134 小箱の部屋3
次に開けた箱には、さらに箱が入っていた。薄いそれを開けてみる。
(なにかしら、これ)
おそらく石だ。
雲母のようにキラキラした部分があるが、触った感触は雲母ではない。もっとしっかりした硬さがある。
デルフィーナは過去世でごくごく幼い頃、外で遊ぶ時に使った物を思い出した。
(まるでろう石みたい……いや、これろう石なのかも?)
触った感じは似ているものの、使ってみないとわからない。
だが非常に丁寧にカットされ、寸分の狂いもない同じサイズで揃えてあるそれは、試しに使うのもかなり躊躇われる美しさで、確認のために削るのは非常に気が進まない。間違っていたらと思うと、保留にするしかなかった。
きっちりと漆塗りらしき箱に詰められたそれを出すことさえ躊躇われ、デルフィーナはそっと蓋を閉じた。
(もしろう石で、公爵家では使わないのなら、譲ってほしいものだわ)
カフェテリアコフィアでは最近、作れる菓子が増えた影響で、日替わりの菓子を出している。
紙のメニュー表を毎日作り変えるわけにいかないため、そちらはレギュラーメニューとして、日替わりについては店内にスレート板を設置して掲示し、口頭でも案内する形にしていた。
いわゆるボードメニューだ。
黒板があればよかったのだが、残念ながらデルフィーナは黒板の作り方を知らなかった。普通に生活していて黒板の作り方など知る機会はない。材料すらさっぱり不明では、当然再現はできなかった。
そのため、黒板の前身であるスレート板を用いることにしたのだ。
色の濃い、黒に近いものを薄く作製してもらい、額装し、店内の客席からよく見える壁に何点か設置した。
ろう石のうち上質なもの、白色の強いものを取り寄せて使っているが、漆塗りの箱の中にあったものは、コフィアで使っているものより一段白が強く、さらにキラキラとして美しかった。
あれがろう石であるのなら、最高級品だと思う。
採掘される場所が違えば鉱物の成分や純度が異なるのだから、同じろう石とはいえ、かなり違っていて当たり前だ。
どうしてもろう石の色合いから、くっきりした文字とはいかず、石膏と卵殻を使ってチョークを作ってもらえるよう、今は絵の具師達と相談している。
紫と青の後、他の色も試行錯誤している絵の具は、かなり鮮やかな彩色ができるようになってきたところだ。
画家達も着々と細密画の腕を上げているので、そろそろ本格的に画集作製の具体的な話を進めようかと考えている。
そんなこんなでデルフィーナは思考をあちらこちらへ飛ばしながら、箱の中身を確認していく。
陶磁器、鉄器、工芸品、とミーナがしまう棚を変えて整理していくため、ゆるゆると進み、昼食休憩を挟んだ午後も同じようにして過ごした。
換気のため開けていた窓の外から、鐘の音が聞こえてくる。
ほとんどの店で終業時間となる時刻だ。
はぁ、と脱力したデルフィーナに、テオとミーナは微笑した。
「お疲れ様でございました」
「本日はここまでにいたしましょう」
「ええ。思ったよりも疲れましたわ」
デルフィーナは苦笑を返した。
なにくれとなく気遣ってアシストしてくれたエレナも、ほっと息を吐いているから、慣れない場と人を相手に、くたびれたのだと思う。
なによりも、扱う品がよそ様の、かなり貴重な品々だ。手に取るだけでも緊張する。それを繰り返すのだから、疲弊して当然だった。
「気晴らしに、少しお庭を散策してもよろしいでしょうか?」
デルフィーナは自宅では庭の散歩を日課としている。体力作りと日光浴をあわせた、健康維持のための習慣だ。
かなうなら公爵家でもさせてもらいたい。
デルフィーナの要望に笑って頷くと、テオはミーナに付き添いを頼んだ。
「お入りいただけないところは、ミーナがお教えいたします。他はご自由にお歩きください」
客だからか、表庭も自由に歩いていいらしい。
見事な庭園は表も裏も広がっていたから、デルフィーナは嬉しくなって気力が戻ってくる。
「ありがとうございます! ではお言葉に甘えて散策させていただきますね」
公爵家の庭なら珍かな植物もあるだろう。入ってはいけないと止められるかもしれないが、ひとまず温室の有無など、施設のチェックから始めたい。
東大陸からの品々はまだまだあり、数日は滞在することが確定したので、デルフィーナはお屋敷の内外を存分に堪能する気になっている。
手始めは庭だ。
働き分のご褒美を勝手にもらうことにして、デルフィーナは小箱の部屋を後にした。
今日の中庭には、孔雀はいなかった。
おそらくもう、飼育舎へ戻されたのだろう。
夏と違ってまだ暮れるのが早い時季だ。そろそろ夕暮れも訪れる。日本の日没と比べるとどうにも日の高い時間が長く感じるが、それももう慣れた。
(さて、どの庭を見せてもらおうかな)
とりあえず外へ出る体で、あわよくば孔雀を見たいと中庭へおりたが、孔雀はおらず。ならばじっくり見せてもらうならどこがいいかとデルフィーナはしばし逡巡した。
この規模のお屋敷なら、厩舎もさぞかし立派だろう。
そちらも気になるが、現段階では見せてもらえるかわからない。
となると表か裏か。
(うん、裏庭にしよう)
この屋敷へ来た時に見た表の庭も素晴らしかったから今度はしっかり見たいが、裏庭は滞在している間しか見せてもらえない可能性が高い。
普通の来訪者は表の庭のみを見せられるものだ。一時的とはいえこの屋敷で寝起きするからこそ、裏へ行くのも許される。それが一般的な客への対応だ。
どこまで踏み込むのを許されるのかも知れるため、公爵家の方針を探るにもうってつけ。
とかなんとかデルフィーナは自分に言い訳をしてみたが、ようは単純に、この規模のお屋敷の裏庭がどうなっているのか、知りたいだけだった。
中庭からは外廊の一部を潜って裏庭へと出られるようになっている。屋内に入ることなく移動できる構造だ。主に庭師が使っている。
使用人が通る道だが、主人や来客が使っても問題はない。
下人が使うところを避けるタイプの貴族もいるが、もちろんデルフィーナは頓着しないので、さっさとそこを見つけると潜り抜けた。
ちらりと盗み見たミーナには何の反応もない。止められないとわかって、デルフィーナは少し足を速めた。
あまり時間がない。
元々気分転換の意味で出てきているのもあるが、晩餐はともにするよう閣下から言われている以上、しっかりと準備をしないといけない。
何故か部屋にデルフィーナサイズの服が複数あったことからも、着替えは必須となる。
準備のための時間を考えれば、悠長に歩き回れるほどゆとりはなかった。
今日はとりあえず、裏庭がどんな構成なのかをざっと見させてもらおう。そして気になったところを明日以降じっくり拝見といきたい。
デルフィーナは右へ左へ視線を走らせながら、奥へ奥へと進んでいった。
お読みいただきありがとうございます。
今回、気持ち短めです。
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