150 父への紹介と報告
「アデリーナ様、こちらへ」
ドアの近くに立って、警護の姿勢だったアデリーナを隣へと招く。
ソファの脇まで来た彼女へ、対面に座る父を示して。
「アデリーナ様、こちらが私の父の、ドナート・エスポスティですわ」
紹介に立ち上がり、ドナートが会釈をする。
今度はアデリーナを手のひらで示すと、ドナートへ顔を向けた。
「こちらは、アバティーノ公爵家に仕えるアデリーナ・コレッティ様です。恐れ多くも、私の警護のために公爵閣下が遣わしてくださいました。エスポスティ家へも共にいらっしゃる予定です」
アデリーナもその話を認めるように会釈を返した。
既に聞いていたドナートは、改めて一礼する。
「お話は伺っております。我が娘が大変お世話になると。どうぞよろしくお願い申し上げる」
単純にみても子爵は騎士爵より二段上だ。一般の認識でいえばその差は言葉以上に隔たりがある。その子爵がしっかりと頭を下げたため、アデリーナは非常に驚いていた。
しかしドナートは大切な娘を預ける側だ。親として、護り手とは良好な関係を築きたい。初対面の挨拶は重要だと、殊更丁重を心がけていた。
「ご丁寧にありがとうございます。アデリーナ・コレッティです。騎士の位をいただいております。ご令嬢のことはしっかりお護りいたしますので、お任せください」
「はい、何かとおかしな娘ですが、どうぞよしなに頼みます」
しっかりと頷いたアデリーナはそれで会話を終えて、ドア近くの壁際へと下がった。
ドナートも再びソファへと腰をおろす。
そこでようやくデルフィーナはお茶に口をつけ、出された軽食に手を伸ばした。
(目が覚めてからずっと、お腹すいてたのよね)
一日三食の生活をきっちり送っていると、だいたい“いつもの時間”に空腹を感じる。
さすがにお腹が鳴るほどではなかったが、小さな身体は食い溜めができないため、腹ぺこになるのも早い。
並べられたフィンガーサンドイッチやパイをいただいて、デルフィーナは自然と笑顔になっていた。
となりではリュティがエレナの補助を受けながら――ソファやテーブルを汚さないためだ――焼かれた肉をモグモグしている。
粗挽きのミンチに見えるのは、今日も料理人達がハンバーグ作りをしているためか。
試行錯誤をするため、このところ使用人用の肉料理はずっとハンバーグらしい。肉は嬉しいんですけどね、とテオがこっそり溜め息を吐いていたのをデルフィーナは知っていた。
ご機嫌に食事をする一人と一匹を眺めていたドナートは、自身もやっとお茶に口をつけてから、ほうっと息を吐く。
リラックスしたようなその吐息に、デルフィーナは次の一切れを口に運ぶのを止めた。
「お父様、お疲れですか?」
公爵閣下と話すのはプレッシャーがすごい。立場のないデルフィーナですらそうなのだから、ドナートの緊張はいかばかりか。
気遣うデルフィーナに、ドナートはすっと目を細めた。
「そうだな。お前は思ったよりずっと元気そうだが。閣下から色々伺ってヒヤリとしたぞ」
「ん?」
(何かしたっけ?)
デルフィーナの、思考が丸見えの表情に、ドナートはちょっぴり眉をしかめる。
「こちらの侍女見習いと揉めたそうだな?」
「あ」
「“菓子で上手く転がしたらしいぞ”と閣下はおっしゃっていたが。詳細は本人から聞くように言われてな。……一体何をした?」
「あー……ええと……」
なんと説明すべきか。デルフィーナが頭を悩ませつつ視線をうろうろさせると、笑いを堪えているアデリーナが目に入る。
リュティはまだもぐもぐしているし、エレナは口を挟みたくありません、とばかりに頑なにリュティの口元を注視していた。
説明の補助を頼もうにもミーナはまだ戻っていない。彼女ならいい感じに話をまとめて伝えてくれそうなのに、タイミングが悪かった。
いや、ドナートはあえて不在時に話を振ってきたのか。己が父ながらその強かさに歯がみする。
「屋敷内を歩いていたら、新しい侍女見習いと勘違いされた方々が、注意をしてくださいましたの。それをミーナ――先ほどいたメイドに見つかってしまって、侍女長に報告された結果、軽い叱責があったと。それだけです」
「そこに菓子がどう絡む?」
概要だけで流そうとしたデルフィーナに反し、ドナートは正確に事態の把握をしたいのか、逃げを許さず突っ込んで聞いてくる。
「私は、こちらの厨房に望まれたので、お菓子のレシピを差し上げただけですわ。執事長からご丁寧な謝罪がありましたので、その時に、ちょっと新しいお菓子がおあずけになるかも? な提案をしただけです」
「その侍女見習い達は菓子好きだと?」
「はい、コフィアのお菓子をお求めくださっているようですよ」
にっこりと笑ったデルフィーナへ、ドナートは息を吐いて目を閉じると、額に手を当てた。
貴族の本当の遣り取りを考えれば、あの程度可愛いものだ。
私心もあったにせよ、公爵家のためを思って動いた結果だと分かっていたから、デルフィーナも公爵家の顔に泥を塗らずに済む方法で細やかに返した、それだけのこと。
そもそも「失礼を働かれた客」自身が罰を与えるのは許された行為である。
そしてこの客人が全ての判断を主人側に委ねると、時に不相応な結果となる。厳しいお屋敷の場合、客人に失礼を働き主人の顔に泥を塗ったとなれば、解雇される可能性が高いのだ。
まだ少女であること、寄り子からの預かりであることを差し引いても、だ。
元々令嬢である彼女達は、使用人に向かないとレッテルを貼られて終了である。
そうなって困るのは他でもない彼女達だ。
勤め先はもう見つからず、結婚相手も高望みはできない。家の位によっては悪くすると平民が相手となる。
デルフィーナと違って稼ぎの種がない令嬢達では、今の生活とはがらりと変わってしまう。先の人生が全て変わるのだ。
公爵家がどの程度厳しいのか、デルフィーナには全く分からなかった。
ある意味公爵家を思って行動していた侍女見習達がどうなるか、それを考えると心配の方が勝った。
なにせデルフィーナにとってあの少女達は全然全くこれっぽっちも怖くなかったので、逆に万が一あんなことで解雇されては、と思ったのだ。
だからこそデルフィーナは、お菓子について、預ける形ではあったが、罰を与えた。
客人の意向はそれなりに反映されるのが普通だ。デルフィーナの意思を伝えた以上、あれより重い罰は少女達に与えられない。
結果、解雇になることなく、罰を与えられて反省し、行動改善の機会を与えられた。
罰を与えないというのは更生する機会を奪うということなので、きちんと対応されてよかったと思う。
利に聡い少女達はあの後、問題なく侍女見習いとして勤めているようだから、全ては終わった話だ。
ただデルフィーナの予想と違い、お菓子のお預けに関しては、結局彼女達も食べることができたようだ。
というのも、元々お預けにするつもりだった侍女長に泣いて何でもすると訴えてまで欲しがったため、本来ならやらないメイドの仕事を任せたらしい。
元来令嬢な方達では?! とデルフィーナはかなり焦ったが、自主的にその仕事を罰としてお菓子の代わりに望んだのだから、まあ、結果オーライなのか。
この話をデルフィーナに語ったのはアデリーナだった。偶然泣きつく侍女見習達を見てしまい、侍女長とカリーニが結論を出すまで見物したそうだ。
面白おかしく語ってくれたアデリーナは、そこまでして食べたいのか! と笑っていた。
察するにアデリーナは甘味より塩味派なのだろう。
そんなアデリーナ由来の情報まで伝えると、ドナートは小さく首を振ってから、気持ちを切り替えるように温くなった紅茶を一気に飲み干した。
お読みいただきありがとうございます。
久々更新なのに内容が全然進んでいなくて申し訳ない……。
亀の歩みの内容ですが、更新ともども気長にお待ちいただけますと幸いです。
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