135 晩餐
裏庭の探索を終えて、大満足でデルフィーナは客室に帰った。
表庭は整形式庭園だったが、裏庭は風景式庭園だった。
円形建物があって自然な雰囲気の庭を眺めながら休憩もできる。
さらに奥へと進めば、ドアのついたレンガの壁が見えたので、ウォールド・ガーデンがあると思われる。
それと区分けされて厩舎があり、さらに奥は馬場になっているようだった。
ロタンダから見える範囲は上品な造り、見えないように木々を植えた先が、機能面を備えた諸々の施設のようだった。
独立した温室はなかったが、屋敷の南端がオランジュリーになっていた。元来的な造りと思えば、こちらはやはり歴史ある温室といえる。
どれもこれも拝見したい。
滞在中に見終わるか心配になるほど、この屋敷は魅力に溢れている。
散策しつつざっくりと下見をしたデルフィーナは、そろそろお時間です、とミーナに促されて部屋へと戻ってきた。
トイレ、洗面所、ベッドルームが完備されたこの部屋は、高級感がありすぎて長居しづらい気がしたが、慣れれば大丈夫にも思える。
とはいえ青鈍色に金を使ったブロケード張りの壁は見事で、眺めているだけでも呆けてしまう。もちろんカーテンやベッドの天蓋の天辺部分もブロケードだ。
飴色の家具は丸みを帯びたデザインで、しっかり磨かれているため傷づけるのが怖いから、使う気にはなれないが。
クローゼットは使用させてもらっているが、これも出し入れはエレナかミーナ他公爵家のメイド達がするため、デルフィーナが触れることはなく安心だ。
何か書き起こすような作業が必要になったら、今日入った収納室のテーブルを借りることにしよう。
そんなことを考えながら、デルフィーナはメイド達に湯浴みをさせられ髪を乾かされ着替えさせられ髪を結われ、大人しい着せ替え人形として一時を過ごした。
あれがいいこれがいいとメイド達はドレス選びと装飾品選びに熱心だったが、どれも公爵家側で用意されたもののため、デルフィーナは無言で通す。エレナはしっかり参戦していた。
結局落ち着いたのは、梔色のベースにアプリコットの差し色が入ったドレスに、ペリドットの飾りがついたベルトと、おそろいの髪飾りだった。
ドレスは、仕立てはとてもいいが、デザインが伝統的なものだ。少し古いともいえる。もしかしたら、誰かのお下がりをデルフィーナのサイズに手直ししたのかもしれない。
それならばまだましだと思えた。一から仕立てられるよりよほど安堵できる。
一通りが済んで、ほっと息を吐いたのも束の間。コンコンコンと廊下からノックの音が響き、メイドが対応に出る。
傍にいたミーナがにこりと笑った。
「ほどよい時刻ですね。迎えも来ましたし、参りましょう」
来たのはテオだった。
デルフィーナ付きの執事として、晩餐の間までの案内をしてくれるらしい。エレナとミーナを連れて、デルフィーナは彼の後へと続いた。
デルフィーナの使う客室がある棟はそれなりに古い。今日行った収納室は新しい棟にあった。
壁や床の材質で大まかな建築年代は推察できるが、詳しいわけではないため、どちらがより古いかくらいしかデルフィーナにはわからない。
そして導かれていった先は、その二つの棟よりさらに古い建物だった。
おそらく、この土地に屋敷を建てたその時からある棟だ。王城と時を同じくして建てられた公爵邸は、建材もほぼ王城と同じ。
王城の内側もここと似ているのかもしれない、と想像しつつ、デルフィーナは日が落ちても輝光石で明るい廊下をしずしずと歩んだ。
そんな彼女が案内されたのは、思ったよりもこぢんまりとした部屋だった。
晩餐に使われる部屋は、この規模の屋敷なら複数ある。
人数や来賓の身分や、相手との関係性で使い分けるものだ。
(閣下はかなり私を優遇してくださるおつもりなのね)
どうもこの部屋は家族や親しい間柄の人物を招く部屋に思われる。
“身内”扱いをしようという心づもりなのか。
(よくわからない問答をしただけなのにね?)
いくら珍しい稀人とはいえ、何故これほど優遇されるのか分からない。デルフィーナは疑問でいっぱいだったが、面と向かって問うわけにもいかず。
表情に出すのも淑女としてははしたないので、そのうち解消されることを願いつつ、部屋へ入った。
「来たか」
閣下の声を受けて、デルフィーナは礼をとる。
「晩餐へのお招き、ありがたく存じます。同席の栄を賜り……」
「ああ、よいよい、堅苦しいのはいらぬ。ここでは家と同じようにせよ」
デルフィーナの口上を、手を振りつつ遮った公爵は、テオへと視線をやった。
「さ、こちらへ」
彼の誘導でテーブルへ歩み寄ると、デルフィーナは引いてくれた椅子へと座る。
ちょこりと小さく頭を下げれば、微かに笑って会釈を返してからテオは壁際へと下がっていった。並びには、既に移動していたエレナとミーナが控えている。
家と同じように、と言われたところで、真に受けるわけにはいかない。
ただし、格式張った対応は閣下の言葉に背くこととなるため、ほどほどに崩した感じが望ましいか。
初日の面談でも、ウィットに富んだ会話を望むタイプだったことを思えば、閣下は礼儀を守りつつも砕けた対応がお好みらしい。
二人きりかと思った晩餐には、もう一人同席者がいた。
座ったままでよいと言われ紹介を受けた相手は、ヴォルテッラ家住み込みのお抱え医師だった。
ヴォルテッラ家の分家出身だというその医師は、シヴォリ男爵という名の、四十代くらいに見える柔らかな雰囲気の紳士だった。
元は施療院で働いていたのを聞きつけた公爵が引き抜いたとか。
こういった席に爵位持ちが同席するのはよくあることだ。
同じ屋敷に住まう者として面通しの意味もある。
使用人の立場だといくら爵位があってもその限りではないが、お抱えの医師は使用人とは違うため、今回同席となったのだろう。
公爵閣下と二人きりよりは緊張せずにすむため、ありがたい配慮だ。
閣下がそこを気にするとは思えないから、カリーニあたりの仕事だろう。細やかな気配りにデルフィーナは感謝した。
そうして始まった晩餐だったが、何故か、エスポスティ商会の飲食店で提供する料理の話に終始した。
シヴォリ男爵はかなり新しいもの好きなタイプなのか、驚いたことに、全ての新作料理を食べていた。
労働階級向けに出したラーメンすら店で食したらしい。
彼の場合、食通とは違って、たとえ不味いと評判であっても、一度は食べてみるのだそうだ。
チャレンジャーだなと思いつつ、こういう人がいるからこそ、新しい料理もすぐに広まるのだなと得心がいった。
「やぁ、最近のエスポスティ商会の新作は、普通に美味しいものが多くて嬉しいよ。たまに奇抜さを狙ってか、非常に独創的な味のものもあるからね」
美味しくない料理であっても、そう言わないあたり、この医師は優しい。
(私なら、不味いものは不味いって言っちゃう気がするわ)
順に出される料理を食べながら、デルフィーナは苦笑してしまった。
こちらの世界での、というかバルビエリでの基本的な調理法は、煮る、揚げる、あぶる、焼く、の四種だ。
あぶる、つまりローストが、一番火の使い方として無駄が多く、すなわち贅沢な料理であるといえる。
大きなお屋敷には回転式串焼き用の暖炉があり、これをひたすら回す使用人がいる。
中世前期あるいは古代は、これは主人の役目だったという。養う人へ振る舞う食料、すなわち肉を焼き、切り分けて、与える。それが主たる者のおこなうべきことだったからだ。
今は他にやるべき仕事が多岐に渡るため、食事を配る行為は、形骸化して、晩餐会などで丸ごとローストした肉を、初めに切り分ける役しか残っていない。
とはいえ肉を切り分ける技術は貴族が受ける教育の一つだ。
アーモンドと砂糖を碾いて練り合わせ、フルーツの形にした菓子。オニオンスープ。キノコとハムのクリームパイ。ソルベ。ときて供された肉料理を、音を立てないよう丁寧に切り分けながら、デルフィーナは順に出される料理について考えていた。
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