18 南大陸の輸入品
商業ギルド会館では、アロイスが主動したからか、デルフィーナが子爵令嬢だったからか、エスポスティ商会が寄与する部分が大きいためか、下にも置かぬ扱いをされてすぐに登録が済んだ。
カルミネにアドバイスをもらった店舗用の物件を借りる話も、後日何件か下見に行く予約ができた。
アロイスが上手いことデルフィーナに話を振ってくれたので、条件を挙げるのも容易くでき、それを元にあっという間に候補を絞ってくれた会館職員は有能だった。
いくつか引っかかったのは、新たな形態の飲食店ということで、名称をどうするか等だ。
デルフィーナは「カフェテリア」という名称を作ることを提案し、今後似たような店ができてきた場合に備えてもらうことにした。
紅茶が流行るのなら、そう遠くないうちに他の商会が真似て店を出すだろう。その時になって商業ギルド側に変な名前をつけられるよりよほどいい。
まだ“カフェ”に相応しい珈琲がないが、“ティールーム”にしてしまうと珈琲の肩身が狭くなりそうでちょっと違うなと思ったのだ。
珈琲のために開く店なのだから、カフェテリアで合っている。
そう結論づけて、登録を済ませた。
紅茶が根付いたなら、ティータイムといえる時間帯。
まだ時間はあるので、会館に着く前に考えていたとおり、寄り道がしたい。
デルフィーナは、馬留めから連れてこられた馬を撫でるアロイスにおねだりをした。
「叔父様、寄り道をしてもよろしいでしょうか?」
「うん? いいよ。商会に関すること?」
「そうですね、関係しているでしょうか」
「ならアロイスって呼ぼうね」
にっこりと笑うアロイスにデルフィーナはちょっと引きつる。
馴染むまでにかかりそうと踏んで、アロイスは強引に慣らすつもりらしい。
デルフィーナは腹をくくった。
「……アロイス」
「はい」
改めて呼ばれて、アロイスは素直に応じる。
デルフィーナはちょっともやっとした気持ちを切り替えて、今の要求を伝えることにした。
「南大陸からの輸入食材、スパイス類を扱っているお店に行きたいですわ」
「商人を呼ぶより、行きたいのかい?」
「持ってこないものの中に、私が欲しいものがあったら困るでしょう?」
「なるほど」
過去世を思い出すまで調理になど興味の欠片もなかったデルフィーナには、当然家に来ていた商人達も食材を見せたりしなかった。
どんなものが南大陸から産出されこちらへ持ち込まれているのか、知るには扱う店へ行ってしまうのが一番だ。
菓子作りの材料に出来るものもあるだろうし、現状違う使い方をされているものを掘り出す可能性もある。
デルフィーナの言葉に納得したアロイスは、彼女を馬に乗せると馬首を中心街へ向けた。
三つの城郭が王城を囲むバルビエリの王都バルディは、城郭都市だ。
海からの敵にも内陸からの敵にも備えた作りになっている。
そんな王都の市は、毎週、中の郭の外で開かれていた。今日は市の日ではないため、これでも人通りが少ない。
市の開いていない時の買い物には、グロサリーへ行く。
高貴なる人々は使用人を使わすか、商人を屋敷へ呼び寄せるのが基本なため、グロサリーを含む商店も大多数が中の郭の外にあった。
都市の中心である王城を囲う主郭。
その周りにある、貴族の屋敷や聖堂、各騎士団の駐屯地などを囲う中の郭。
城下警備兵の詰所、各ギルドの会館、馬場、王立公園や植物園、商会などをはじめとした施設各種があり、平民でも自由に行き来できる外の郭。
更に外にも人々の営みはあるが、正式な市民ではない、いわゆる流民が住み着いて始めたスラムのような状態だ。
戦がしばらくないためか、木造の雑多な建物が複雑に建てられて入り組んでいる。
デルフィーナがそれを目にすることは殆どない。
外の郭の外は、王都の外。そんなところへ出るときは当然馬車に乗っているため、先日陶磁器工房へ行くおりに初めて認識したぐらいだった。
今日は外の郭まで来たが、これも本当に珍しいのだ。
(今まで外に出るといったら領地に帰るくらいの感覚だったけど、王都はそれなりに広いのよね。人口も多いし)
ベルニ湾を擁する王都は、商船の往来も国で一番だ。
バルビエリ王国内のあらゆるもの、他大陸のめずらかなものが全て揃う。
否が応にも輸入食材をメインとする店に期待が高まった。
「南大陸の輸入品を扱ってるのは、この辺かなぁ」
近くの馬留めに馬とフットマンを置いて、念のためアロイスと手を繋いだデルフィーナは彼の言葉に目を輝かせた。
大きな構えの店舗が建ち並ぶ一角は、高級品を扱っている雰囲気と、異国情緒溢れる雰囲気とが混ざり合って、えも言われぬ趣がある。
あまり高値のものを求める気はないので、そこそこのランクとみえる店をデルフィーナは選んだ。
ドアベルの音がして、二人の入店を店内に知らせる。
だが奥にいる店員は特に動かず、一瞥だけ寄越して終わった。店内は自由に見ていいらしい。
乱雑に積み上げられたもの、見本が手前にあり商品自体は鍵のかかった箱に入っているらしいもの、数の少ないもの多いもの、雑多にある。
スパイス類の他、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモ、トマト、パイナップル、インゲン豆、ピーマンにパプリカ。ピーナッツにトウガラシもあった。
(これは?!)
見本品として一本、バニラが立ててあった。
発酵乾燥されたそれを手に取って嗅いでみる。匂いは間違いなくデルフィーナの知るものだ。
「それは?」
デルフィーナが手にしたまま震えていたためか、アロイスがひょいと覗き込む。
喜色満面でデルフィーナはバニラを差し出した。
「バニラですわ!」
「バニラ」
「お菓子に使えます!」
「買おう」
お菓子と聞いてアロイスは真剣になる。デルフィーナから受け取って匂いを確かめた彼は、すぐさまふにゃりと表情を崩した。好みだったらしい。
デルフィーナは、もしかしたら万が一、あるかもしれない、と珈琲を探していた。
有名ではないだけで、渡ってきてはいないかと。
だがそれらしいものは見つからない。
「あの、苦い飲み物の材料になるものはありませんか?」
黙然とカウンターの向こうに座っていた店員に、恐る恐る聞いてみる。
デルフィーナをまた一瞥した店員は、ほんの僅か首を動かすと、奥へ一度引っ込んだ。
(まさか、あるの?!)
ドキドキしながらデルフィーナは期待に胸をときめかせる。
もしここで珈琲が見つかるなら、商会で資金を作る必要はあまりなくなる。布教のためには店を開く方がいいし、動き出してしまったのだからこのまま開店するつもりではあるが。
しかしデルフィーナの熱望虚しく、店員が持って現れたのはもっと大きな豆だった。
(珈琲じゃなかった……)
肩を落としたデルフィーナに、店員もアロイスも首を傾げる。
「デルフィーナ?」
「いえ……なんでもありません……。ええと、それを見せていただけますか?」
ちょっぴり涙目になりながら、デルフィーナは店員の持つ豆を受け取った。
「あら?」
その豆にも、見覚えがある。
デルフィーナはハッとなって豆を注視した。
(これは、カカオ!?)
チョコレートがないので、失念していた。
カカオの豆自体は渡ってきていたのだ。
「こちらはどうやって飲むんですの?」
飲み物の材料と聞いて出されたのだ。飲んでいるのは一部の人なのだろう。エスポスティ子爵家で出されたことはない。かなりマイナーだと思われる。
そこで初めて声を出した店員は、少ししゃがれた声で説明してくれた。
「カカワトルの飲み方。この豆潰して、水、スパイス入れる。なるべく小さく……コマカク? 潰す」
そこまで無言だった店員は、片言な話し方だった。北大陸の共通言語が母語ではないのだろう。
北大陸のほぼ中央に位置するアルムガルト帝国は、数百年前までかなり広大な国土を有していた。大きすぎて崩壊し、今は他国と大差ない国土になっているが、元が帝国だった周辺諸国は帝国語を用いることが多い。バルビエリでも帝国語が公用語だった。
ニット帽を目深にかぶり、口元まで襟のある服を着ている店員は、よほど辺鄙なところから来たか、異大陸出身なのかもしれない。
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