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136 晩餐2




 フランス料理やイタリア料理のコースとは違うが、ここから流れができていくのかもしれない、と思わせるような献立だった。

 過去世でもおそらく同じようにコースが洗練されていき、確立されたのだと思う。


(タイムトラベルをしているような気分になるのは、こういった時ね)


 エスポスティ家ではデルフィーナのレシピが大分取り入れられており、料理の内容がかなり違う。レシピが取り入れられる前は、まだ幼かったデルフィーナは客が同席するような晩餐には参加していなかった。

 家族でとる夕食はもう少し砕けていたから、正式なコース料理に接するのはもしかしたらこれが初かもしれない。


 肉料理の後は“皿に盛った雪(スノークリーム)”が出されてローズの香りを楽しみ、締めとして、スパイスの効いたワインとペストリーが出された。これは、砂糖漬けの果実とナッツという伝統的なものだった。


 総じて、歴史を感じさせるコースだったと思う。


 ワインは口をつけるだけにしてほんのり味見し、後はデルフィーナ用にと出してくれたオルヅォを飲む。

 いただいた料理をしみじみ反芻していたら、同じようにワインを味わっていた公爵閣下がおもむろにデルフィーナへ笑いかけた。


「どうだった、そなたとしては、料理の味は?」


 不服があるだろうと言わんばかりの閣下の様子に、デルフィーナは得心した。


(なるほど、私の知識を使って料理の改善を図りたいのね?)


 閣下からの言いつけとはいえ、予想外に服から何からきちんと準備されている上、かなり上質な客室を使わせてもらい、しっかりしたメイドと執事までつけてもらっている。

 宿代を払うつもりで、ちょっとアドバイスする程度はいいだろう。


「正直にお話してもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ」

「エスポスティ家のお嬢様なら舌が肥えてらっしゃるでしょうし、楽しみですね」


 シヴォリ男爵にも思うところがありそうだ。

 デルフィーナは二人の男性も結局は自分と同じ感想を持っているのだと察しつつ、苦笑した。


「スパイスが効き過ぎですね」


 デルフィーナが子どもだからより強く感じるのは否定できないにせよ、それでも供された料理はどれもこれもスパイスがふんだんに使われていて、どうかと思うレベルだった。


 スパイスは、取り過ぎるのもよくない。

 胃腸への刺激から、お腹を下し、胃を壊す可能性が一番高いのだが。効能を考えると、過剰摂取により吐き気、動悸、幻覚、不安感などがあらわれる。

 妊娠中の女性は摂取しない方がいいものもあるし、量が多いと肝臓に負担をかけるものもある。

 薬草や生薬としての面を考えたなら、スパイスは決して安易に使えるものではないのだ。


 その昔、地球でもスパイスは金や銀と同価値だった時代がある。

 バルビエリでも、南大陸や東大陸から渡ってくるスパイスは価値が高い。

 財があると端的に示し、見せつけることができるため、貴族家ではスパイスをふんだんに使う料理がもてはやされているのは確かだ。

 だが、それで健康を損なっては意味がない。


 今夜いただいた料理はギリギリセーフな量だと思うが、個人差があることを考えると、やはり多すぎた。

 デルフィーナは、目に見える範囲でスパイスを除けられる料理は、全てそっと外して食べないようにしていた。

 粒で使われている胡椒など、贅沢の極みだが、皿に残しやすくて助かった。

 だから多分、お腹を壊すことはないと思うが、なにぶん子どもの身体なので絶対とはいえない。


 おそらく料理に使われた素材は鮮度が高く、それ自体も美味しいはずだが、効き過ぎたスパイスであまり感じ取れなかった。だからかなりもったいなく思えた。


 素材を生かしつつ香り付けして楽しむのなら、ハーブでもいいのだ。

 元々北大陸にあるものの方が、相性がいい場合だってある。


「スパイスは確かに高価なもので、たくさん使えるのは料理人として嬉しいことだと思います」

「この公爵家でなら自由に使い放題だろうね」


 シヴォリ男爵の相槌に、デルフィーナは頷いた。


「ええ。でも、高価だから使えば使うほどいい、という訳ではありませんわ」

「というと?」

「例えばですが。真っ赤なドレスを着たレディが、大ぶりのアメジストのネックレスをつけて、耳の半分もあるサファイアのイヤリングをつけて、巨大なエメラルドの指輪、トルマリンの指輪、トパーズの指輪、と全ての指に宝石付きの指輪をつけて、真珠とダイヤモンドで重そうなチェーンベルトをつけていたら、どう思います?」


 二人の男性は明確に想像したのか、辟易とした顔つきになった。

 とにかく派手。色が溢れすぎて統一感もなく、ごてごてと重そう。目に優しくない。


「趣味が悪いの一言で終わるな」

「率直な感想としては――成金趣味、かな」


 エスポスティ家が他家に囁かれている噂を知っていてか、少し申し訳なさそうな表情をするシヴォリ男爵へ、デルフィーナは笑ってしまった。

 エスポスティ家は確かに成金だが、さすがに当主が爵位を得て四代目ともなれば、それなりに洗練されている。

 他にエスポスティ家を悪し様に言える材料のない者達がひねり出した、実体の伴わない評判でしかない。無用の配慮だ。


「貴族でも、財力があるだけの平民でも、実際にそんな格好をする方はいませんわ。それは、高価なものを何でも身につければ高貴な格好になるわけではない、ということです」


 うんうん、とシヴォリ男爵が頷いてくれる。淡々とした反応の閣下と違って聞き上手な人だ。

 それに励まされながら、デルフィーナは続けた。


「料理も同じことです」

「ほう?」

「美味しい素材を全部混ぜたら美味しい料理になるかと言えば、そうではないように。スパイスも、なんでもかんでも加えればいいわけではありませんわ」

「ああ、なるほど」


 ごてごてと宝石を身につければ素晴らしい装いになるわけではない。

 洗練されたスタイルというのは、宝飾品を一つか二つ、アクセントとして使うものだ。石の大きさやデザイン性にもよるが、概ねトータルコーディネートを考えて使う。

 料理にも同じことがいえる。


 公爵家の料理人は独自のブレンドをしているのだろう。香りのバランスはいいし、肉やワインとの相性はよかった。

 ただ、スープにも、パイにも、肉料理にも、締めのワインにも使われては、うんざりしてしまう。

 それぞれ配合が違って香りの違いを楽しめたからいいようなものの、とにかく全面的にスパイス! だった。


「せっかくの素材の味が消えてしまったり、香りを楽しめないほどスパイスで全て塗りつぶしてしまっては、もったいないと思います。具材に合わせてスパイスを選ぶのも、料理人の腕ですから。全てに同じブレンドスパイスを使うわけではないように、単独のスパイスを楽しめる料理を作ったり、スパイスに頼らない料理を作るのも、大事なことです」


 おそらく壁際に控えている使用人の中に、料理人もいる。

 それを分かっていて、デルフィーナははっきり述べた。


「終盤に出された“皿に盛った雪(スノークリーム)”は、今となっては伝統的なお菓子と言えるでしょう。あれは、メレンゲにクリーム、砂糖、ローズウォーターを混ぜたものですよね。香り付けにローズウォーターを使うだけで、あとは素材の味と香りが生きていますわ」

「ああ、昔からあるドルチェだね」

「あの料理に、高価だからといって、バニラビーンズやシナモンを足しますか? それでより美味しくなると思いますか?」

「絶対ならん」


 渋い表情で公爵が唸った。


「ええ。私もそう思います。なんでも足せばいいわけではないように、使うスパイスの種類と分量は考える必要があります。とにかく、使いすぎはよくないのですわ」







お読みいただきありがとうございます。


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引き続きお楽しみいただければと思います。


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投稿ありがとうございます。 カレーなんかも適量のスパイスだから美味しいけど入れすぎると辛くて味も分からない物体になったりしますもんね。更には適量ならまだましでも妊婦に食わせるもんじゃねえとかなる主原…
投稿お疲れ様でございます 飲み物で例えるなら元は健胃薬&食中毒予防の毒消しだった筈なのに健康に良さそうなスパイスやハーブ混ぜてカオスな味に……まんま其れやっちゃったのが"ルートビア"であり"ドクター…
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