14 帰りの馬車で
ガタガタと揺れる馬車は相変わらず乗り慣れない。
日が暮れ始めたので、かなり遅い時間になってしまった。いつもなら夕食を終えて就寝の準備をするような時刻だ。
きゅうっと鳴りそうなお腹を押さえて、デルフィーナは急速に暗くなりつつある空を硝子越しに見上げた。
「スプリングだっけ? あれ、なんだか色々使えそうだねぇ」
元気のないデルフィーナを慮ったのか、軽い口調でアロイスが話しかける。
会話に気持ちが逸れれば空腹も少しは待ってくれるだろう。気遣いに応えてデルフィーナは前世の諸々を思い出す。
「そうですね。クリップや玩具なんかも作れます」
「クリップ?」
「たとえば、洗濯物をロープに止めるのに、今は二股のペグを差し込むような感じで使っていますが、スプリングで二つの木片をつなげれば、強い力で挟めます。強風でも飛ばないように止められますわ」
「へぇ、それは便利だ」
大きなシーツは風に煽られると飛んで行ってしまう。だが風がないと乾きが悪いので、飛んでいくのを防ぐのにたくさんのペグを使っていた。
「同じ要領で、髪留めも作れますわね」
「あれを使ってか?」
二人の話に興味を引かれたのか、カルミネも疑問を投げる。
「はい。洗濯物を止めるには木片でいいですが、髪ならば金属製が良いかもしれませんね。歯の大きめな櫛をふたつ交差させるようにして髪を挟み、表側は装飾品らしくすれば華やかで落ちにくい髪飾りが作れます」
丸くした両手を合わせ、手首を軸に指を噛み合わせるよう動かす。
カパカパと開いたり閉じたりする小さな掌を見ながらカルミネは唸った。デルフィーナの知識の引き出しは、思った以上に広そうだ。
あの渦巻き状の金属をどう他と繋げればそんな使い方ができるのか。詳しい話を聞き出そうと彼が口を開く前に、デルフィーナが先手を打った。
「でも一番初めに作っていただきたいのは、馬車のサスペンションですわ!」
「サスペンションとは?」
「説明ができませんが……先程のコイルスプリングを、馬車の車輪と本体を繋ぐところに使うと馬車の振動がかなり軽減されるはずなんです」
「なんだと!」
カルミネの声に肩を揺らしたデルフィーナだったが、馬車の振動で気付かれなかったらしい。ちょっと身を引き気味にして、説明をする。
「道の凹凸を車輪が拾って、それが全部車体に伝わるからこんなに揺れるんですもの。
車輪と車体の間にスプリングがあって揺れを伝えるのを減らせば、馬車の乗り心地はもっと良くなりますわ。
ただ私は、馬車の作りを理解していないので、どこにどう組み込んだらいいのか、スプリングの強度はどのぐらいがいいのか、見当もつきません。
こればかりは馬車を作っている方達に考えて試行錯誤していただくしかありませんの」
困ったように頬に手を当てる。
カルミネはぬか喜びに眉尻を下げたが、アロイスは違った。
「どこにどう使うかは、実験をしていけば分かる話ですよ。先程頼んだものが上がってくる頃には、職人達もスプリングの作り方を身につけているでしょう。馬車用にもっと頑強なものを作らせて、色々試せばいいだけでは?」
カルミネを宥めるように言う。
試行錯誤した方が、馬車を作っている部門としても面目を施せる。
デルフィーナは乗り心地の良い馬車がほしいから話しただけで、エスポスティ商会としては、スプリングとサスペンションなる機能があることを知れただけで十分だろう。
アロイスの云わんとすることを理解して、カルミネはもっともだと認めた。
「早く揺れの少ない馬車に乗りたいですわ。頑張ってくださいませね!」
これで叔父に丸投げできたとデルフィーナは喜色満面になる。
少なくとも今頼んできたスプリングマットレスの中身は数日でできるとのことだったので、現状の馬車を改造してもらえばすぐに使える。
サスペンションが効いた馬車が出来上がるまでも、しばらくは我慢できるだろう。
馬車を改造する依頼はカルミネに任せて、骨組みの上に乗せる詰め物部分とカバーを考えよう。
そう思ったのだが。
「ところでさっきから気になっているんだが。この馬車の窓は随分と見通しが良いな?」
カルミネが胡乱げに窓ガラスを指先でなぞる。
なにをやったのだ、と片眉を上げた顔を向けられたデルフィーナは、不思議そうに首を傾げた。
「私の固有魔法で均しただけですよ?」
貴族の子弟は概ね五歳くらいまでに教会で自身の魔力について調べる。
裕福な市民や技能で生活する職人の子弟も早いうちに調べるが、近くに教会堂がない農村部の民や殆どの市民は調べず、自ずと判明するまで待つ。
調べる義務も報告の義務もないため、魔力の判定やその結果には皆おおらかな構えだ。ちょっと便利な能力が判明したら、良かったね、というレベルなのである。
デルフィーナも子爵令嬢として五歳の時点で調べられ、自分の力についてはずっと認識していた。
均すという固有魔法しかなく、普通の幼女にとってそれは面白みのない能力だった。子爵令嬢としては使い処が全くない。そのため、今までは能力の生かし方など考えたことがなかった。
(固有魔法って、特殊技能って位置づけで気にしてない人が多いけど、地味に便利なものも多いのよね)
「デルフィーナの固有魔法って、ものなら何でも均せるの?」
「そのようですわ。あ、液体も大丈夫みたいです」
「液体って均すことある?」
「水のようなさらりとしたものは勝手に平坦になりますものね。でもどろっとしたものには必要な場面もあるのではないかと」
まだそんな場に出会ってないためなんとも言えないが。
「金属も蝋も紙も、一度溶かして形成するけど……固まってからでも均せるんだから、液体を均せても生かせるところがないねぇ」
アロイスも必要な場面を思いつかなかったのか苦笑気味だ。
デルフィーナも結局思いつかないままである。
「あのぼんやりしたガラスがこれほど澄んだものになるとはな」
馬車の窓もそうだが、屋敷の窓も、光は通すが景色を眺められるほど透明ではない。磨りガラスのような凹凸はないものの、デルフィーナが前世で見たようなクリアなガラスはまだあまり作れないようだ。
小さくならば作れるようだが、それを繋げている段階で波が入ってしまう。
大きいサイズで作る方法だと、凹凸ありきで作って、職人達が磨いて磨いて透明度を出す感じなので、かなりの高級品となる。王城や高位貴族の屋敷にかろうじてある程度だろう。
エスポスティ子爵家は作っている側なので屋敷の一部に透明度の高いガラスを使えているが、好待遇をすべき客人を通す部屋のみだ。
デルフィーナはあまりその部屋に入らないため、彼女の目に入るガラスは概ね不透明だった。
「時間ができたら屋敷の窓も均してみようかと考えていますが、どの程度変えてしまってもよろしいのか、お父様にお聞きしてからと思って」
固有魔法はあまり労せず使いこなせるようになるものだが、今まで殆ど使ってこなかったため、デルフィーナは練習をしたいと思っていた。
自宅の窓ガラスなら大きさも色々あるのでちょうどいい。
タウンハウスをいじる許可が出たらやりたい所存だと伝える。
「屋敷のガラスを全部変えられたら、教えてくれ」
カルミネの、ヘーゼルの瞳がきらりと輝く。
何かに利用する心づもりなのだろう。
(ま、お互い様よね)
デルフィーナは、自分のやりたいことに協力してもらう以上、頼まれごとは無下にできない。双方にとってプラスになるなら引き受けよう。
カルミネからの要求があれば、こちらも要望を伝えやすい。
固有魔法の使い道が見つかって、すこしほくほく気分になる。
そんなことを考えているうちに、馬車は屋敷に着いていた。
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