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144 閣下の言い分




 そう思いデルフィーナは意見したのだが。

 片眉をくいっと上げた公爵は、いっそ冷ややかなほど冷静な声を出した。


「理解しておらぬようだからはっきり言うが。

 子供が産めて、王が望めば、どんな女であろうと王の妻になれる。養女となれば王女にもなれる。公爵夫人だろうが侯爵夫人だろうが、籍さえ入れてしまえばなり放題だ。

 だが稀人は、なろうと思ってもなれるものではない。

 その貴重性はどちらが上か。言わずと知れておろう」


 王の妻云々は極論だが、彼の言は正しい。

 なろうと思ってなれるものではない。成り上がることが可能な“立場”と、生まれ持ったものは全く違う。

 後から得られる能力ではない。才能とも違う。この世界のある種、異物ともいえる存在。

 それは、努力や財力、美貌がいくらあっても、どうにもできないものだ。


 国家を導く立場に近い公爵からすれば、すげ替えが可能な妻よりも稀人の方が何倍も貴重で、損なわれることのないよう、護るべき存在と認識している。

 女性騎士を宛がう優先度は、他よりも高い。


「まだまだ自覚が足りんな」


 ふん、と鼻で笑われて、デルフィーナは赤面した。


(身分制度に当てはめて考えたらアウトなのに、稀人だから、って? 判断が難しすぎるわよ!)


 文句を言うに言えず、デルフィーナはぐっと飲み込む。

 公爵の説が正しいなら――正しいのだが――デルフィーナに騎士の護衛は必須。それも、どこへでもついて行ける同性の騎士は絶対に必要だ。


「そなたの自覚が足りん分は、周りが補うしかない。そのためのコレッティだと心得よ」


 公爵は早いうちに、デルフィーナの考えの異質さを理解していた。

 それは過去にいた別の稀人を知っているがゆえだ。

 本人の危機感が薄いのならば、強制的に守りを固めるほかない。エスポスティ家ではそれが弱いように感じた。

 ドナートは努力をしているが、社会的な立場もある。金銭でどうにかなる部分は無理を通せるが、身分がものをいう時には弱い。


 公爵にとって、寄り子ではない家だが、デルフィーナが他国に連れ去られた場合の損失を考えれば、バルビエリのために力添えをするのは当然のこと。

 今のところは情報が流れぬよう抑えられているが、今後を考えたら、早々に守りを固めるのは大事なことだ。

 護衛と過ごすのにも慣れる必要がある。

 護られる立場の人間も、それなりに“護りやすい動き”を求められるものだからだ。


 仕方ないとばかりに頷く娘は、あまりにも小さい。簡単に攫えてしまう。抱えて走るのも荷に隠して運ぶのも容易い大きさで、危ういことこの上ない。

 何かがあってからでは遅いのだ。

 ジェルヴァジオ・エリア・ヴォルテッラは、この際どい存在を守護する心づもりを既に固めていた。


 とはいえデルフィーナの心まで配慮するつもりはない。それは、家族の領分だ。

 項垂れ気味に、はい、と小さく返事をしたデルフィーナに、公爵は内心苦笑する。


「コレッティをどう遇するかは、エスポスティ子爵とよく相談せよ」

「はい」

「明日、来るからな」

「え、父がですか」

「珍しいものが手に入ったから、持ってくるそうだ」


 ふ、と笑う公爵は、当然ドナートの本来の目的が何か分かっている。献上にかこつけてデルフィーナの様子を見に来るのだと。

 絶妙に飴と鞭を使い分けつつ、公爵はデルフィーナに護衛の存在を受け入れさせていた。


 数日ぶりに会えると知って、デルフィーナの心はそわそわと落ち着かなくなる。

 デルフィーナの生活必需品は秘密裏に届けられていたが、誰かに会えたわけではなかった。仕事もあったし、手紙も書いていなかったから、表立って会える機会がもらえるのは素直に嬉しい。

 だがそれ以上に、何の準備もせず出てきてしまった手前、コフィアが今どうなっているのか、各工房へ製作依頼をしていた品物や、画家達の現状がどうなっているのか気になっていた。

 画家については数日程度連絡が取れなくても問題ないが、コフィアはメニューの切り替えがある。アロイスに任せるようドナートに伝言を頼んだが、新メニューをずっと決めていたのはデルフィーナだ。

 ガラス工房の方も、そろそろ行く予定だったのに、公爵家に居続けているため、必然延期になっている。

 何もできない状態だったためあえて意識をそらしていたが、明日会えるとなるとアレもコレもと思い出してしまう。

 そんなデルフィーナの心を読み取ったのか、公爵はトン、とゴブレットを置いた。


「さて、子どもはそろそろ寝る時間だな。明日に備えて下がるがいい」


 思ったよりも長く話していたらしい。

 いつもなら、部屋で寝支度をしている時間帯だ。

 デルフィーナは素直に頷いて、席を立った。


「今夜も楽しい晩餐を、ありがとうございました。御前、失礼いたします」


 定型の挨拶を述べて、カーテシをする。

 公爵の許可の頷きを見てから、デルフィーナは退室した。


 今夜のハンバーグは成功だった。バーチ・ディ・ダーマも喜ばれた。

 護衛については押し切られたが、それが必要だと閣下がいうのだからどうしようもない。

 この屋敷での滞在も、慣れてきて徐々に居心地がよくなっているのは確かだ。それでも、明日、ドナートに会えるのが嬉しい。


 (閣下とのやりとりは、なんか毎回勝負っぽいわ。今日は一勝一敗ってところかな?)


 のんびりそんなことを考えながら、デルフィーナは迷いそうな屋敷の中を、ミーナの先導で客室へと戻っていった。







 貴人の朝は遅い。

 シーズン中、議会が開かれるのは昼からで、議題によっては深夜まで押すこともある。

 議会のない日でも、ヨットレースや競馬、馬上槍試合などの開催は午後、そのまま晩餐会などの夜会へと流れるため、どうしても夜が遅くなりがちだ。

 移動がある時は朝から出かける時もあるが、基本は夜型生活なのが貴族だ。


 しかし、使用人は早朝から働く。

 仕える主人一家が起き出してくる前にあれこれと済ませないとならないからだ。いつどんな要望が入って仕事の手が止まるとも知れないとあれば、なおのこと。


 子どものデルフィーナは夜更かしをしないから、当然朝型生活だ。

 今日は訪問があるというドナートも、午後からしか来ないのが分かっているため、朝食後はいつも通り収納室へ入っていた。


「目録ではもう一つあるのですが、そちらは大きく――というより長さがあるもののようで、別室に置いてあります。同一の人物から一度に納められた他の物がこちらですね」


 ミーナが開けてくれた大きめの木箱の中を覗き込みつつ、テオが告げる。

 中には、見るからに竹細工が入っていた。

 細工といっても、どれも実用的な物だ。

 飾りも素っ気もないが、これは飾りがつけられないもの。ない方が良いとされているものだった。


「この箱の中は何でしょう?」


 箱の中に箱があるのはしょっちゅうのことだ。

 中に並んでいた正方形の箱も、ミーナが開けてくれる。


「まぁ」


 そこには、箱の外にあった物達とは逆に、しっかり固定された壺が入っていた。

 蓋も、開かないよう厳重に縛ってある。蓋も壺も陶器だ。

 そしてデルフィーナの手には少し余るが、大人の手ならすっぽり収まりそうなサイズ。

 クッション材として入っている練り絹は高級感溢れる艶で、しかも、落ち着いた柑子色(こうじいろ)に染めてあった。







お読みいただきありがとうございます。


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異世界の人達を文明が遅れてるから自分たちより頭が悪い前提みたいな気持ちになりやすいけど、現代日本人より肉体・脳みそのスペックが高い世界があっても不思議じゃない 魔法・スキルのある世界なら脳の処理能力が…
いつまで公爵家にいるんだろ 東方の道具の使い道を1つ?見つけたら後ろ盾になって解放されるって話じゃなかったっけ 新しい飯のレシピをタダで教えたりこの時代じゃあり得ない思考をタダで教えたり何個も何個も道…
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