19 作れそうなもの、いろいろ
好奇心はそそられたが突っ込んで聞くことでもない。デルフィーナは気にせず質問を続けた。
「すり潰す感じでしょうか?」
「そう、すり潰す」
「加えるスパイスは?」
「飲む人みんな違う」
それぞれの好みということか。
何を入れてもいいのだろう。
しかしカカオ豆にスパイスだけではかなり苦い飲み物になりそうだ。それこそ薬だろう。
(そういやこれも初めは薬だったっけ)
「偉い人、砂糖入れる。ちょと飲みやすくなる」
ココアの一段階前といったところのようだ。
それでもまだ飲みにくそうな気がする。
「これの効能は?」
「解熱、強壮。身分高い人、たまに買いに来る」
王侯貴族が消費者のようだ。
アロイスの反応から、子爵家では扱っていない。ということは、飲んでいるのは王族か高位貴族に違いない。
(チョコレートにするにはちょっと手間なのよね……でもこれはアリかな)
ダークチョコレートと珈琲はよく合うのだ。異論は認める。ミルクチョコレートとブラックの珈琲も美味しかった。
デルフィーナは、チョコレートを相棒に珈琲を飲むことを夢想した。
(よし、チョコレートを作ろう)
テオブロマ――“神の食べ物”として普及するのを待つよりも、自分で広めてしまえ。
やることリストに追加をして、デルフィーナは店員に礼を言った。
買うのは最後にして、再び店内を見て回る。
(柑橘類がないわね。まだ来ていないのか、南大陸にはないのかしら?)
見たところ、前世のアメリカ大陸で採れたものは概ね南大陸にあるような感じだ。もちろん差異はあるだろうし、珈琲と紅茶の例をみても、文化の伝達具合も違っている。
ヨーロッパと中国は、シルクロードという陸路があったから、細々とはいえ繋がりがあった。
けれどこの世界は、完全に大陸が別れている。
東大陸がアジア圏のような文化を形成しているとは限らず、南大陸がアメリカ大陸の植生をそのままもっているとは限らない。
とはいえ人の築く文明など、行き着くところ進む方向は大差ない。より利便性を求めて、美しさを追求して、進化するのだから。
一方スパイスを見れば、前世では東南アジア原産だったものが並んでいた。
そもそも大陸の形状も違うわけで、植生や文明の起こりも全然違うのだろう。
胡椒、シナモン、ジンジャー、クローブ、サフラン、ナツメグ、ターメリック、クミン、アニス、ガーリック。原型は写真でしか見たことがないスパイスもあれば、馴染みのものもある。
子爵家で出される料理はスパイスが多く使われているため、香りに戸惑うことはなかったが、考えてみれば店内はかなり色々な匂いが混ざっていた。
ほぼ鍵付きの箱に入っていて匂いはそれでも抑えられているのだろうが、近くに居続けるのはちょっと辛い。
スパイスコーナーから離れてデルフィーナは野菜類の並ぶ方へ進んだ。
ジャガイモとサツマイモが並んでいる。その隣にも見たことがないイモがあった。
サツマイモは北大陸でも南の地域では育つ。ジャガイモはもっと北でも育つ。
入ってきた当初、芋を植えておくと芋が増える、勝手に増殖することから、悪魔の食べ物と考えられ忌避されていた。
だが飢饉の時に、痩せた土地でも育ったことから、今はそれなりに普及している。
わざわざここに置いているということは、種類が違うのだろうか。
厨房に行った時は道具を探す方に意識が行っており、食材に関してはノーチェックだった。子爵家で使っているのはどんなものなのか、帰ったら確認しよう。
トウモロコシは、前世で食べていたものに近い形と、だいぶ違う形のものがあった。
多分、飼料にしたりコーンスターチを取ったりする種類だ。加工後のものしか見たことがないから推測でしかないが。
ビーツの確認で馬の飼料を見せてもらったときは目につかなかったから、北大陸での栽培はまだされていないらしい。
トウモロコシなら北大陸でも南側なら育てられるはずなので、そこら辺は今後の発展待ちか。
コーンポタージュが飲みたくなったら、自力で作るしかない。
デンプン質の多いコーンがあるなら、コーンスターチも作れるかもしれない。
(コーンスターチの作り方なんて知らないよ。理科の授業で作ったのはジャガイモからだったから、同じ方法でいけるかな? ――デンプンがほしいだけならジャガイモで作る方が無難かな)
並ぶジャガイモとトウモロコシを見ながら唸っていると、スパイスコーナーからやっと離れたアロイスが隣に来た。
その彼は、珍しいためか、ナスとトマトをじっくり眺めていた。
(そういえば、なんで生鮮野菜があるんだろう?)
大陸間を渡っているなら、数か月は経っていておかしくない。それなのに採れてしばらくしか経っていないような野菜があるのが不思議だ。
「おじ……アロイス」
呼ぼうとして隣を見上げた瞬間きらりと光った眼差しに、咄嗟にデルフィーナは言い直す。
「なぁに?」
「ここにある野菜は、どうして鮮度が落ちていないのでしょうか?」
首を傾げたデルフィーナに、アロイスも合わせて首を傾げた。
「劣化防止、変質阻止、時間停止、辺りの魔法がかけられているんじゃないかな」
「そんな魔法があるのですか!」
デルフィーナは魔法に詳しくない。魔法について話すことがまずなく、身近にいる人が使う魔法ぐらいしか知らなかった。
「固有魔法は色々あるから、そういうのもあるよ。でもこれを使える人はかなり少ないって聞くから、輸出入の時に高いお金を払ってかけてもらってるんだろうねぇ」
だからスパイスでもないのに高い値段で並んでいるのだ。納得した。
アロイス曰く、特殊な魔法を持つものは、その魔法を生かせる仕事を見つけることが多いとか。宮廷に仕えることを選ぶもの、自由を優先して個人で仕事を請け負うものとに別れるらしい。港にいるのはきっとフリーランスの者だから、そこそこの金額をつけているだろうとのことだった。
劣化せずに数ヶ月持たせるのはかなり強く魔法をかけているから、高くなるのも当然だという。
だがその魔法があってこそ、この王都まで運ばれてくる訳で。
現在あるものから作れるものを模索しているデルフィーナとしては、幅が広がるのでありがたかった。
トマトがあってガーリックがあって黒胡椒があるなら、オリーブオイルと合わせてサラダもマリネもオイル漬けも作れる。バジルがあればなお良いが。
「すみません、バジルはありますか?」
カカオについて聞いた後はまた黙していた店員に聞いてみる。すると、ちょっと悩むそぶりを見せた。
「バジル……バジリコ?」
「あ、それです」
こちらではバジリコか、とデルフィーナは手招きする店員に寄っていく。
「これ」
鍵を開けてくれた箱の中には、ドライバジルがあった。
フレッシュではないが、乾燥された葉がそれほど砕かれることもなく箱に入っている。
香りを確認したら、確かにデルフィーナの知るものだった。
「これです、ありがとうございます」
うまくするとジェノベーゼソースが作れる。
スパイスの効いた料理ばかり食べていたので、使うにしてももう少しシンプルな香りのものを食べたいと思っていた。
これだけ揃えばマルゲリータが作れる。
パスタが作れたら、ジェノベーゼソースでも食べられるし、トマトソースでも食べられる。ナスもあったしジャガイモもあるから、他のアレンジもできるだろう。
コリアンダー、クミン、ターメリックがあったから、カレーすら作れてしまう。スパイスからカレーを作ったことはないが、炒めて混ぜて煮込めばいけるはず。
珈琲店は何故かカレーを出す店も多かったので、休日のランチに珈琲を飲みに行った時は、カレーを食べることが多かった。
人参と玉ねぎは日常で食べているから、ここで必要なものを揃えたらカレーは簡単に作れる。
(まぁ、カフェで出す気はないけどね)
珈琲がまだ見つからない現在、紅茶を出すだけのお店にカレーの香りが満ちるのはちょっといただけない。作るなら別のところでが無難だろう。
こうしてみると、南大陸から入ってきているものはかなりある。
お値段がお値段なのでたくさん買うことはできないが、商会がうまく回り始めたら作るものを増やすのには困らなくなった。
それにしても、北大陸へ渡ってきているのに美味しく食べられていない食材が多すぎる。
なんともったいない。
(自分が食べたいから作る、のでいいよね)
店に出すかは一度作ってみて、アロイスや父達に相談だ。
もしカルミネがエスポスティ商会でレシピを買い上げてくれるなら、資金作りの別の一手にできる。
万が一カフェテリアの経営が失敗しても、ドナートへの借金は返せそうだ。
デルフィーナは少しほっとした。
分かってはいたがかなり高額を動かしてもらったわけで、赤字にしたらどうしようという不安はあったのだ。
もちろん出資してもらった以上無駄にするつもりはない。それでも他の稼ぐ手段は見つけておきたかった。
だがレシピを売るとなったら、転生者であることを明かさなければならない。
隠しておく必要はないが、今のところまだ赤字と決まったわけではないし、急いで作りたい料理もそれほどない。
ひとまずレシピを売ることについては保留として、デルフィーナはカカオ豆とバニラだけ買うことにした。
ここの店内にあるだけでも料理はかなり色々思い浮かべられる。カフェテリアのことを思えば、お茶請けは種類を多く用意したい。その意味でもバニラとカカオを見つけたのはかなりの収穫だ。
本当に来てよかった。
「アロイス、ありがとうございます」
連れてきてくれた感謝を込めて、デルフィーナは笑顔で礼を言う。
なんのことか分からないアロイスはきょとんとしたが、ふわりと笑って、どういたしまして、と返した。
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