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146 公爵と子爵




 貴族の朝は遅い。というのは、大多数の貴族の話。

 議会に席を持ち、その主軸となり国を運営する責を担っている、真に国の中心であるごく一部の貴族達は、議会進行をスムーズにするため、常に根回しをおこなっている。

 他の議員と会って話すのは、議会も夜会もなく人の集うイベントのない時間。

 彼等ももちろん大多数の貴族が出る場には参加するため、秘密裏に集まり会合するのは必然的に空いている午前となりがちだった。


 国の重鎮であるアバティーノ公爵は当然議会に席を持っている。

 だから夜はほどほどの時間までしか外でも内でも仕事をせず、午前は貴人にしては早めに起きて活動していた。

 怠惰な生活に陥りがちな貴族とは一線を画している。

 どちらかといえば身体資本の騎士達の生活に近かった。


 それを知っていたドナートは、失礼には当たらない午前遅めの時間に約束を取り付けており、早めの訪問となっていた。


 前回とは異なる応接間に通されたことで、ドナートは、閣下がどのようにデルフィーナを扱うか決められたのを察した。

 今までは、普通の応接間に通されていた。裏も表もなく、公爵家とよしみを結びたい貴族、商人などが通され、会うための部屋だ。そこはどこの貴族の屋敷にもあるような、普通の応接間だった。デルフィーナが初めに対面した謁見向きの部屋でもない。


 だが今日通されたのは別の、だだっ広い部屋だった。


 奥まったところにある一室なのだが、とにかく広い。次の間はあれど廊下のない造りの建物だから、かなり古い。

 部屋には絨毯が敷き詰められている。

 窓は壁の一面のみで、小さめのものが等間隔に並んでいる。

 壁は、外側は石壁なのだろうが、室内は漆喰で塗り固めてある。その上に厚めのタペストリーが天井から下げられていた。床にはつかず、大人の腰ぐらいの高さまでだ。

 天井は梁が見えており、その上には屋根が見える。天井裏のない造りだ。

 いずれも、音をよく吸収し、あるいは反響を防ぎ、隠れる場所を作らない構造だった。


 その部屋のほぼ中央に、ソファセットが置いてある。

 ドナートが使用人に誘導されたのは、そのソファセットだった。


「実に密談向きの部屋だな」


 嘆息を飲み込んで、ドナートは呟く。

 この呟きも、部屋の壁際に待機している使用人の耳には届かない。


 ソファから壁までの距離があり、その壁も隠れるところはない。天井の梁は人が乗れば見える程度の太さのため、天井に隠れることもできない。

 部屋の外はそのまま外壁のため、張り付いていることもできない。そんなことをしたら庭を巡回する騎士にすぐ見つかること請け合いだ。

 床は足音すら消す絨毯が、話し声を受け止めて響かせないため、近場でしか聞き取れない。

 だから壁際に控える使用人からは、いくら耳を澄ましても会話が聞き取れない。

 ソファの置かれている向きから、公爵家側、客側ともに、控えている人間は横顔しか見られない。読唇術の心得があっても、距離が遠く横顔しか見えなければ半分も読み取れまい。

 よくよく考えられて作られた部屋だった。


 そんなところへ通された意味など、ひとつしかない。

 “稀人”について話がある。そういうことだ。


 デルフィーナが何か粗相をしていないか、ドナートはそれだけが心配だった。


「公爵閣下が参られました」


 ドアのノック音が届かない距離のためか、使用人が入り口近くから告げる。

 ドナートは立ち上がってソファから離れると、ボウアンドスクレープをおこなう。

 無造作にソファに歩み寄ってきた公爵も、軽めに返礼をした。


 促されて再度ソファへ座ると、出されていた紅茶が下げられて、新しいものが出される。豊かな香りが広がって、ドナートは力んでいた肩から力を抜いた。


「お時間を賜りまして、誠にありがとうございます」

「いや。そろそろ来るだろうと思っていたからな」


 唇に笑みを刷く公爵は、穏やかな雰囲気なのに猛々しい。対面するドナートは、いつも、満腹の肉食獣がそこにいるようだと感じていた。

 公爵自身には威嚇する意図が全くないのに、生物的な強さが他者を圧倒する空気感を作っている。


 型通り時候の挨拶を終え、名目として持ってきたエスポスティ商会の新製品をいくつか納め、出された紅茶が温くなり始めた頃、公爵が使用人を下げた。

 残ったのは筆頭執事のカリーニのみ。

 ドナートも気持ち姿勢を改める。


「エスポスティの家は、今、少し静かなのではないか?」

「はい。一番賑やかにしていた者がおりませんゆえ」

「はは。あの年頃の者は、一人いるだけで活気が違う。おかげで今はこちらの使用人達が浮き立っておるわ」


 いい意味でなのかどうか判断がつかない。ドナートは返事を控えて、曖昧に首肯するに留めた。


「あの娘は賢しいのう」


 ふ、と思い出したように公爵が笑う。

 その笑みには親しさと興がる雰囲気が滲んでいた。

 公爵閣下からのデルフィーナへの印象は、悪くないようだ。ドナートは表情を変えなかったが内心ほっとしていた。

 ただ、賢しいという言葉は、はたしてどちらの意味を指すものか。この場合、きっとどちらをも含めている。


「はい。しかし同時に、愚かでもあると思っております」

「はは、さすがは親か」


 微笑を浮かべつつも困ったように眉尻を下げてみせたドナートに、公爵はなおも笑う。

 デルフィーナのアンバランスさを、近くで見てきた大人として、親として、ドナートは理解している。

 同時に、彼女を守りきるには自身に不足があることも自覚していた。

 今日の公爵との会談は、その話になるだろうとも予測していたが、思ったよりも早く本題に切り込まれた。


「娘は閣下を煩わせるようなことは、何かしておりませんでしょうか」

「こちらとしては面白味に欠けるが、煩わされるようなことは何もないな。楽しそうにしておるぞ」


 デルフィーナが嬉々として許された範囲の館内や庭を見て回っていることも、公爵家に溜まった用途不明な献上品を楽しげに確認していることも、ジェルヴァジオは報告を受けている。


 当初は無理に引き留めたため家を恋しがるかと思ったが、その様子は一切ない。

 臨機応変に対応できるのは、精神年齢云々より持ち前の性格のようだが、デルフィーナには戸惑う様子が少なかったとか。


 裕福な子爵家の出とはいえ、普通ならば、公爵家に留まるとなれば、しかも最上の客室を宛がわれたとなれば、かなり萎縮するものだ。

 だがデルフィーナには遠慮は見えても萎縮は見えなかった。

 最高級品の扱いはおっかなびっくりな様子があったものの、部屋替えを願い出るでもなく平然と過ごしていた。

 肝が据わっているのか、()()()()での慣れがあるのか。

 東大陸からの品々も、丁寧ではあるが慎重に扱う感じはなく、至って普通に手に取っていたと、付けた執事から聞いている。


「一度、侍女見習いの娘どもに絡まれたらしいが、全く意に介していなかったとも聞く」

「そうでしたか」


 公爵家へ上がっている娘達なら、伯爵令嬢か子爵令嬢辺りだ。デルフィーナより上の立場で年上の相手でも問題なくいなせたようで、ドナートは密かに胸をなで下ろす。

 デルフィーナが売られた喧嘩を買うタイプでなくてよかった。


「どうも、菓子で上手く転がしたらしいぞ? 詳細が知りたくば本人から聞け」


 くつくつと笑う公爵には、面白い話だったようだ。

 転がしたと言われると、何をしたんだ?! という気持ちになる。後ほど会った時に要確認だ。痛む頭を押さえながら、ドナートは一先ず謝罪をしておく。


「申し訳ありません」

「よい。あの者達にも勉強になった。――甘味というのは、随分と人を惹きつけるものよなぁ」

「……さようにございますね。砂糖には魔力がある、とどなたかもおっしゃったとか」


 甘味好きの宮廷魔法士の言葉を引き合いに出しつつ、ドナートは頷く。

 その砂糖をふんだんに使うデルフィーナの菓子は、十分駆け引きに使えるもので、万人が欲するものでもある。


「アレは、稀人でなくとも危ういのぅ」






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