148 公爵と子爵3
その案をどう思ったか、公爵の目は炯々と輝いていた。
「手段としては悪くない。だがアレが叙爵に至るか?」
「至りましょう。ロイスフィーナ商会が出しているものの全てと、バルディで話題の飲食店のことごとくに関わりがあり、この先〈茶会〉という文化を作り、根付かせる存在です」
紅茶も、コフィアが出した菓子類も、既に王族の口に入っていると伝えてきたのは、アバティーノ公爵自身だ。
紅茶が出回りだしてそれなりに経つ。
個人的に飲むだけでなく、客へ振る舞い、交流の場に適した飲み物として、徐々に広まっている。
デルフィーナが提案し、ファビアーノが学院の友人達を招いて開いた茶会以降、エスポスティ家は積極的に小規模な茶会を開いていた。
クラリッサの持つつながりから、それは既に一部の高位中位の貴族家へ伝わり、菓子類のレシピとともにじわじわと浸透を始めている。
酒を交えない会を、サロンでの集まりとは別に、夫人達が持つのだ。
趣味の集まりが中心のサロンと違い、詩歌、刺繍、楽器の演奏などに秀でていなくても、ただ紅茶を飲むだけで成立する会は、集まる理由の垣根をかなり低くする。
なんの能力もない子どもでも、マナーさえ身につけていれば、連れて行ける。
顔つなぎを容易くし、友好の輪を広げられる。
派閥での集まりも、もっと気軽に開けるようになる。
能動的ではなく受動的なのはかなり大きい。
ただ飲んで食すだけでいい点では、昼餐や晩餐と同じだが、紅茶はそれよりもかなり気軽に楽しめるものだ。
新しいもののため、正式なマナーが確立していない。これから少しずつ洗練されていくにしても、まだまだ飲み方は自由。
人と接するにあたり、マナーが重要視される貴族社会で、その決まりがないのはかなり貴重だ。
気軽に準備ができる要素に加え、特別な技能がなくとも主催できて、注目を受ける能力がなくても参加できる。
初対面の相手でも気兼ねなく招けるし、伺うことができる。
閉じた輪も、広げる輪も、どちらも自在に開くことができる。
いくつもの理由が重なって、紅茶という存在は非常に注目されていた。
その手応えを、一歩引いた立場でいるドナートですら感じている。商会で直接動きを見ているアロイスやカルミネからすれば、この先バルビエリで〈お茶会〉の文化が花開くのは絶対だと断言できた。
そのきっかけを作ったのがデルフィーナだ。
他国に先んじて紅茶を根付かせる功績は計り知れない。
一つの文化を創り上げ、他国へも影響を与えるのが必須となれば。これをエスポスティではなく、デルフィーナ個人の功績とするだけで叙爵は叶う。
茶会に必要な茶器の全てを発案したのもデルフィーナなのだから。
ダメ押しとして、デルフィーナ自身が献上品として計画している植物細密画の画集を作り上げ、献上すれば、騎士爵位どころか、男爵位にも届くだろう。
そうでなくても、コフィアの業績の伸びはすさまじい。
はたしてどれほど税を納めることになるのか。
建てて一年にも満たないロイスフィーナ商会だが、既にバルディでは押しも押されぬ商会となっていた。
それらのことを静かに説明したドナートへ、公爵は口角を上げる。
「なるほど。商人らしく、地位を金で買うか」
デルフィーナをエスポスティと切り離して考えても、やはり彼女は商人で。これまで作ってきたものは全て、商業に関わる物事ばかり。
地位を金で買うという表現は、決して間違いではない。
だからドナートも公爵の言葉を否定しなかった。
実際に爵位を金で手に入れる商人も世の中にはいる。
本来なら王家より賜る爵位を売り買いなどできない。だが金のある商人は、困窮したいずこかの貴族家へ融資をして当主の座を譲ってもらう形で爵位を手に入れる。
エスポスティ家も、融資と婚姻という形で、子爵位とは別に男爵位を得た過去がある。
ドナートは子爵だが、男爵位も持っているのだ。
これは家を継ぐ者が決まった時に譲る位のため、デルフィーナへ譲る予定はない。ファビアーノが子爵を継がないとなった場合、デルフィーナに回ってくるかもしれないが、デルフィーナの地位を確立するための譲渡は考えていなかった。
「爵位を金で手に入れる」最終手段がある以上、次期子爵と世間からみなされるものを譲るのはよろしくない。
そんなことをしなくとも、デルフィーナは自身の功績で叙爵が叶うとドナートは考えていた。
つまりデルフィーナも、功績が認められず王家から爵位を賜れなければ、資産にものをいわせて爵位を得ることが可能で。それに必要な額の金銭は、ドナートが出さずとも、もはやデルフィーナ自身が所有していた。
「あの娘は、それぐらい己で稼ぎ出すでしょう」
「ふ。買い与えるのではないと」
「本人が得るものです」
あっさり言い切ったドナートへ、公爵は口元を隠しながらも笑いを殺しきれない様子で、くつくつと声を漏らした。
「はは。随分と柔軟な発想だ。アレは親譲りか」
「いえ、どちらかといえばこちらが感化されたかと」
肩をすくめたドナートに、今度こそ公爵は隠さず大笑した。
方針は決まった。
なにぶんデルフィーナ次第なところが大きいが、周囲がどの方向で進めていくか、その確認は成った。
あとはデルフィーナを上手く導き、護るのみ。
互いの認識のすり合わせをもう少しするべく、二人は手の内を明かしつつ現状の確認をしていく。
それは本人達にとっても意外なほど腹を割ったものとなり、この日の密談は速やかに幕を閉じた。
「にゃ~」
猫の声がする。
夢現にそう思ったデルフィーナは、はっと目覚めた。
「あ。フィーおきた」
覗き込んできた顔は、見慣れたモフモフ。身体の大きな長毛種らしいヒゲの長さで、その先はデルフィーナの頬をくすぐっている。
「え? リュティ?」
ベッドで昼寝をしていたデルフィーナの傍にいたのは、エスポスティの屋敷に置いてきた、夏過ぎから飼っている猫だった。
“稀人”として動物の記憶もあったデルフィーナは不思議な気配がするらしく、街で見かけて気になったのだと、わざわざエスポスティ家へ訪ねてきて、そのまま居着いてしまった、人語を解する猫。
自身でドナートに交渉してエスポスティの屋敷に住み着いた猫は、一応デルフィーナの飼い猫ということになっている。
しゃべるし、自分で使用人達と意思の疎通を図るため、デルフィーナには飼い猫という意識が少ないが。
それがどうして家から離れた公爵邸にいるのか。
「なんでここにいるの?」
驚きに身を起こしながら聞くと、猫はぴょんとベッドから飛び降りる。その歩む先にはエレナがいた。
「おはようございます。リュティは唐突に部屋を訪ねて来まして……私も驚きました。ともかく、お支度をいたしましょう」
苦笑するエレナはすりつくリュティの頭を一撫ですると、用意していた洗面道具を運んでくる。
顔を洗って着替えたデルフィーナは、隣室のソファでくつろぎながら待っていたリュティの隣へと座った。
いつの間にか外へデルフィーナの目覚めは伝わっていたらしく、アデリーナと、ミーナがお茶を運んでくる。軽食の類いはなかった。
「ミーナ、ごめんなさい、猫が来てしまったのだけれど……」
「にゃ~ん」
可愛くお愛想のように鳴いた猫へ、ミーナは微かに緩んだ表情を見せた。
「エレナから聞いております。どうやら子爵様と共にいらしたようで」
身体が大きく毛足は長め、シルバーとホワイトのバイカラーの猫は、静かに座っていると高貴な雰囲気に見える。
ミーナが猫に敬語を使っているのは少々おかしい気がしたが、動物好きなのかも、とスルーすることにした。それよりも。
「父は既にこちらへ到着しているのですか?」
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