133 小箱の部屋2
一段分全てを運び終えてから、順に開けていく。
目録の確認も含めているのか、先にテオが覗き込んで、書類を捲っていた。
はじめに出てきたのは、唐津焼のような壺だった。サイズ的に徳利だろうか。だがセットとして誂えてもよさそうなぐい呑みや猪口がないから、花瓶なのか。
その後続いたのは、有田か伊万里かというような、絵付けをされた磁器の平皿や深皿、蓋付きの茶碗――これはご飯を入れるのではなく本来的な茶用の碗だ。
青磁の茶器や小皿、ぐい呑みなのか悩ましい碗や小鉢もあった。
「この棚はほぼ食器のようですね。お使いにならないのですか?」
「そうですね。使用目的は分かっている物が多いのですが、数の問題がありまして」
なるほど。公爵家のご家族が何人なのか知らないが、見た感じ四から五客の揃いが多い。小皿や小鉢は八客から十客程度あったが、バルビエリ風の食事と食器に、唐突に東大陸風を混ぜるのは難しい。
来客時となればなおのこと、人数がいるのだから、一品乗せるとしても足りない計算だ。
納得して頷くと、中身が目録と違わないことを確認してテオは蓋をしていった。
そんな風に一棚一段ずつ出しては中を見ていく。しばらく焼き物が続き、次いで出てきたのは布類だった。
「あら、絹ですね」
「この生地は絹というのですか」
「ええ、おそらく……」
この世界でも絹という名なのか不明だが、テオは手元の書類を捲る。
「この布は、献上時には<帛>と伝わっておりますね」
「それなら、上質の絹ですね」
帛とは、贈答用や儀礼に用いる絹を指す。しっかりした厚みのある白い布は、光沢も素晴らしい。
デルフィーナは頷きながらつい撫でてしまった。
「仕立てないのですか?」
「布の質は最高級とわかるのですが」
「白ですから……」
「ああ、なるほど」
白は、純粋や無垢、神聖さを表す一方、悲、病気、幽霊などのイメージにもつながり、時として不吉な色とされる。
紳士服は黒や濃い色が中心で白はなく、ドレスはデビュタントにしか使わないのが普通だ。
この帛を染められればいいのだろうが、逆にこの厚さが問題となる。生地を傷めず、綺麗に均一に染められるかわからないのだろう。
他の生地とあわせて使うには、この帛が極上であるがため、バランスを取りにくい。バルビエリで使う生地と、この丸めた反物の幅もおそらく違う。
使い勝手という意味で持て余し、そのまま保管されているようだ。
「もったいないですね」
何か手立てはないか。
デルフィーナは後ほど考えることにして、一応心に留めておいた。
「ええと、次は」
「<玉>とありますね」
「はぁ」
次も、いまいちわからない物が出てきた。
(いや、わかるはわかる。彫刻品よねコレ)
鉱物なのだが、色を生かして彫りを加えられており、工芸品となっている。
さして大きくないため、飾り所に悩む物なのか。
「飾らないのでしょうか?」
「飾るのですか?」
「ええ、こちらは彫刻でしょう? 小さな物を飾るお部屋はないのですか?」
「こちらは、彫刻だったのですか?」
「えぇ……?」
デルフィーナの目には翠玉白菜や肉形石に似たものに見えた。あれほどリアルな再現ではなく、玉の色を生かした彫り物でしかないが、自然の風合いを残した、石の模様や色を楽しむ作品に見える。
バルビエリではお目にかからないタイプの品だから、彫刻とわからなかったのかもしれない。あるいは東大陸人とは感性が違うため、認識にもズレがあったか。
おそらく軟玉を彫った物で、大きさから考えてもそれなりに珍しい物と思われる。死蔵するには惜しい品ではないか。
そういったことをつらつら伝えると、テオは頷きつつ手早く書類に書き込んでいた。
申し伝えが不十分だったようだ。
さて、これは使い道を見つけたものの一つに数えられるだろうか。
(いや、無理ね)
見る人が見ればわかるもので、デルフィーナの知識が生かせているか怪しい。
どうしても足りなければカウントに入れてもらうとしても、一先ず保留だ。
デルフィーナの好みからも外れており、飾らないなら欲しい! というような品ではないため、強くプッシュする気にならない。
次、とデルフィーナは隣の箱へ目を移した。
この辺りから、まとまって鉄器が出てくる。
文鎮らしきもの、花瓶、何を象ったかよくわからない置物と続き、風鈴が出てきた。
だが、舌が外されて釣鐘部分――外身が逆さまに箱の中に入っていた。
「紐はありませんか? この穴に通る太さなら何でも構いません」
外身の上部にある穴をミーナに見せる。
目視で経を測ったミーナは、少々お待ちください、と告げて部屋を出て行った。
「お疲れでしょう。しばし休憩にいたしましょう」
デルフィーナが一つ息を吐いたので気がついたのだろう、テオが部屋の隅にあった椅子を勧めてくれた。
そういえばずっと立ちっぱなしで箱の中を確認していた。
元々立っていることが多いメイドや執事と違って、デルフィーナは立ち続けることに慣れていない。
素直に頷いて椅子へと腰掛けた。
「それにしても、思った以上にあるのですね」
この部屋へ入った当初は、箱の数からそこまでの量とは思わなかった。
だが蓋を開けてみれば、一箱の中に色々と詰められている。
考えていたよりも献上品が多い。
「東大陸との取引を閣下はかなりされておられるのですか?」
造船して売るだけではここまでにならないだろう。
この部屋にあるのは小物で、大物は別の部屋にあるし、そもそも使途不明な物が中心なのだ。使える品は他へ出ていると考えれば、かなりの数だと思う。
デルフィーナの疑問がわかったのだろう、テオは苦笑した。
「いえ、閣下はそれほど注力しておられません。公爵家としては船を出すのみなのですが、あちらの大陸の商人や貴族も、こちらの有力者とつなぎをつけておきたいのでしょう。北大陸側も、バルビエリ国内の商家に限らず、色々な方が見えられます」
その“見えられる”時に持参してくる物が多種あるという訳だ。
北方の国は南下する途中バルビエリの港にも寄る。逆に東大陸や南大陸からの帰りも寄港する訳で、その時に便宜を図ってもらうため、閣下へも贈り物をしているのだろう。
東大陸側からも大陸を渡る船は出ており、これが北大陸北方まで進む場合も、同じことがいえる。
船を造り、国内でも一二を争う有力者、王族よりもフレキシブルに動ける立場でもある公爵は、彼らにとって是非とも良好な関係を築いておきたい相手だ。
当然、お近づきの印をしっかり贈ってくるという訳だ。
デルフィーナが納得したところで、ミーナが戻ってきた。
「こちらでよろしいでしょうか」
差し出したのは綿の太い糸だった。タコ糸に似ている。
とりあえず外身と舌をつなぐだけだから、何でもいい。使い処が決まったら相応の紐に変えればいいのだ。
受け取ったデルフィーナは手早く風鈴を完成させた。
何故か短冊がなかったので、それはテオの持っていたメモ用の白紙を使ったが。
「風の通るところへ吊すと、こちらが風を受けて」
デルフィーナは吊るし持った風鈴を見せながら短冊を指先で揺らす。チリリンと金属らしい高い音が涼やかに鳴った。
「まぁ」
「ほう」
ミーナとテオがそれぞれ感嘆を漏らす。
「このように鳴ります。夏場に涼を求めて軒先――ええと、外廊などに吊す感じです」
建物の構造が違うため、このお屋敷に吊せるところがあるだろうか。デルフィーナはちょっと考えてしまったが、それを考えて決めるのは公爵家の誰かであるべきだ、と考えるのを止める。
吊せるところがなければ、風鈴用の台座を作ってもいいわけで、四阿や外廊の、風の通って屋根のある場所へ設置すれば済む話だ。
大きな鐘は王都内にもあるから知っていただろうが、分解されていた上、小さいものはバルビエリにはないため、鐘の一種であると気づかれなかったとみえる。
デルフィーナの説明の間、テオはこれも目録に手早く使い方を書き込んでいた。
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