23 軽食タイム
のんびりペースで味わいながら、デルフィーナは室内を見渡す。
一階は二階に比べて外から入ってくる明かりが少ない。輝光石を多めに置く方が良いだろう。
ぼんやりしたガラス越しでしかないが、庭は表から見えたとおり、長いこと手入れされておらず草木がぼうぼうに茂っているようだ。
手入れをすべき箇所を脳内でピックアップしていく。
心の中ではもうここを借りると決めてしまったから、どう手を加えていくかに意識が向いていく。
二階にはテラスがあった。十分な広さだったので、テラス席が作れる。庭の手入れが上手くできれば、一階にもテラス席が作れるかもしれない。
二階のテラスは当然吹きさらしなので、テーブルの上には大きな日傘があるといい。
だが、傘は貴重品だ。
遺産相続で誰が継ぐか指定するほどのものだったように思う。
(確か、お母様が持っていた日傘は、曾お祖母様から譲り受けた物だったような?)
雨具として使うことを全く想定されていない傘は、そもそも数が少ない。日傘を持てるのも、貴族のステータスだ。
貴婦人が日除けに使うのが基本のため、デルフィーナが知るのは小ぶりなものばかり。
(作るとなったら、また大変かな?)
アロイスに確認が必要だが、この場では問わない方がいいだろう。
傘は、前世で一度、お気に入りを壊してしまってなんとか直せないかと四苦八苦した覚えがある。
結局自力で直すことはできず、かといって修理に出すほど良いものでもなく、捨てるのもいやで、部屋に眠ったままとなった。
だがその時に構造はしっかり確認した。作ろうと思えば作れる。
スチールの骨をデルフィーナが作るのは無理だが、スプリング作りを依頼した工房にまたお願いすれば、金属製の骨組みは作ってもらえるだろう。
生地の部分は、防水布を作ればテラスに置きっぱなしでも問題ない。
雨用の上着も結局あまり防水機能はなかったので、ついでにカルミネに作ってもらえばいい気がする。
蜜蝋を溶かして塗ったあと浸透させればいいだけだ。他の適切なワックスがあればそれでもいい。蜜蝋以外を服に使う場合は匂いが気になる可能性もあるが、パラソルとして使う分には差し障りがない。
かなり大きな傘を作るのは、縫うのが大変かもしれないが、この国の針子の半分は男性だ。力が必要だったとしても、さして困らないだろう。
針子の半分がなぜ男性なのかといえば。
戦が盛んだった時代。身なりをきちんと整えられないと、低能とみなされる風潮があった。戦場に余計な人員は連れて行けないため、戦闘で破れたりほつれたりした服は、自分で整える必要があった。
当然、繕うのも身分に関係なく各々でする。側近を連れていた高位貴族はそちらへ任せられたが、兵の大多数は平民だ。
戦場へ出ても自分で身だしなみを整えられるように、と貴族を含めた各家では男子にも針の嗜みを身につけさせた。それが戦のなくなった世でも、変わらず続いている。
そのため、針に秀でた才能を持った者、他に付ける職がなかった低位貴族の次男三男などが針子になっているのだ。
エスポスティ商会も、細かい刺繍やレース編みは女性の針子が多いが、カーテンや幌馬車、旗、鞄などの縫い手は男性が主だ。
傘作りがここに入っても、問題ないだろう。
(よし、これはおじ――アロイスに聞いてから、カルミネ叔父様に投げよう)
ふっと鼻から息を吐いたデルフィーナは、肉巻きの最後の一口を頬張った。
美味しい昼食代わりの軽食だった。
だがもそもそしたパンと、持ち運びに適するよう水分を減らされた肉巻きだけだと、喉が渇く。
水筒はない。
皮革を縫ってできた液体容器はあるにはあるが、基本的に旅人が使うもので、貴族が使うことはまずない。ピクニックの時は、使用人がピッチャーを携えるのだ。
東大陸ならばひょうたんや竹の水筒があるのかもしれないが、植生からして北大陸にはなかった。
こういったちょっとした出かけの時に持ち歩ける水筒もほしいが、デルフィーナにとっては水筒に入れる物も問題だった。
(あーなんでもいいからお茶飲みたい)
紅茶は高いのもあるが、デルフィーナの年齢ではカフェインが気になる。
(子どもでも飲めるお茶がほしい……子どもでも……あ、麦茶?)
麦茶ならカフェインレスだし、材料も安いはず。
前世で飲んでいたのは大麦を煎ったものだったはずだ。
外皮がついていてもいなくても大丈夫だから、もしかしたら貯蔵庫にあるかもしれない。
エスポスティ家では小麦やライ麦を食べているから、大麦はもしかしたら飼料用しかないかもしれないが。
(お馬さんのをもらうのは、ちょっと悩むな? まずは料理長に聞いてみるか、帰りにまたどこかの商店に寄ってもらおうかな)
「また何か考えてるね?」
無意識に唸っていたらしい。
こっそり耳元で囁いたアロイスに、デルフィーナはちょっとビクッとした。
綺麗な顔にみあった声は、七歳児とはいえ良い声に感じてしまう。
赤面することこそないが、たまに思い出させてくれる叔父の美青年ぶりに、デルフィーナはこくこく頷きながら、内心で息を吐いた。
「後でいくつか相談させてください」
「わかった。後でね」
初めに相談するときは、他の人に聞かれない方がいい。そこは流石に学習したデルフィーナは、思いついてエレナに声をかけた。
「ねぇ、エレナ」
「はい、お嬢様」
「家の厨房に、大麦はあるかしら?」
「大麦ですか?」
エレナはちょっと考え込むように眉根を寄せる。
「私の記憶では、なかったように思います」
侍女になる前はメイドとして屋敷内のいろいろなところへ手伝いに入っていたため、厨房のことも少しは把握していたエレナの記憶に、大麦はなかった。
普段使わないだけであるのかもしれないが、ない可能性の方が高い。
「そう、ありがとう」
「帰りに買っていくかい?」
二人の会話を聞いていたアロイスは、デルフィーナが言い出す前から提案してくれる。
「はい。大麦が売っているお店が分かるなら、お願いします」
アロイスが御者に視線を投げれば、彼は無言で頷いた。
扱う店が分かるらしい。
ギルド会館へ戻った一行はすぐさま賃貸契約を結び、互いに笑顔で担当職員と握手を交わした後。御者の案内でグロサリーに寄って、満足したデルフィーナを連れて無事に帰宅した。
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