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151 驚き返し




「お前にはいつも驚かされる」

「ええと、すみません?」

「謝罪には及ばない。動じない気構えが未だでききらない私の未熟さだからな」

「はぁ……」

「閣下も笑っていらしたし、謝罪があった以上こちらからはもう何もしない方がいい。この話は終わりだ」

「はい」

「だが今回は、驚き返しをさせてもらうぞ」

「は?」


 驚き返しとはなんだ。驚かされたから驚きを返す、という意味か。

 ドナートから改めてお叱りがあるのは免れたが、デルフィーナもあれ以降勝手に行動するのは控え、必ずミーナかテオを伴って移動している。

 それもあってかあの後、トラブルといったトラブルはない。侍女見習達との遭遇すらなかったのは配慮されているのだと理解している。

 公爵家へ気を遣わせるな、くらいは言われるかと思っていたが、ドナートの反応は全く違うもので、不可解でしかない。

 戸惑うデルフィーナに、ドナートは貴族らしい笑みを浮かべた。


「さすが公爵家のお屋敷。我が家より防音面では安心のようだからな……」


 そこでチラリとアデリーナに視線を走らせる。

 望めばアデリーナは部屋の外へ出てくれるだろう。だがドナートは聞かれても構わないようで、デルフィーナへと視線を戻した。


「お前には爵位を取ってもらう」

「…………」


 聞き間違いだろうか。デルフィーナは首を傾げてドナートを見返す。


「お前には、爵位を取ってもらう」


 ドナートは自分と同じ色の瞳をじっと見つめて、同じ言葉を繰り返した。


「……は?」


 デルフィーナはよほど唖然とした顔を晒していたのだろう。ドナートは口元を隠しながらも満足そうに笑っている。

 壁際でアデリーナも笑い声を噛み殺していた。


「お待ちくださいお父様。そんな簡単におっしゃられても!」

「そう難しい話ではない」


 さらりと答えるドナートの気負いのなさが、デルフィーナに冗談ではないと突きつける。


「え……いや、でも、え、爵位ですよね? 最低限の騎士……は私は無理では?」

「名誉騎士というものもあるが。お前なら、男爵あたりを取れるだろうな」

「ええ?!」


 混乱しつつ問うデルフィーナへ、笑いを収めたドナートはさらりと返す。その言葉にまたデルフィーナは狼狽した。


(男爵?! 私が男爵?! 冗談でしょ? ……って言いたいけどお父様の様子だと全っっ然冗談じゃなさそうだわ)


 想定外の話にデルフィーナは慌てる。

 隠せない動揺と戸惑いに、ドナートは追い打ちをかけた。


「お前、閣下に騎士をつけるのは身に余ると言ったそうだな」

「……はい」


 晩餐後にした会話を掘り返されて、デルフィーナはぐぅと詰まる。


「男爵になれば、護衛に騎士を連れていても誰からも文句は出ないぞ?」


 それはそうだろうが、目的が反転してはいまいか。

 そもそもどうして自分が男爵に、と少し気持ちを落ち着けて考えれば、すんなり理由は浮かんできた。

 デルフィーナが“稀人”だからだ。

 そのことで身を守る必要があるが、稀人としての能力を国に売る気はない。十中八九、政治と軍事に利用されるから。

 だからデルフィーナは他の手段で身を守る方法を考えて、進めている。公爵家へ来たことで一時停止しているが、アデリーナの存在を得たのでマイナスとはいえない。それどころか、最終目的を果たすまでの不安な状況が明確に解消されてしまった。


 動揺する頭を必死に働かせている娘を眺めつつ、ドナートはもう一歩踏み込む。


「これは、閣下とも合意の決定事項だ」

「え、でも……」


 デルフィーナはドナートの口から出た言葉に、また別の意味で戸惑った。

 二人がそんな話をしたということは、公爵はデルフィーナの庇護者となることをドナートに明らかに伝えたことになる。

 しかしデルフィーナが目指す“最上の庇護”までの一時的な()は、アロイスの伝手で彼の学友が立ってくれているのに。

 イルミナートの家からは公的ではないにしろ、支援をいただいている。コフィアの甘味があちらの侯爵家の方々を魅了した結果のため、デルフィーナへの庇護というよりコフィアそのものへ、なのだが。

 閣下とは派閥違いである。それなのに? と考えたデルフィーナへ、ドナートは少し目を細めた。


「いいか? 我が家はどこの派閥にも属していない。だからこそ自由に動けて、縛りなく商いができる。それは今後も変わらない。そのためには、一つの派閥に大きく肩入れするのは褒められない」

「あ……」


 ロイスフィーナ商会はエスポスティ商会とは別だが、会長の生まれ育ちからしても、エスポスティの傘下なのは誰の目にも明らかだ。

 それが偏った行動を取るのは、エスポスティ家としては容認できない。


 デルフィーナは一時的な支援と考えているが、デルフィーナの目的が果たせて王家からの庇護を得られたとしても、イルミナートの家がコフィアを愛顧することに変わりはない。結果、支援は継続となるわけだ。

 そうなった時、エスポスティ家はあの派閥に入るのか、といわれてしまう。ドナートとしてそれは看過できないことだ。

 バランスを取るためにも、早いうちにイルミナートの家と釣り合う他の派閥の庇護も必要となってしまった。


 派閥についてはまだまだ把握していないデルフィーナだ。クラリッサに聞けば分かるかもしれないが、一度には覚えきれない。

 もしかしたらデルフィーナの知らぬうちに、ドナートの方で他でも調整を取っていたのかもしれない。

 これはデルフィーナの思慮が欠けていた。過去世ではこういった派閥どうこうという立場にはおらず、知識も振る舞い方も身につけようがなかった。

 こちらの世界ではまだ七歳、派閥についてはこれから学ぶ話である。


 アロイスはそのことを分かっていたにせよ、イルミナート以外の高位貴族への伝手がなかった。

 ともかく早く誰かの庇護をつける方が先だったので、一時的にバランスを欠いてもアマデイ侯爵家を味方につける方を選択した。

 そうしてドナートが後からフォローに回り、現状となっているのだ。


 公爵との面談はドナートが組んだものだ。

 滞在を促されたのは想定外だったにしても、閣下からの庇護を得ようと動いた過程なのだから、今回のことはドナート的には上出来な結果だったのかもしれない。


 そこまで考えて、なんだかなあ、とデルフィーナは肩を落とした。


「そういうことなら、事前にお教えくださればよろしかったのに」

「気構えをしていては本当の姿が見えないからな。閣下がなるべくお前には詳細を伏せるようにとご希望だったのだ」


 あの閣下ならそれも理解できる。

 デルフィーナはさぞかしいい余興となっただろう。

 あの方になら玩具にされたとしても抗議はできないし、弄ばれたわけではなく、いいものばかり与えられたから、この滞在にも文句を言うつもりは一切ないが。


「叙爵に関して唯一ネックとなるのはお前の年齢だが、それは立場のある方から耳打ちされれば、問題とならないのでな」


 つまり公爵閣下から陛下や政治中枢の人間へ、稀人であることを秘密裏に伝えるということ。

 閣下ならデルフィーナの否とするところを含めて伝えるだろうから、ある種圧力をかけるともいえなくはない。それほどの力が今の公爵にはあった。

(つまりお父様と閣下の間では、既定路線ということ?)


 デルフィーナの意思は関係なく、彼女が叙爵されるのは決まりというわけだ。

 叙爵に足るだけの何かを自分が持っているのか甚だ不安だが、デルフィーナを護るために必要と判断されたのなら、それに従うほかない。反駁するほどの理由を持ち合わせていないのだから。


(男爵、ね)


 バルビエリには官僚貴族、帯剣貴族がいる。治める土地を持たない名目だけの貴族、いわゆる法服貴族だが、デルフィーナも叙爵されるならこれにあたる。

 実際に爵位を得たらやるべき事は何なのか等、全く分からないのでこれから学ばなければならないが、その当たりのフォローはレールを敷く二人がしてくれるはずだ。


 諦めてこれからのことを考え始めたデルフィーナに、納得したのだろうと察したドナートは話を変えた。






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