21 庭での思索
この日はレッスンの日だった。
学ぶのは、近隣国との関係を含めた国の歴史、国の経済について、エスポスティ家の来歴や現在の状況、他家との繋がりを含めた国内外の王侯貴族各家について、魔法の発展と歴史に確認されている特殊魔法の種類、などなど。
その他にダンスや作法のレッスンもある。
年齢に合わせた授業となってはいるが、デルフィーナは前世を思い出してから理解力も上がったため、教師は教える内容を少しずつ深めていた。
今日も、教師とデルフィーナ双方が満足するレッスンだった。
集中して頭を使った程よい疲れに、デルフィーナは両手を上げて伸びをした。
「デルフィーナ様。それは少々はしたのうございますよ」
レッスンを終えたばかりの家庭教師が苦笑して指摘する。
確かに令嬢のやることではなかった。
「失礼しました」
恥ずかしさに照れながらデルフィーナは謝罪する。
まだ七歳と思えば許容範囲なのだろう、厳しくない教師は、お気を付けくださいね、と言うだけで終えてくれた。
部屋に二人きりとなる以上、教師は当然女性だ。
今日からはエレナが部屋の隅に控えている。授業前に挨拶をさせたが、二人の相性も問題なさそうだった。
午後も遅い時間だが、夕食までにはまだしばらくある。
デルフィーナは身体を動かしたくなったので、庭へ出ることにした。
エスポスティ子爵家のタウンハウスは中の郭のかなり外側にある。
他の貴族家が、主郭の傍――なるべく王城の近くに家を構えるなか、広めの敷地がほしいとあえて遠いところを選んだ。
高位貴族に比べたら城に上がることは少ないし、商人の出入りも多い家だ。厩舎も構える都合上、城から遠くても敷地面積をとったのである。
主郭の傍でもエスポスティ家の財力なら広い土地を得られたが、そんなことをすれば上位貴族からの当たりが強くなる。プライドの高い彼らを刺激しないためにも、支障なく商会を運営していくためにも、あえて遠くを選んでいた。
屋敷裏手の厩舎には馬と羽馬とがいて、どちらも多少は動けるようにと芝生や砂場が広めに設けてある。
逆に屋敷の表側は客の目にとまるため、花のつく樹木を植え、花壇と共によく手入れされていた。
デルフィーナは今日は広々したところを歩きたかったため、柵越しに馬達を眺めながら裏庭を散歩した。
(これだけ広いなら、少しぐらい建物を増やしても大丈夫かな?)
デルフィーナは温室を作りたいと考えている。
ほしい食材が輸入されているのは分かったが、いかんせんお値段が高い。果樹などは苗を入手できれば育てる方が安上がりだ。大量に必要な物は育てる意味はあまりないが、少量で済むものなら温室で育てる方がいい。
珈琲を探すのなら、どのみちプラントハンターを雇う必要がある。
ついでに他の植物も持ち帰ってもらえばいいのだ。
珍しい植物を育てることは貴族としても評判が上がるし、客を楽しませることもできるだろう。
その意味では、食材となるものだけでなく花々も視野に入れたい。
昨日見た店では、ジンジャーもカカオもバニラもあったので、どちらかといえば柑橘類を手に入れたい。
レモンなら北大陸南端の地域と諸島にあるから、苗を手に入れるのも容易い。南大陸でオレンジが手に入れば、その方がいいが。
季節外れの果実の収穫も温室なら可能になるし、ベリー類は冬場もほしいから、劣化防止系の魔法を使える者が見つからなければ育てるのがベストだ。
(あとほしいのは、薔薇ね!)
前世で、中国原産の大輪だったり深紅をした品種の薔薇がヨーロッパに渡ったのは、大航海時代だ。
この世界は大陸がおおきく三つで植物分布も前世とは色々違っているが、概ね発祥地の気候は似ている。
デルフィーナが薔薇と言われてパッと思い描くものは、おそらく東大陸にある。
今バルビエリで手に入る薔薇も柔らかで可愛らしく貴婦人達に人気だが、はっきりした色合いの、牡丹のように花弁の多い華やかな薔薇があれば一躍人気となるだろう。
カフェテラスの店内を飾るのにも使えるし、見つかるなら是非ほしい。
デルフィーナはこの世界の今を、前世に当てはめるなら十六世紀頃だと思っている。
中世の終わり、近世の始まり。
大航海時代に突入した、ヨーロッパのような世界。
船の性能が上がり、南大陸との交流は以前より盛んになり東大陸という新天地との繋がりもできた今は、まさに大航海時代の幕開けだ。
魔法という前世とは大きく異なるものがあるため、政治状況が前世と似通っているのかどうかは分からない。むしろ少し進んでいるような気もする。
魔法がある分、宗教も少し違うのだろう。様式もゴシックやロココを感じるものの、クイーンアンスタイルの雰囲気もあった。
前世でヨーロッパとアジアは陸続きだった。船で行き来をする前から、シルクロードという繋がりがあった。細々とでも文化も人も行き来していた。だがこの世界では完全に陸地が離れているため、南大陸はともかく東大陸との交流は始まってまだ浅い。
だから文化的発展がデルフィーナの知る前世の世界とかなり違っても不思議はないのだ。
更にいえば、この世界が大航海時代のヨーロッパと大きく違うのは、奴隷貿易がないことだろう。
奴隷制度がないわけではない。しかし犯罪者を刑罰として落とす犯罪奴隷が主で、敗戦国の者や武力の劣る国から人を狩ってくるようなことはない。
戦が起きても捕虜は奴隷にするより保釈金を取る方が国の儲けになったのもある。
また、南大陸は獣人が多く住まうこともあり、強力な魔法師でもないと個々では勝てない。北大陸人より骨格が大きく筋力も強い獣人を力で下すのは無理があるし、東大陸は近年やっと交流を持てるようになったばかりだ。
船で人を運ぶのは糧食もいるし、大陸間を渡すなら、場所を取らず問題も起こさず高額で売れるスパイスや黄金、磁器、砂糖等の方がいい。各国の利害、商人の考えが合致して、この世界では奴隷がほとんどいない結果となっていた。
だが明確な階級制はある社会だ。差別も当然ある。
(前世の社会だって、平等をうたったって差別は歴然とあったもんね)
封建社会である以上平等とはほど遠い部分も多いが、今の世界は建前もないから、それぞれがしっかり差違を理解している。
前世を思い出したデルフィーナからすると理不尽に思える事柄もたくさんあるが、個人ではどうしようもない。社会制度を改革できるほどデルフィーナは政治に明るくないし、革命を起こす気もない。急激な変革は大勢の命運を左右する。他人の命に責任を取れない以上、手を出してはいけないとデルフィーナは思う。
大勢の命を犠牲にしないのなら、緩やかに改革していくほかないだろう。
できることから少しずつ、可能な範囲で、責任を取れる範囲で。
デルフィーナはこの封建社会でもできることをやっていきたいと、ぼんやり考えている。強い正義感や使命感からではなく、なんとなく、幸せな人が増えればいいな、というような気持ちからだ。
自分だけ幸せなのはなんとなく居心地が悪い。だから社会を少しでも良くなるようにしたい。例えば仕事を得られる人が増えるように。美味しいものを食べられる人が増えるように。そんな手伝いぐらいしかできないけれど。
(しないよりは、するほうがいいよね)
社会や文化の成熟度合いは前世とかなり違っている。だからこそ、デルフィーナが改善できる余地がたくさんある。
珈琲を求める過程で、人に社会に良い影響を与えることができたら。
そう思うデルフィーナだった。
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