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154 滞在最後のゆうべ2




 ソロソロと駒を動かす緊張の合間に、デルフィーナは出されていたお茶とお菓子をいただく。駒に油が移らぬよう、都度布巾で指を拭いながら。


 チョコレートは一昨日来たドナートが追加で持ってきていた。

 デルフィーナはそれを使って、本来のバーチ・ディ・ダーマを厨房に教えた。

 これで、こちらのヴォルテッラ家もコフィアの客になる。

 公爵閣下用のチョコレートとは別に、一般に売り出すチョコレートも購入してもらえればありがたい。

 材料から考えてどうしてもチョコレートは値が張るので、定期購入の顧客は是非ともゲットしておきたかったのだ。


 音を立ててしまった閣下はデルフィーナに順番を譲り、椅子に背を預ける。蒸留酒を舐めるように飲みつつ、バーチ・ディ・ダーマを摘まんだ。

 食前酒にしては強くないか? とデルフィーナは思うものの、閣下は一度として酔った様子を見せたことがなかったな、とこの数日間を思い返す。


(アルコール分解酵素が多いのね。脱水素酵素二型だっけ?)


 アルコール耐性も人種的な差があると知った時には、それは食事に対しての考え方や反応も違って当然だな、と思ったものだ。

 少しだけ過去世のことを考えていたからか、立っていた駒を倒してしまった。パチリと音がして、またすぐに公爵の番となる。

 くしゃ、と苦く顔をしかめたデルフィーナに、くっくっと公爵は笑ってから盤上に手を伸ばした。


 デルフィーナが倒した駒を取ったものの、後は崩さずにいるのが難しい駒ばかり。顎をさすりながら矯めつ眇めつしていた公爵は、諦めたのか一突付きして山を崩した。

 思い切りがいい公爵の行動に、些細な部分に性格は出るものだな、と対面から思う。

 崩されてもまだ重なっている駒があり、デルフィーナは慎重に一駒ずつ動かしていく。その様子を眺めながら、公爵は酒の入ったゴブレットを揺らして呟いた。


「人生の全てに意味はあると思うか?」


 唐突な、哲学的な質問にデルフィーナは指を止める。


「さぁ、どうでしょう? 人は意味を見いだす生き物ですから」


 意味がなかったとしても、意味を己で見いだし生み出す。それが思考する生き物ということだ。思考する生き物としての存在意義でもあると思う。


 意味があるのかないのかは問題ではない。それを見つけた者か、生み出せる者が「意味はある」と言う。

 逆に、求めず、探さない者は、「意味はない」と言う。

 どちらが良いか悪いかではなく、考え方の違いでしかない。どちらも人間らしい〈思考の末の結論〉だから、否定することはない。

 人は人、己は己。それでいいのだ。


 そう答えたデルフィーナに、公爵は面白そうに目を細めた。


「本来は意味がなくとも、見つけてしまう、と?」

「探すより前から確信している人もいると思いますから、ないとは言いきれませんわ」

「ふむ?」

「でも、人間だからこそ、考えてしまうのだと思います」


 人の生は長い。

 樹上生活中心の小動物や鹿っぽい生き物だった時は、時間の流れなど考えたこともなかったと思う。だが人として生を受け生きてみると、それなりの長さがあると感じる。

 過去世の時代は医療の発達があり、平均寿命は八十歳九十歳辺りだった。

 その伴侶動物としてよくいた犬や猫の平均寿命を考えると、かなりの差があると思う。

 現世でも施療院で治療を受けられれば怪我も病も治るため、貴族の寿命は比較的長い。少なくとも過去世で同じ文明発達度合いの時代では、もっと短かった。


 平均寿命が低いのは、乳幼児の頃の死亡率が高いからだ。

 七つまでは神のうち、という言葉があったくらい、子どもはすぐ神の御下に帰る。

 無事成長して大人になっても、病にあっけなく散ってしまうこともままある。

 そんな中で人生の意味を考えるゆとりがあるのか。はたまた、儚い命だからこそ、意味を考えてしまうのか。


「思考することこそが人間だと?」

「閣下の御下問は、人生の価値へ考えを至す内容ですから、その()()()()()()が人という生き物に与えられた命題なのかも、とは思います」


 デルフィーナは人としての生は二度目だが、だからといって達観しているわけではない。

 むしろ悟りを開けていたのなら、こうして転生などしなかったのでは、と思う。


「人生の命題、か……」


 デルフィーナの言に納得がいったのかいかないのか、あるいは吟味しているのか、公爵は思い悩むように唸る。

 公爵がデルフィーナの説をいれる必要はない。考えは人それぞれだ。

 その自分なりの考えをもう少し伝えてみようとデルフィーナは口を開いた。


「人生って、誰しもままならないものじゃないですか」

「誰しもか?」

「はい」


 砕けた言葉遣いを咎めることなく少し目を見開いた公爵に、デルフィーナははっきり頷いた。

 どんな立場のどんな人にも、叶えられない願いというものはあるものだ。

 裕福であっても行動の自由がなかったり、名誉のために命をなげうったり、貧しさゆえに苦しかったり、身体的特徴に思い悩んだり。

 資産のあるなしに関わらず、他人の心を動かすことは難しく、家族との関係や、友情、愛する人の気持ちを自分に向けることなど、叶わないこともある。

 最たるは治療法のない病や、老いかもしれないが、そうでなくてもままならないことはたくさんあるものだ。

 自由がほしい、名誉がほしい、金がほしい、美しさがほしい、愛しい人の心がほしい、健康な身体がほしい。それぞれの立場で欲するものは変われども、誰しもがなんらかの欲求は持っていて、しかし叶えられるのはごくごく一部。


「自分ではどうにもできないことって、意外とたくさんあるんですよね。

 その不自由な中で、それでも自分の欲求を満たすために、できることをしようと足掻くのが人生だと私は思っています」


 人生なんて妥協の連続だ。

 ままならない中で悪戦苦闘してなんとか自分をごまかして、でもその中でも満足いくことがあれば、輝かしい思い出となる。


 人生の意味を探すのも悪くないけれど、一度ならぬ生を記憶しているからこそ、デルフィーナは時間が有限であることもまた理解している。

 本能のままに生きる動物の生もそれなりによかったと思うが、人としての生に比べてあまりにうろ覚えで、比べようがない。

 人として再び命を得た今生は、やはり、可能な限り()()()やりたいことをやるべきだと思う。

 デルフィーナには過去世の記憶があったから、なおのことそう思うのだ。


 デルフィーナは過去世の人生を思い出した時、関わりのあった人々、特に家族について、寂しく哀しく恋しくなることはなかった。それを一瞬、自分は薄情なのでは、と思ったが、すぐに考えを改めた。

 だってデルフィーナは、今を生きているのだ。

 過去世の人生の続きを生きているわけではない。

 願っても会えない。感謝を伝えることも、謝ることもできない。病かもしれないと推測はしているが、本当のところ己がどんな理由でどんな最期を迎えたのか記憶していないのもある。たとえ悔いることがあったとしても、鬱々と過去世の家族に対しての思いを抱えるなど、逆に家族に叱られるだろうと思うのだ。

 今の人生を、過去のために費やす気はない。だから寂しく哀しく恋しく思わないのは幸いだった。

 趣味嗜好を思い出したがゆえに引きずる部分はあるけれど、別の人間、別の人生である以上、過剰な感傷は必要ない。


 過去世でいつ死んだのかは覚えておらず、若い頃の記憶しかないことを思えば、長生きはしなかった可能性がある。つまり今生とて、いつ何時何があるか分からないのだ。

 「なぜ過去世の記憶があるのか」「なぜ生まれ変わったのか」「今生を与えられた意味は」を考え始めるときりがなく、答えの出ない問いに時間を費やすことになる。


「人の生は長いですが、同時に何かを成すには短いともいえます。やるべきことが他にあるのなら、人生の意味を考えるのに時間をとられるのは、哲学者だけでいいのではないでしょうか?」


 七歳のデルフィーナには時の流れがゆっくりに思えるが、過去世の記憶によれば年を経るごとに時間の流れが早く感じるようになる。

 月日は百代の過客にして、という俳人の言葉もある。永遠の旅人である時は、過ぎゆくのが早く感じるかどうかも受け手によって感じ方が変わるものだ。

 珈琲を求めるデルフィーナからすると、時間は有限で、やることがたくさんあるのに、目標までの道のりは長く、じりじりとしか進めていないように思う。

 プラントハンター頼りというのも大きいが、そのための資金作りと同時に自身の安全確保が必要で、一体いつ珈琲が飲めるのか、という気分だ。

 そんなデルフィーナには、当然、哲学的な問いへ時間を割くゆとりはない。


「人生の意味を問うことが己の命題だと考えている人なら、徹底的に追求するのもいいと思いますわ。ですが、他にしたいこと、すべきことがあるのなら、片手間に考える程度で深く考えすぎない方がいい問いだと思います」


 再び駒に目を落としたデルフィーナは、ソロソロとひとつを動かす。


「なるほど」


 デルフィーナの割り切った考え方に、アバティーノ公爵家はくつくつと笑った。


「齢七にしてこの言動、やはり稀人はおもしろい」


 酒と共に口の中で転がした言葉はデルフィーナの耳まで届かない。

 公爵の様子から、満足してもらえる返しをできたようだと判断し、デルフィーナはそっと息を吐く。


 残った駒をデルフィーナが取りきって、将棋崩しは終わった。

 その後再び一局打った二人は、終局を迎えてから晩餐室へと移動する。

 デルフィーナ滞在最後の夜だと張り切った料理人達が腕を振るった晩餐に舌鼓を打ち、この日の夜も無事に終えたのだった。






お読みいただきありがとうございます。

前回更新から一月経っていました。お待ちくださりありがとうございます。

キリのいいところまで入れたため、今回少し長めになっております。

楽しんでいただけましたら幸いです。


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― 新着の感想 ―
アンパンマンのマーチが聞こえてきそうな話だった
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