147 公爵と子爵2
料理的な意味ならば、砂糖の使い方を誰よりも心得ている。
その頭脳から出てくるレシピは、バルビエリにとっては益となるが、はたして他国はどう捉えるか。
そこまで規模を大きくせずとも、エスポスティ商会と競り合う商会がどう思うか、だけでも、七歳の少女にとっては脅威だ。
エスポスティ商会を敵視する商会のひとつはアロイスを襲った件の後潰れたが、商会は他にもある。あの件で逆にエスポスティ商会の状況に気付いたところもあり、エスポスティ商会の動きはそれまで以上に注視されている。油断はならない。
国内の商会だけでもそんな状況なのに、他国に資本がある商会やその後援となる貴族は、と考えればきりがない。
デルフィーナはデルフィーナなりに、王家への献上を計画していて、国の最上位者からの庇護を得られるよう動いている。
だが時間がかかる計画のため、そこまでの守りとして、アロイスが友人の侯爵令息を引っ張ってきた。
それで一部の貴族や商人達は押さえられるが、どこにも派閥というものがある以上、全ての勢力を止められるわけではない。
「そのほうも、不足は感じておろう?」
「面目ございません」
わきまえているドナートは、俯く形で小さく頭を下げる。
「今後を考えるなら、伯爵くらいにはなっておけ」
ふてぶてしい声で唆されたその内容に、ドナートは顔を上げた。
真正面からドナートを射貫くように見るフロスティブルーの瞳は、揶揄するような色を浮かべているが、同時に真剣味を強く帯びている。
「しかし」
「子爵ではこの先デルフィーナを守るのに不足があるぞ」
明言されてしまい、ドナートは顎を引いた。
どこの派閥にも属さない子爵家の当主程度では、不行き届きがあるのは否めない。だからこそ、このアバティーノ公爵に見つかってしまったのだ。
分かっていた痛いところを突かれた形だが、ドナートは動揺しなかった。ただ、ここまではっきり言葉にされるのは意外だった。
ドナートが陞爵するのは、実は難しくない。望めばいつだってできる状況にあるのがエスポスティ子爵だった。
今までに積み上げてきた、商会としての実績。その商会を使ってあらゆる貴族家をつなぐ子爵としての働き。どこの派閥にも属さないがため、王家としてもバランスを考えず呼び出しやすい家。
そしてこのところ続けざまにおこなわれている目覚ましい新商品の開発と、その献上という事実。
王家御用達として、馬車やベッド、ソファ等のスプリングを使った物をはじめ、国内から産出される材料のみを使った磁器や、透明度の高いガラス製品を納めている。
それは他の商会の追随を許さない勢いだ。
いずれの商品も、実際のところ、デルフィーナが考えただけでは作れない品々だった。職人の試行錯誤があって出来上がった物は多い。
飲食に関しても、コフィア以外は、レシピがデルフィーナ発だとしても、人々に受け入れられる味に調整し広めたのはエスポスティの料理人達と店員達だ。
それらをまとめ、導いたのは商会長だが、家内の分裂を防ぐため功績は本家の当主が得る形にしているのがエスポスティ家である。
陞爵はいくらでも理由をつくれ、可能な状態。
今まで辞退していたこともあり、今更感はあるが、だからこそ反対する声は少ないだろう。
それに、伯爵ともなれば王宮で入れるサロンのレベルが変わる。注目度も変わり、商会の商品を宣伝するにも、夜会などで新商品をアピールするにも、今よりしやすくなる。
男爵子爵は下位の貴族でそれこそ名ばかりを含め多くいるが、伯爵ともなるとぐっと数が減る。
その分、牽制出来る相手も増える算段だ。
今まで躱すのが大変だった、爵位をかさに着て要求をごり押ししてくるような輩が、格段に減る。
それらのメリットを分かっていてもなお、エスポスティは子爵に留まっていた。
その理由を考えると、ドナートの答えは一択だった。
「公爵閣下の庇護、誠にかたじけなく、ありがたく頂戴いたします」
ドナートの不足を補うために、この公爵閣下がしてくれることを考えれば、デルフィーナの親として、頭が上がらない。
事実確認はできていないものの、公爵家お抱えの女性騎士をつけてくれるようだとの情報もある。
公爵家の庇護があるかないかは、デルフィーナにとって大きく違うことだ。
共に支えるエスポスティ家が伯爵であれば、なおよい。
それは重々分かっていても、ドナートにはこれと異なる考えがあった。
「しかし、私は子爵のままでおりたいと考えております」
「ふむ?」
「エスポスティは、子爵であるがゆえに、方々もお気を許してくださるのだと思っております。力を持ち過ぎれば、勢力に組み込もうとお考えになる方も多くなりましょう」
「遊ばせておくにはもったいないのは確かだな」
アバティーノ公爵も派閥を率いる立場だ。王家御用達の商会を抱える貴族家を引き込むことの意味をよく分かっている。
「伯爵家ともなれば、警戒されることも増えましょう。対立する商会も増える可能性がございます。国外との取引にも影響しましょう」
税率は国や領地によって変わる。取引相手の地位が変われば、良くも悪くも今までと同じとはいかない。
「それらすべてを撥ね除けて、今のような立場を維持できるとは思いません。小さくとも、独立不羈を貫いてこそのエスポスティだと心得ております。
寄る辺ないままは確かに不安定ですが、だからこそ保てる自由があり、それこそが今のエスポスティの骨子だと私は考えておりますれば」
「伯爵となるのは逆に悪手だと?」
「そこまでは申しませんが、デルフィーナ一人のためにエスポスティを変容させ、潰すような事態へ持っていくわけには参りません」
いかにデルフィーナが可愛くても、大事な娘でも、エスポスティ家とエスポスティ商会の抱える人員を考えれば、当主としてはどちらを取るべきか、明白だ。
どう転がるか分からない以上、リスクが大きいのを分かっていて陞爵という手段はとれない。
爵位をどう生かすか、何がベストか。当然ながらドナートは、アバティーノ公爵に指摘されるよりずっと以前から考えており、出した結論だ。
その上で、ドナートは別の案を抱いていた。
「既にある公的な立場を補強するよりも、持たぬ者に持たせる方が、何かと通りがよいでしょう」
ドナートの言葉が意味するところをジェルヴァジオは正確に読み取った。
そのフロスティブルーの瞳が細められる。
「――アレに地位を与えるか」
「その方が、公然と守れましょう」
同じ貴族でも、爵位を持っているか否かで大きく立場が変わる。本人が爵位持ちなのと、その娘なのとでは、天地の差だ。
男爵であれ名誉騎士爵であれ、本人に爵位があれば、もっと多くの護衛をつけられる。もっと流れる情報を制御しやすくなる。
公爵を継ぐのが明確な嫡子は、生まれた時から伯爵位を授かる。
王子は公爵位を持ったり、侯爵子息が子爵だったり、それはバルビエリでは当たり前のことだ。
全てはその地位を明確にするため。
立場を強調する意図が含まれるそれは、血族のための措置に留まらない。
王宮お抱えの魔法士や騎士がいい例だ。王家や宮廷に仕えていると明らかにし、支障なく仕事をするために与えられる爵位。
それは当然責任も伴うが、本人を守る意図も大きい。
単なる貴族家の一員ではなく、身を立てている、現在要職にあるかこの先要職に就くとはっきり決まっている者である、と示すためのもの。
それがあれば、他の貴族も容易く手を出せない。高位低位の差があっても、爵位持ちは尊重される。担うものがある立場だからだ。
それを、デルフィーナに持たせれば。
〈子爵の娘〉という他の貴族から見て取るに足らない存在から立場は一変する。
守りを固めるにあたって、本人が叙爵されている事実はかなり大きい。
この先〝稀人〟であると知られてしまった時、国内外からの干渉をどれだけ撥ね除けられるか。
少なくとも、バルビエリの貴族に対しては手出し無用と明言できる。
ドナートが考えたのは、王家の庇護のさらに上だった。
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