138 侍女見習達
「あなた、どういったお家の方ですの?」
「見習いにも入られないようですけれど」
「閣下に目をかけていただいているからって、不遜なのではなくって?」
「もう少しわきまえた方がいいのではないかしら」
「奉公へもあがれないようなお家なのに、ずうずうしくってよ」
門閥を同じくする家は、かねてから集まりがあり、幼くして顔を合わせる機会があると聞く。
エスポスティ家は帰する派閥がないため、そういった会をデルフィーナは知らない。
そしてヴォルテッラ家の閥に属していないから、彼女達がデルフィーナを見たことがなくて当然だった。
しかし彼女達は、派閥の集まりにも顔を出せない下位の家柄出身と判断したらしい。
エスポスティ家は子爵家なので、あながち間違いでもない。
ただ、デルフィーナは完全な客分だ。それに対してこの対応は許されるのだろうか。
うっかりと、近場を歩くだけだからと一人で出てきたのは失敗だったか。
エレナは近くにいたが、公爵家の侍女達に弾き出されてしまった。
デルフィーナを囲んでいる少女達の出身を考えると、エレナは強く出られない。また、出なくていいとデルフィーナはエレナに目配せを送っていた。
下手に手を出してエレナが咎められることになっては困る。
ハラハラしているのが丸わかりの表情で、エレナは離れるわけにもいかず、経緯を見守っていた。
「なんとか仰ったらいかが?」
デルフィーナが普段相手をしているのは、ドスのきいた「ああ?」と返事をするような職人や、油断すると足を掬われそうな抜け目ない商人だ。
人の良いタイプもいるが、強面だったり身体が大きくて圧のある男ばかり。
そんな手合いに慣れている身からすると、少女達がいくら迫ってきても全く怖さなど感じない。
過去世で大人だった記憶と相まって、少女達の威圧などそよ風に撫でられたようなものだった。
むしろ、可愛らしい嫉妬だし、彼女たちからすれば気に食わないのも当然よね、という共感まで覚えてしまう。
さて、どうするかな、と愛想笑いを浮かべたままデルフィーナが考え始めたところで、エレナがはっと顔を上げて安心した表情になった。
「デルフィーナ様、こちらにおいででしたか」
状況を目にしても些かの動揺も見せず、ミーナがにこやかに声をかけてくる。
「お部屋におられませんでしたので、お探しいたしました」
「あら、それは失礼いたしました」
ミーナの本音らしきものが見えて、デルフィーナはちょっと申し訳なくなる。走り書きでもいいから、書き置きを残すべきだったか。
「いえ、お庭だろうと見当はつきましたので、問題ございませんよ」
姿が見えず焦ったのは本当だろうが、行く先もすぐ思いついたからこうして追いかけてきたというわけか。次からは気をつけようと思いつつ、デルフィーナは頷いた。
そんなデルフィーナに対し柔らかく笑んでいたミーナだが、それを囲う少女達に対しては冴え冴えとした眼差しを向けた。
「こちらはロイスフィーナ商会の商会長ですよ? 貴方達、例のカフェテリアにはお菓子を買いに行っていたと思いますが?」
ミーナの一言で三人は顔を見合わせる。
その後、まじまじとデルフィーナを見つめた。
「初めまして、デルフィーナ・エスポスティにございます。私の店であるコフィアをご贔屓にしてくださっているのですね。光栄ですわ」
デルフィーナはにこにこと客向けの笑顔を商人として浮かべ、丁寧にカーテシーして見せた。
コフィアの名が出た瞬間、少女達はハッとした様子を見せた。
コフィアの例から、王都内には少しずつ〈カフェテリア〉に分類する店ができつつある。
次の社交シーズンに客を呼び込む算段で準備を進めているところ、ひっそりと顧客を選んで経営するところ、と様々ありそうだが、今のところコフィアを凌ぐ勢いの店はでてきていない。
“元祖”たるコフィアは、真似できない菓子類も豊富で、多くの客が持ち帰りを選んでいる。席の方は予約がないと入れず、その予約も数ヶ月先までいっぱいの状況だ。
公爵家の侍女をしているなら仕事時間の都合もあるし、店内での飲食よりテイクアウトが専らだと思われる。
色んなところにお客様がいるのだなあとしみじみしていたデルフィーナへ、少女達は一歩引くと。
「大変失礼いたしました」
「不見識にございました」
「差し出口をたたきましたことお詫び申し上げます」
流れるように謝罪を口にすると、品のある仕草で淑女の礼をとった。
そして上げた顔には、らんらんと興味が宿っていた。
(あぁ~、これは、アレかな、お菓子をねだられるコースかな)
ミーナの叱責を避けるためなのか、彼女達は口々に好きな菓子とその理由を述べた後、そそくさと離れていった。
店で優遇することはできないから、ここで好みを伝えられても困るのだが。
料理長には厨房へ招かれているし、菓子を作れない状況ではない。何か作って欲しいという言外の要求をされたものと考えれば、断るのは角が立つ。
菓子類ならアレンジを加えることで“この家の味”を作ることができる。コフィアではベーシックかつデルフィーナの好きな味で作っているため、アレンジはいくらでも可能だ。
ヴォルテッラ家の料理人なら、スペキュロスなんかは好きだろうと思う。
(またスパイスって閣下には言われちゃいそうだけど)
彼女達の告げた菓子は考慮に入れつつ、デルフィーナはこの屋敷でも菓子作りか、という気持ちを飲み込んで、レシピの二つ程度を提供することにした。
ミーナの迎えがあったので、結局お庭散策は諦めて、三人はそのまま収納室へと向かった。
そろそろ飽きてきたので、ちょっと奇抜なものが出てこないかとデルフィーナは期待している。
テオの持つ書類から、お皿や小鉢などの食器類はかなり開けきったと分かっているため、この先は本当に使途不明の物が出てくるはずなのだ。
献上品として納められたときに説明は受けたはずなのだが、大まかすぎたり、通訳が上手くなかったり、目録のみで口頭説明がない場合もあったりで、その使い方や用途が分からなくなってしまった物が意外と多いらしい。
誰かに譲るなり、下げ渡すなりするにしても、使途不明のままでは手放しにくい。
それぞれの価値も理解していないと、贈る相手を選びようがない。見合わない物を渡しては、公爵家の体面に影響するからだ。
そんなことを思いつつ開けた次の箱からは、鉄製の何かと、陶器の筒と、漆塗りの平たい器が出てきた。
漆塗りの器を開いてみると、黒い、ビー玉ぐらいの大きさの丸い玉が入っている。ぱっと見は丸薬のようだが、それにしては大きい。
そして、ふわりと微かにかぎ慣れない香りが広がった。
デルフィーナは、鉄製の何かを取り出してみる。
転がらないようにか、箱の半分ほどへ埋め込むようにして入れてあった。くり抜いた木板と布で上手く調整してある。動くと陶器の筒や漆塗りの器とぶつかって破損の可能性があるから、がっつり固定したのだろう。
隙間なくはめてあったが、滑りのいい布――おそらく絹――のおかげで難なく取り出せた。
手のひらサイズだが、茶釜のような形をしている。
ティーポットの蓋のような丸いつまみが中央にあるが、中が覗けるレベルで穴が開いている。芸術的な、飾りめいた切り抜き方だ。所々に金の塗装が施してある。
下の本体部分はぽってりとした形で、これもティーポットのような丸みがある。こちらも表面に浅い凹凸の模様があるが、全体的には滑らかで穴はない。
ティーポットとの大きな違いは、足があることだ。床との間に空間ができるよう、三本の足が付いている。
また、二ヶ所に輪状のつまみがついていて、そこにもさらに輪飾りが付いていた。
お読みいただきありがとうございます。
活動報告の方にも載せましたが、このたび『とにかく珈琲が飲みたいのです』が書籍化いたします。
TOブックス様より10月10日発売で、本日7月25日正午より予約受付開始しております。
加筆修正によりなろう連載版とは違った味わいの仕上がりとなりました。
読み比べても面白いと思いますので、書籍版の方もお手にとっていただければ大変嬉しいです。
ひとえに、お読みくださり応援くださる皆様のおかげです。
引き続きお楽しみいただけますよう、お願いいたします。
リンクを下部に貼ってあります。
Shabon先生のとても素敵なお茶会を是非ご覧ください♪






