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17 父の愛と呼称のこと




 今日の午後は商業ギルドの会館への訪問を予定している。

 ブルーノとカルミネの話し合いに必要ないデルフィーナは、二人に退席の許可を得ると、挨拶をして応接室を後にした。

 出かける前に、今日は屋敷で仕事をしているドナートの元へ顔を出す約束だ。

 アロイスと二人で軽い昼食をとり、すぐにドナートの執務室へ伺った。


「失礼いたします」


 ノックに応えがあったので入室する。

 ちょうど昼食を終えたところだったらしく、執務机の前にあるソファにドナートは座っていた。ローテーブルの上を片付けていたメイドが、清めた後ワゴンを押して出ていく。

 それを見送ってから、ドナートは二人に対面のソファを勧めた。


「今日、商会の登録に会館へ行くそうだな」

「はい。その予定です」


 報告はアロイスがあげている。

 ドナートは日中は不在にすることも多く、深夜なら時間が取れるがデルフィーナは早くに就寝してしまうため、アロイスに任せたのだ。

 夜更かしをしているとクラリッサに叱られるし、デルフィーナも眠気に耐えられない。

 アロイスはアロイスでドナートに話したいことがあったようで、嫌な顔一つせず引き受けてくれた。


「正式な融資をする前に、ひとつだけ」


 既に紅茶の代金はアロイス経由でドナートから支払われているが、商会のギルド登録前に、ということだろう。


「なんでしょう?」


 今更確認が必要なことがあっただろうか。

 首を傾げたデルフィーナを真っ直ぐ見て、ドナートは静かに告げた。


「商会所有者の名義は、アロイスと連名にしなさい」

「え?」

「少なくとも成人するまでは、会頭がお前一人というのは認められん」

「……わかりました」


 子どもだから。

 それはどうしようもないことだ。

 アロイスを監督者として選んだのはデルフィーナで、願ったとおりにアロイスは王都へ来てくれて、今はずっと付き添ってくれている。

 デルフィーナは一人では出かけることも侭ならない。アロイスがいるから諸々認められているのだ。頭では理解している。デルフィーナは下唇を噛んだ。


「デルフィーナ」

「叔父様」


 落ち着いた声音で呼びかけられて、デルフィーナは隣を見上げた。

 琥珀色の瞳は揺れることなく彼女を見つめる。


「俺が共同責任者だと不安?」

「いいえ、そういうわけでは」


 デルフィーナは首を振った。

 ただ釈然としないだけだ。

 不満も不安もない。アロイスは思った以上にデルフィーナの意を汲んでくれるし、補助をしてくれる。大人のサポートを付ける想定をしたときに考えたような妨害は一切ない。

 アロイスはいつでも出しゃばらない。

 陶磁器工房に行った時も、鍛冶工房へ行った時も、ブルーノとの取り引きの時も。横から口を挟むことなく、デルフィーナが相手と話すのに任せてくれる。デルフィーナがやりたいようにやるのをただ見守ってくれる。

 大人が、子どものやることに終始口を出さずにいるのは意外と難しい。

 後から叱られたことはあれど、邪魔をされたり嘴を挟まれたことはなかった。

 有り難い存在だと思っている、その気持ちに嘘はないのだ。


「俺はね、お金も権利も、別にいらないよ」

「…………」

「でも、甘いお菓子はいつでも食べられると嬉しいなぁ」


 アロイスはへらりと笑った。

 デルフィーナが何を警戒しているのか、本当には分かっていないだろう。それでもピンポイントで突いてきた。その上で、自身の望みを柔らかく伝えてくる。


「デルフィーナがお店を続けられなくなるって時が万が一あったら、お菓子が食べられなくなっちゃう」


 それを避けたい。そう匂わせたアロイスとドナートの本当の意図はデルフィーナには分からない。分からないけれど、二人の愛情と懸念は感じられた。

 前世を思い出した後、ほんのりとした懐かしさは感じたが、寂しさや悲しさはわいてこなかった。

 それは、今世でデルフィーナが愛されているからだ。

 過去世は昔読んだ物語を再読するように、ただただ懐かしく、遠い。

 前世の家族も友人達も、思い出せば愛情が甦るけれど、慕わしさで淋しくなることはない。それは今の家族や周りの人にきちんと愛情を持ち、また愛されているからだ。

 二人が何を憂慮しているのか分からないが、なにかがあって、商会は連名にしろと言っている。立ち上げを止められているわけではない。それならば従うだけだ。


「ふふ。私も、本当の目的はひとつだけなのです。叔父様がお金も権利もいらないとおっしゃるなら、何も問題ありませんわ」

「お菓子はたくさん作ってね?」

「もちろん! 色々作りたいものがありますから、期待していてくださいませ」


 デルフィーナは本当に、本当に色々作りたいと思っている。

 アロイスが砂糖と菓子を求めるのなら、たくさん作ろうではないか。


「お父様。商会はアロイス叔父様と連名の立ち上げにいたします」


 にこりと笑ってデルフィーナは了承した。

 珈琲にたどり着ければそれでいい。足がかりに過ぎない商会に拘る必要はない。出資者の意向に添うのは大事なことだ。

 受け入れたデルフィーナは、挨拶をして部屋を辞す。

 ドナートとアロイスがさり気なく目配せしたのには気付かぬままだった。








 今日も嬉しくない馬車の揺れに耐えるのは嫌だったので、デルフィーナは我儘を言ってアロイスに馬を出してもらった。

 二人乗り用の鞍でなくても、細身のアロイスと小さなデルフィーナなら、普通の鞍で問題なく相乗りできる。

 フットマン一人を連れて、並足で王都の商業地区の中心街へ馬を向けたアロイスは、前に座らせたデルフィーナに頭上から声をかけた。


「デルフィーナ、会館での登録手続きは、俺に任せてくれる? もちろん隣で見てていいから」


 ぽくぽく鳴る馬の足音にかき消えない声量で、気負いもなく言う。

 ワンピースを着ているため横座り状態のデルフィーナは、振り仰ぎ、アロイスの表情を確認した。今日の天気を話すのと同じくらい、他愛ない話をしているみたいだ。

 他意があるのかないのか、デルフィーナにはわからない。これは商会を連名にすることと関係あるのだろうか。

 デルフィーナは、人に割り振れることはなんでも振ってしまった方が楽だと知っている。全ての仕事を自分で抱えるつもりなどない。

 そもそもアロイスの手伝いを求めたのも、こういった事務的な雑事に強そうと考えたからだ。


「お任せしてもいいなら、お願いいたしますわ」


 きっと会館職員もデルフィーナを相手にするよりアロイスの方がやりやすいだろう。

 デルフィーナが快く認めたので、アロイスは微笑んだ。


「少しは仕事をしなくっちゃね」


 十分してもらっているとデルフィーナは思うのだが、アロイスとしては付き添いばかりで自分が前面に出る仕事がなかったため、不足を感じているのだろう。


(まだ砂糖も作ってないのに。あ、でも今日は紅茶に淹れて飲んだから、それで?)


 アロイスの働きを求めるにはやはり甘味がいいらしい。

 ひっそり笑って、デルフィーナは楽しく馬の揺れに身を委ねた。


 今日は市の日でもないのに、街中は賑やかだ。

 デルフィーナはあまり街に出たことがない。買い物は家に商人が来るもので、外に出るものではなかったから。

 街にはどんな店があるのか、ワクワクする。

 会館での手続きが終わったら、寄ることはできるだろうか。

 アロイスに聞こうと思ったとき、また彼の方から声をかけられた。


「そうだ、ちょっと考えたんだけどね」

「はい?」

「商会が始動したら、俺のことは名前で呼んでくれる? “叔父様”はいらないから」

「え?」

「会頭が二人って形になるでしょ? 対等なんだ、って対外的に示すにはその方が良いかと思って」

「ですが呼び捨ては……」

「プライベートでは変わらず“叔父様”でいいよ」


 両会頭として、仕事中は名前で呼び合う方がいい、とのアロイスの提案にデルフィーナは一考する。

 叔父と姪の関係をそのまま商会に持ち込んでいるのだが、従業員ができたとき、客に対して、取引相手に対して、二人の関係はビジネスパートナーだと示すには確かに手っ取り早い。

 アロイスが子どもに呼び捨てられることを厭わないのなら、問題はないように思う。


「わかりました。仕事のときは、敬称を省きますね」


 デルフィーナが了承したのをみて、アロイスも頷く。


「改めてよろしくね」


 前を向いたデルフィーナは、アロイスは今きっとゆるっとした笑顔を浮かべているんだろうな、と見ずともはっきり分かって、笑ってしまった。








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