20 侍女選び
翌日の朝、いつもと違う食堂の場景にデルフィーナは目を瞠った。
朝に弱いクラリッサが、すでに座っていたからだ。
華美ではないが質の良いことが窺えるシンプルなデザインの、深緑のデイドレスに身を包み、しゃんと座っている。
デルフィーナが席に着いたところで、ドナートとアロイスを合わせた四人分の朝食がテーブルに並べられた。
サーブしてくれたバトラーとメイドはすぐに壁際へ下がって、声を掛けられるまで待機の姿勢に入る。
神に祈りをささげた後、四人は静かに食事をした。
なんとなく緊張感の漂う食堂に、デルフィーナは内心で首を傾げる。
原因は、食後に分かった。
「デルフィーナ。最近よく出歩いているようですね」
母の言葉にデルフィーナはドキリとする。
クラリッサは怒っている雰囲気ではない。だが凜とした姿勢はデルフィーナの逃げを許さない厳しさがあった。
「貴女ももう七歳。子爵令嬢にふさわしい教養は付け始めたばかりですが、行動も考えなくては」
「はい」
前世を思い出してから、デルフィーナは精力的に動いてきた。
それまではのほほんと屋敷内で好きに遊ぶか、庭で遊ぶか、クラリッサに習って刺繍や編み物をしたり、教養のレッスンの予習復習をしたり、と過ごしていた。行動での変化は顕著だったかもしれない。
クラリッサはそれを悪いこととは捉えていないようだが、屋敷の外に出る時に付き添いがアロイスとフットマン――男性だけなのが気になるようだ。
「貴女にもそろそろと思っていました。これを機に、侍女をつけます」
きっぱりと言ったクラリッサに、デルフィーナは反論できなかった。
する必要もない。
貴族の令嬢なら、ある程度の年になれば侍女がつくのは当然だ。
「かしこまりました」
「メイドの中から選んでもらいます」
「はい」
「外出時も含め、常にそばに置くように」
「はい」
「誰にするか、希望はありますか?」
聞かれてデルフィーナは黙考する。
デルフィーナの教養のレッスンは週に四回。
暦は、前世のグレゴリオ暦と同じく太陽暦のため、一年は三百六十五日、一週間は七日だ。太陽は一つで月も一つ、星の配置は前世の頃はほとんど見えなかったため同じか分からないが、四季の廻りを考えてもほぼ地球と同じサイクルで回っている。
そんな比較を含めて、この世界を知るのに授業はかなり役に立つ。都度都度家庭教師に質問をして、理解を深めようとしているのが現状だ。
教師からすれば真面目に授業を受ける模範的な生徒だろう。普通の七歳児なら強制される授業にはもっと違う反応でもおかしくない。
高位貴族の令嬢なら毎日レッスンで、より高度な授業を受けさせられただろうが、デルフィーナの家は子爵家だ。それも根は商人よと他家から軽くみられがちな家柄。
跡取りには兄のファビアーノがいる。
嫁入りをするにしても、エスポスティ家と縁組みを求めるような家は、資金的に苦しい状況の子爵伯爵辺りか、エスポスティと同じく平民が叙爵された家だろうから、デルフィーナが軽んじられずに済む相手だ。
つまり普通の子爵令嬢として通用する程度の教養があればいい。社交に精を出して上昇を求めるような家ではないため、厳しい授業内容ではなかった。
そのレッスン以外は珈琲に――立ち上げた商会に使いたいデルフィーナは、侍女をつけるぐらいで子爵夫人が見逃してくれるならありがたいと思う。
レッスンも、外出時も、身の回りの世話も、これからは侍女が必ず同行し、担っていく。
ならば気を許せる者、かつ、デルフィーナの秘密を漏らさない者がいい。
秘密に関しては魔法の誓約書を使えば解決する問題なので、デルフィーナにとって心安いメイドを選びたい。
デルフィーナのやることについてこられる柔軟性を持ち、堅苦しさがあまりなく、諸々に配慮できる人がいい。将来を考えると年の近い方が良いかとも思うが、今のエスポスティ家には二十歳以下のメイドはいない。
どのみち若い子をつけても、結婚を機に辞めてしまう可能性があるため、むしろ既に結婚しているか、結婚を考えていない者がいいかもしれない。
デルフィーナは熟慮の上、候補を三人に絞って名を挙げた。
「お母様、本人の希望もあるでしょうから、話をしてから決めたいと思います」
「わかりました。それではその三人を呼びましょう」
クラリッサが壁際に控えていたメイド長に視線を送れば、その場にいた一人を含め、すぐさま挙げられた三人を連れてきた。
「マリカ、エレナ、サンドラ。貴女達の中からデルフィーナの侍女を選びます。自ら希望する者はいますか?」
屋敷の女主人の言葉に、三人はお互いの顔を見合わせた。
視線で会話をしているらしい。僅かな間の後、一番年上のサンドラが口を開いた。
「奥様。デルフィーナ様の侍女には、エレナを推します」
「私の固有魔法は使い道がありませんが、エレナは生活魔法全般が使えますから、お役に立てる場面も多いかと」
続けてのマリカの台詞に、クラリッサはエレナを見た。
「エレナはどうですか? デルフィーナに仕える気はありますか」
“奥様”の静かな視線にこくりと固唾を呑んだエレナは、けれどしっかりと頷いた。
「はい、誠心誠意お仕えしたいと思います」
「決まりですね」
ようやく笑みを浮かべたクラリッサに、メイド達は一様にほっとした表情となる。
エレナも緊張はしている様子だが、やる気も垣間見え、侍女とするのに問題ないだろう。
かなうならデルフィーナの苦手を補ってくれる者がいいと思っていた。エレナなら少しおっとりしつつも仕事は的確にこなしてくれるし、デルフィーナへも柔らかな対応をいつもしてくれるので、常に行動を共にしても気疲れすることはないだろう。
最近、洗った髪を乾かすのはエレナの魔法だったし、紅茶の準備もしてくれていた。
ちょうどいい人選といえる。
「エレナ、よろしくお願いしますね」
デルフィーナは簡素に主人となった挨拶をする。
エレナはデルフィーナの視線に応えると。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
深々とお辞儀をした。
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