137 滞在四日目の午後
またもや、うんうん、とシヴォリ男爵が頷いてくれて、デルフィーナも一つ頷いた。
「それに、スパイスの種類にもよりますが、過剰摂取は健康を損ないます。毎日大量に食べては、閣下のお身体に障りますわ」
デルフィーナのその言葉を聞いて、料理人らしき人物は青くなっていた。
シヴォリ男爵も、興味深そうにデルフィーナを見ている。
これはあまり知られていない知識なのかもしれない。
砂糖やカカワトルが薬として入ってきたように、スパイスも効能を謳われて輸入されたはずだが、種類が豊富になって逆に情報が欠落してしまったのか。
とはいえデルフィーナは全てのハーブやスパイスの効能を覚えているわけではないので、求められても数種類程度しか説明はできない。
効能に関しては、どちらかというと生薬、つまり医療に関する話になってくるから、料理人が研究することではない。
それよりは、料理人が別のところへ注力できるよう、誘導する方がよさそうだ。
「なめらかな食品は手がかかっているという考えは、今もあるのではありませんか? スパイスに頼るのではなく、違う面でも贅沢な料理の方が、公爵家で供される料理は優れている、と示せるのでは?」
なめらかな食品は手がかかっている、すなわち高級である、という考え方は地球の古代や中世のものだが、バルビエリにも通ずるところがある。
全てを潰して漉して調理するのは大変なのだ。
潰して漉す労力はもちろん、丸ごと食べるのと違って漉されて残った繊維は、他に活用するとはいえ、塵である。材料にもよるが繊維質なものなら、残る部分は多いだろう。それだけに、より多くの材料を必要とする。
潰せる柔らかさにするための加熱時間は長く、つまり多くの薪を使う。
漉すために必要なチーズクロスのような布は、料理ごとに必要となり、枚数がいる。
とかく手間暇材料がかかって、大変な調理なのだ。
スパイスを使うよりも、それを復活させよ、とデルフィーナは言ったわけだ。
「プルテスの例もありますし、スープですとか、ソースですとかへ技術と情熱を注ぎ込まれてはいかがでしょう?」
料理人を見つつ言ったデルフィーナへ、彼は壁際で焦ったように頷いていた。よほど、閣下の健康を損ねる可能性が怖かったらしい。
まずまずの反応にデルフィーナはほっとした。
スパイスを減らしてもらえるなら、早速明日からお願いしたい。
例えば晩餐に参加せず、部屋で食事をとることになったとしても、客へ出される料理内容はほとんど変わりないからだ。
朝食のスパイス量は気にならなかったのだから、普通の料理も作れるはず。推察するに、はりきって晩餐料理を作ると、過剰なスパイス量になってしまうのだ。
お金をかけない使用人用の料理はどんなものなのかとちらり興味が湧いたものの、口は災いの元。賢く噤んでデルフィーナは、その後も幾つかの男爵からの質問に答えつつ、なんとか晩餐の終わりへ辿り着いた。
公爵家滞在四日目。デルフィーナは午後のひとときを庭で過ごそうと屋敷の廊下を歩いていた。
二日目の晩餐はなんとか乗り切った。
翌日も晩餐に招かれたので料理の変化を見つつ、また少し意見をしたら、是非厨房で詳しいお話を、と料理長に誘われてしまった。仕事が一つ増えてしまったが、まずまず問題なく過ごせている。
料理の変化を閣下は喜ばれた様子だったので、はっきり意見してよかったようだ。
改めて安堵しつつ、今日の午前も、昨日と変わらず東大陸のものへ目を通していった。
デルフィーナに分かるものは多かったが、それはデルフィーナでなくても分かるものでもあった。
それらの大半は使い処がなくて死蔵している状態だ。使い処を見つけるのもデルフィーナに求められていることだったが、数が合わなかった食器のように、やはり使い道がみつからない。
そもそも食器は銀器の使用が多いため、利用できない面もある。だというのに小皿がやたらと多くあるのは、手頃で美しいため贈ってくる人が多いのだろう。
(パーティーで来賓に配っちゃえばいいのに)
デルフィーナはそう思ったが、この案は他に使えるものの発見がなかった時のために取っておこうと一旦胸にしまった。
そんなこんなで今日も午前は品々を確認して過ごし。
昨日から、日数がかかるからいつもしていた午睡をすべきだというエレナの意見をミーナが入れて、お昼寝タイムをもらっている。
晩餐まで寝ずに過ごすのは確かに少々きつかった。だから午後早めの時間に僅かでも横になれるのはありがたい。
初日の失敗を踏まえ、寝過ごすようなら必ず起こすようにとお願いしてある。エレナが請け負ってくれたので、その点も安心だ。
テオも、急ぎではないから滞在が延びてもいいのなら、と了承してくれた。
昼寝のための時間程度なら、滞在日数にはそれほど影響すまい。
塵も積もればの例えもあるが、そもそも速度制社会ではない現世では、商人でない限りせかせかしていないため、まだ子どものデルフィーナを急かす者はいなかった。
慣れてきたのとヴォルテッラ家での過ごし方が決まってきて、気持ちにゆとりが出てきた。
だからなのか、今日の午睡はパッと短時間で目覚めることができた。
収納室へ戻る予定の時間までまだしばらくある。
ミーナはいないが、一昨日歩いた辺りか中庭なら咎められないと分かっていたから、デルフィーナは庭へと向かっていたのだった。
だが。
「あら。美しい羽が美しい鳥を作るとはこのことね」
「中身が貧相な鳥でも、ですわね」
クスクスという笑い声と共にかけられた声に、デルフィーナは足を止めた。
(へぇ、この世界での「馬子にも衣装」的な言葉は鳥の例えなのね)
暢気に感心していたデルフィーナは、彼女達が寄ってくるのを平然と眺めていた。
兄より年上、叔父より年下に見える三人の少女達は、おそらくこの屋敷に来ている侍女見習いだ。
この世界、一応プレタポルテはある。
服飾に影響を与えた稀人がいたらしく、既製服の概念は伝えられていた。
だが、あまり定着はしていない。貴族はお針子を抱えるものだし、平民は自分の服は自分で縫うか家族が縫ってくれるものだからだ。
既製服は自分の身体に沿った裁断ではないため、動きやすさでいえば断然オートクチュールの方が勝る。
お金をかけて身に合わない服を買うよりも、生地を買って縫った方が安上がりだし自分の服という感じがする。
そのため、プレタポルテはもっぱら、展示用に作成されるのみだった。
そして、デルフィーナに用意された服は、プレタポルテではなかった。
布地の高級感やデザイン性の高さをみるに、おそらくどなたかのお下がりだろうが、デルフィーナの身に合わせて詰めてある。
直しにだって時間はかかるのに、閣下はいつから準備をしていたのか。
お針子さんが何人いてどれだけ優秀なのか知らないが、それでも無茶振りをしたのではないかと考えてしまうデルフィーナだった。
どなたのお下がりなのかは気になるところだが、上品だが豪奢なドレスばかりのため、概ね察することができる。特定するのは精神衛生上よろしくないため、デルフィーナはそれ以上を考えないようにしていた。
そして、滞在が決まった翌日にはエスポスティ家からデルフィーナの衣類を含む荷物が届いていたものの、用意してもらったドレスを着ないのも失礼に当たるため、デルフィーナはあえて借り物の方を選んで身につけていた。
(そんなドレスを着ていたら、まぁ、やっかまれるわよね)
ということでデルフィーナは今、ばっちりがっちりこの屋敷勤めの少女達に囲まれたというわけだ。
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