145 紅茶とは異なる緑の
「これは、もしや……!」
一緒に入っている物から推察できたものに、デルフィーナは震えた。
「デルフィーナ様?」
いつもと様子の違う少女に、ミーナが怪訝そうな顔をする。
「封を切ってもよろしいでしょうか?!」
テンション高くテオを振り仰いだデルフィーナの目は輝いている。
「中身の確認が必要でしたら、どうぞ」
「ありがとうございます!」
デルフィーナは嬉々として結わかれていた紐を解いた。
陶器の蓋をしっかり固定していた紐が緩むと、ふわっと独特の甘い香りが漏れ出る。
「あぁぁぁ、甘い香りだ、高級品だわ~!」
ご機嫌に蓋をつまみ上げると、デルフィーナは小さな壺の中を覗き込んだ。
陰になっているものの、その中は、鮮やかな緑色。
「お抹茶だー!」
思った通りの中身に、デルフィーナは歓喜の声を上げた。
茶壺の入っていた箱の外、共にあった竹細工は、柄杓、茶匙、茶筅だったのだ。
菜箸、巻き簾、蒸籠まであった。そしてよく分からない種子が。
抹茶を除けば竹ばかりなので、もしかすると竹の種か。
(地下茎で増えるものってイメージだったけど、竹って種でも増えるの?)
過去世で記憶にあるのはタケノコばかりだ。
数十年だか百数十年だか花が咲かず、咲けば枯れるとは聞いたことがある。たまに開花すると地味にニュースとなっていた。
(花が咲くなら種も取れるか)
長細く刺さりそうな形状だが、葉と少し似た雰囲気があるため、これが竹の種といわれても納得できる感じだ。
「茶道のための一式ではないようですが、以前、茶碗がありましたから、お抹茶を飲むことはできますわ」
そもそも東大陸に過去世のような茶道があるのかも不明だ。
日本式の茶道を本格的にするなら、もっと色々と必要なものがある。部屋を用意せずとも野点ならバルビエリでも可能だが、半分以上の道具がない。
しかし単純にお抹茶を点てて飲むだけなら、ここにある道具で事足りる。
「あ、そういえば」
すっかり忘れていたが、茶碗とセットで入っていた用途不明――デルフィーナにも分からなかった不思議な形の焼き物は、もしかしたら茶筅立てではないか。
テオに書類で確認してもらい、ミーナに引っ張り出してもらったそれは、やはり茶筅立てだった。
「これでまたひとつ用途が判明しました。コレは本当に全く推量すらできなかったので、よかったです」
テオもほっとしたように笑む。
陶器の品はほぼ食器で使い方が分かっていたため、不明な物があるのはスッキリしなかったに違いない。
「このお抹茶はかなり高級品だと思いますわ。時間停止魔法をかけていないので、このままだと徐々に劣化してしまいますが」
閣下に出すなら毒味は必要だが、かなりいい茶葉を挽いたものだと思う。新芽だけを摘み、むらなく蒸して、乾燥させ、茎などの固い部分を除いてから石臼で熱がかからないようゆっくり丁寧に挽く。緑茶と違って手揉みの工程はない。
茶葉そのものを雑味なく濃く味わえるのが抹茶だ。
「お抹茶というのは、お茶なのですか?」
「はい。紅茶とは元になる植物が同じで、加工が違うものです」
「色も香りもだいぶ違いますが、元は同じなのですか」
確認のため聞いたテオはデルフィーナの答えに驚く。
それはそうだろう。テオがもし紅茶の茶葉を手に取ったことがあれば、全然違う色と形、香りなのだから。
「ええ、味わいもかなり違いますわ。どちらが好きかは、個人の好みだと思います」
デルフィーナの記憶する正当な点て方で抹茶を飲める形にしたら、紅茶と比べてかなり濃いものとなる。慣れない人はその後水がほしくなるかもしれない。
だが抹茶は本当にランクによって味わいの差が顕著なのだ。
高級品は非常に甘く深い香りで、苦みがほとんどない。
過去世でも本物のお高くて美味しい抹茶は、初釜の時くらいしか飲めなかった。
グラムいくら!? と思うようなとってもいいお値段のものは、到底普段飲みできるものではない。
そして今目の前にある茶壺の中身は、過去世で飲んだことのある高級品より、さらに良いものな気がする。
許されるならデルフィーナもこれを味わいたかった。
説明をしていたデルフィーナの言葉には、そんな気持ちが滲み出ていたのだろう。テオとミーナは微笑ましそうにデルフィーナを見つめ、エレナは立場的に賛同もできずハラハラと見守っている。
「カリーニに相談してみましょう。閣下のお許しがあれば、閣下への報告を兼ねてお二人で飲むのは可能かもしれません」
テオの提案にデルフィーナがパッと表情を明るくする。
「是非!」
両手を握ってデルフィーナは喜びの声を上げた。
そのテンションのままデルフィーナは残りの箱も次々と開けていき、かなりの割合で使用用途を割り出した。
思った以上に過去世の記憶が役立った。やはり東大陸は日本や中国、アジア圏の文化と似通っているらしい。
丸められた掛け軸。
螺鈿細工のかんざし、煙管、煙管入れ。
小ぶりの黒板。黒板が出てきたため、初めの方で見つけた石は、ろう石だと確定した。
房飾りのついた軍配のような扇子。折りたためる和風の扇子。稼働する手の部分を開ききると団扇のような形になる扇子。
工芸品が色々とあった。
その後出てきたのは花椒だった。
「子孫繁栄の縁起物ですね」
加工しないと香りはそこまで強くない。だがまとまって袋に入っていると、それなりに匂う。
中華料理はあまり作らなかったため、記憶しているレシピは少ない。
ただスパイスの中では好きなもののひとつだったから、家には常に花椒塩があった。
個人輸入しているスパイス屋さんが近所にあったので、買ってきて家で作っていたのだ。
色々な料理にひとつまみかけるのもアリだったが、臭みが取れるため、よく魚料理に使っていた。塩煮にしたり、焼く時にかけていたから懐かしい。
「これは使い方を料理長に伝えて使ってもらうのがいいと思いますわ」
花椒があると分かったのは収穫だった。
家に帰ったら是非エスポスティ商会の大陸間交易部門の東大陸担当に伝えて仕入れてもらおう。
船を出さずとも大陸間を渡る魔法の手紙がある。それで連絡を入れてもらえばいい。一番早く戻ってくる船に花椒を乗せてもらえば、そう間を開けずに北大陸へ持ち込める。
花椒で小物の部屋は一通り見終わったので、そのまま四人は大きめの使途不明品を収納している部屋へと移動し、デルフィーナはこちらでもまたいくつか使えるものを見出した。
百味箪笥と呼ばれるような全体は大きいが細かな引き出しがたくさんあるタイプの薬箪笥や、漆塗りの衣桁、揚琴、銅鑼、二胡などだ。
銅鑼はバチがなかったが、小物を見ていた時に見つけていたため、セットにしてもらった。
茶筅立てと同じく、何コレ? 状態だったので、これもテオが喜んでいた。
抹茶と共に贈られた大型の物は、竹そのもので、十本以上あった。
どう使ったらいいのか悩ましいし、難しい細工は職人の腕が必要だが、素人でも作れそうな物――花器や水筒などのいくつかを、デルフィーナはテオに伝えておいた。作るかどうかは公爵家が決めることだ。
「残るは時間停止の箱のみですね」
大型の物は部屋にそのまま置いてあるか、布を被せてあるかだけだったため、半刻もかからず見終わった。運搬も大変だから、献上品としての数が元々多くなかったのもある。
「お昼になりますし、休憩にいたしましょう」
ミーナの言葉にテオも頷く。
午後にはドナートが来るのだ。いつものお昼寝の時間が確保できないかもしれないと考えていたが、前倒しで少し時間が取れそうでデルフィーナはほっとする。
昼食は目覚めてから軽く何かを摘まむ程度にして、デルフィーナはひとまず客間へと戻り、お昼寝を決め込むことにした。
そんなデルフィーナの考えとは裏腹に、ドナートは既にヴォルテッラ家を訪れていた。
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