛ける文化はなさそうだ。

 雰囲気作りにクロスを使うつもりなので、店内の席とテラス席で差が出てしまう。


「良い家具を使うつもりなら、風雨にさらすのはもったいないね」

「そうですよね……。わかりました、自立型の傘を作りましょう」


 ベースをしっかり作ればすむ話なので問題ない。大きめのガーデンパラソルのような傘を二つ三つ用意しよう。ベースは邪魔になるので、置く場所と大きさはテラスを測りながらが決めた方が良さそうだ。


「骨組みは、スプリングを作っていただいている工房でお願いできますよね?」

「そうだね」

「傘の布を作ってもらうのと、縫い合わせる作業はどちらにお願いしたらいいのでしょうか?」

「それはまたカルミネ兄上に相談かな」

「エスポスティ商会の部門にそういうのを作れるところがありますか?」

「あると思うよ。というより、兄上が作ると思うよ」


 アロイスは苦笑する。

 傘を作れるとなればひとつ部門を立ち上げることぐらいするだろう。それだけ傘は貴重品だ。今のバルビエリ王国内に作っている店はなかったはずで、そうなるとかなりの商機である。当然カルミネは調整するだろう。


「ではそれで、傘は作っていただく方向で……」

「うん」


 諾ったアロイスにデルフィーナも頷いた。


「店舗のガラスを見ていて思ったのですが、あれを全部綺麗にしたら障りがありますか?」

「綺麗にと言うと?」

「馬車の窓を変えたように魔法をかけたいのです」

「ああ。うん、デルフィーナの魔法で変化させるのなら大丈夫じゃないかな」

「本当ですか!」


 目新しい物がたくさんの店に、普通ではないような透明度のガラス窓となれば問題が起きるかと考えたのだが。魔法で加工した、と説明ができるため不都合はないらしい。

 これで庭も公園の緑も屋内から見通せるようにできる。


「今も屋敷の窓をちょっとずつ変えてるよね?」


 馬車の窓を変えて以来、デルフィーナは魔法の訓練を兼ねて、タウンハウスの窓に少しずつ魔法をかけている。


「はい。大きなガラスは意外と難しくて、なかなか上手くいきませんが」


 馬車の窓は小さかったのですんなり加工できたが、大きな窓ガラスは力加減が難しい。割れることはないものの、均一になるはずが波打ってしまうのだ。

 それでも毎日のごとく続けていたら、だいぶ向上してきた。今の調子で続ければ、店舗のガラスもすべて難なく加工できるに違いない。


 カルミネが馬車の窓に反応したときから、デルフィーナには考えていることがあった。

 ガラス職人は頑張っているが、今の技術ではまだまだ大きく平らな板ガラスは作れない。小さいものをつなげて大きくしているのが現状だ。必然、つなぎの部分は透明度が下がるし、歪みも出る。

 だがデルフィーナが魔法でそれを真っ平らにしたら、透明度の高い綺麗で大きな板ガラスが完成する。

 一枚の大きな板ガラスには、どれだけ高値がつくか。

 カルミネの反応からすると、かなりになるだろう。

 魔力には限りがあるし、作れる枚数には制限がかかるが、この魔法を使うことでカルミネと取り引きができるのではないか、とデルフィーナは考えた。


 デルフィーナは温室が欲しいのだ。

 温室と言えばガラス張り。ビニールハウスは再現不可能だし、栽培用とはいえ温室を作れば客が見たがるに違いないため、見栄えの良い温室を作る必要がある。

 王立公園には植物園もあって、そこには小さな温室もあるという。入場は一般には解放されていないが、外から眺めるだけでも参考にできる。

 同じような物を屋敷の裏に作ってもらうには、自力で大きな板ガラスを用意できる方がいい。デルフィーナの私費で建築費用を賄うとしても、肝心のガラスが手に入れられなければどうにもならない。

 エスポスティ商会の販売するガラス作りに協力する見返りとして、温室作りを願えば良いのだ。

 必要なガラスを揃えるにも、建築にも、時間がかかる。カルミネに打診するなら早いほうがいい。

 デルフィーナは傘のことと一緒に頼むことにした。


「ねぇデルフィーナ。人との会話でなにか困った時は、俺のせいにしていいよ」

「え?」

「アロイス叔父様のせい、ではぐらかせそうなこと、多そうでしょ?」


 一人黙考していたデルフィーナを眺めていたアロイスは、いつものようにふんわりと笑った。

 その笑顔の奥には、どんな心が隠れているのだろう。

 唐突な内容にデルフィーナは少し戸惑う。けれど、アロイスにはアロイスの考えがあって言い出したことだろう。

 アロイスが何を考えているのかは分からないが、アロイスがデルフィーナを傷つけることはない。それだけは確信をもって言える。

 だからデルフィーナは頷いた。

 確かにアロイスの言うように、デルフィーナがうっかりして誤魔化す必要が生じた時、アロイスから聞いた、アロイスに教わった、アロイスからもらった本に載っていた、等と言えばすり抜けられる場面は多そうだ。

 出所不明の知識を使うとき、人に伝えるとき、不審がられずにすむ。

 大学まで出てる貴族の子息は博識だ、と皆勝手に勘違いしてくれるだろう。

 それはデルフィーナにとってとても助かることだった。


「ありがとうございます。困った時は、頼らせていただきますね。――今も、十分頼らせていただいておりますけれど」


 デルフィーナはふふっと笑みを零す。

 その笑顔はほんの小さな少女とも、老成した大人とも見える。

 アロイスはどこまで世間を欺けるか微かな不安を抱えながら笑い返す。


「報酬はちゃんともらうつもりだから。よろしくね?」


 こくこくと頷いた可愛い姪っ子の頭を、複雑な思いで一撫でした。






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