132 小箱の部屋
「おはようございます」
初老執事は今日もピシッと決まっている。
穏やかな微笑に笑みで応えながら、デルフィーナも朝の挨拶を返した。
「おはようございます。昨夜は失礼いたしました。改めて閣下にもお詫びをお伝えください」
「かしこまりました。お疲れは残っておられませんか?」
「ええ、ゆっくり休ませていただきましたので元気いっぱいです」
事実、子どもの体は回復も早い。長々眠って昨日の気疲れなど遠く彼方だ。
目に見えて分かったのだろう、カリーニも得心したように頷いた。
「それはようございました。閣下からは、豪気な質で何よりとのお言葉とともに、本日の晩餐はご一緒するように、とのご要望がございました」
(まじか)
初日は歓迎の意味で来客と晩餐を共にするのが普通だが、二日目からは相手による。
デルフィーナの立場だと居候に近いから、晩餐への参加は本来なしで大丈夫なはずだが、逃してもらえないらしい。
デルフィーナに否という権利はないため、作り笑顔で受諾した。
「それでは、本日より早速、東大陸よりの品をご覧いただきたいと思います。パルマ」
「はい」
目録なのか、一冊の本ほどある紙束を抱えたテオが進み出た。
(うーん、バインダーファイルも作ればよかったかな)
どうやら糸で綴じてあるらしいテオの手中を眺めつつ、デルフィーナは考える。
レバーファイルはともかく、バインダーは穴開けパンチも作る必要があるため手を出していなかった。
しかし最近、コフィアも事務書類がかなり溜まってきたので、そろそろ手軽に綴じる方法を導入してもいいかもしれない。
(またカルミネ叔父様が騒ぎそうだけど……便利になるし、いっか)
仕様書だけこちらで用意すれば、あとは丸投げで。
試作品の確認は必要だし制作過程で相談が入ることもあるが、概ねデルフィーナに労はない。
鉄製品を作る工房も、人材を増やしたとかでゆとりがない状況からは脱したらしいので、次を投げてもきっと大丈夫だ。
手元の書類を繰りながらテオが説明するところによると、大きな品と小さな品、時間停止の箱などがある部屋は別になっているとのことだった。
別のことも考えていたデルフィーナだが、聞き逃すことなく、ふんふんと相槌を打って見せていた。
「私が手に取りやすいのは小さい物ですが、お屋敷的には大きな物が片付く方がよろしいでしょうか?」
「いえ、小さな物は取り紛れてしまって処分にも困るため、雑多に積まれております。なんとなく使えそうな物もそのまま一緒くたに箱に入れてあるため、大きな物よりこちらの方が場所をとってございます」
なるほど、整理も併せてできればという目論見か。
大きな物は家具類だろうし、それは使い方が分からない物は少ないに違いない。そも献上品で大きな物を持ち込むのなら、当然使用方法も伝えるだろう。
使途不明になるのは細々したものが多い場合と考えれば、デルフィーナが着手すべきはそちらだと思われた。
「わかりました。それではまず、小さな物を拝見いたしましょう。時間停止の箱内につきましては、拝見すると魔法が解けますが、そちらはいかように?」
テオに問えば、テオはカリーニの顔を見る。頷きを得てから答えた。
「屋敷内に魔法をかけ直せる者がおりますため、開けてご確認いただいて構いません」
(閣下の配下は本当に人材豊富~!)
羨ましく思いながら、デルフィーナは頷いた。
それなら遠慮なくどんどん開けさせていただこう。デルフィーナに分からない品が入っていたとしても構うものか。見なければ分からないのだ。見せてもらうのがお仕事だ。
決して嫌がらせや当てつけではない。断じて。
「かしこまりました。では早速ですが、拝見させていただけますか?」
「はい。ではパルマ、アニェッリ、お願いいたしますね。私はこれで失礼いたします。何かございましたらお呼びください」
カリーニは一礼すると足早に退室していった。
朝から時間をとらせてしまったことを申し訳なく思いつつ、デルフィーナも二人の誘導に従って廊下へ出る。
最後にエレナがドアを閉じると、気分はもう、お屋敷探検へと傾いていた。
(いやいや、探検はダメよ。ある程度経ったら、休憩時間とかにお屋敷見学をお願いするのよ!)
どんなお屋敷でも、客の行っていい所と悪い所がある。礼を失した行いはできないため、まずはテオとミーナの人となりを掴んで、デルフィーナが無害だと分かってもらってからだ。
我慢、と自分に言い聞かせながらデルフィーナは案内に従って廊下を歩む。
やはり迷子になりそうな道順を辿ってから、新館の三階へと辿り着いた。
「こちらになります」
テオが開けてくれたドアをくぐると、仄暗い室内に大小の箱が見えた。
ミーナがすぐに窓辺へ寄ると、カーテンを開けてくれる。晴れの今日は外からの光で十分明るい。
日差しに当てられて微かに舞う埃が見えるが、掃除はしっかりされているらしく、室内の状態は綺麗なものだった。
デルフィーナはぐるりと部屋を見渡す。
壁際に設置された棚には小箱が収められていた。そこからあふれたものが、大きな箱の上に積まれているらしい。
(かなりあるわね)
さて、この中からどれだけ使い方の分かる物を発掘できるか。心の中で腕まくりをしつつ、デルフィーナは直ちにとりかかることにした。
中身の確認用なのだろう、頑丈そうなハイテーブルとローテーブルが一台ずつ部屋の中央に置いてある。ローテーブルは大きな箱用と思われたが、デルフィーナが覗き込むのに良さそうだったので、そちらを使わせてもらうことにする。
「では、左手の端から順に開けていきましょう。時計回り……ええと、右回りでお願いします」
バルビエリではまだ時計を見たことがない。
この世界のどこかにはあるとしても、今のところここでは「時計回り」は通じないため、デルフィーナは言い直した。
成語やことわざだけでなく、何気ない日常で使う言葉も、たまに過去世の言い回しが口をついて出てしまう。
(このうっかりがアブナイのよね)
頭では理解しているのだが、身についてしまったものはどうしても隠しきれず顔を覗かせる。
だからこそデルフィーナはあまり外へ出ず屋敷に籠もりがちな生活を送っていたのだが。
(閣下にはバレてるし、エスポスティ家にも正直ちょっと飽きてたし。ちょっとここで気分転換させてもらお!)
滞在が何日になるか不明だし、出された課題をこなさなければならないが、非日常として公爵家への宿泊は、本来ならない体験として楽しんでも構うまい。
緊張感のある生活にはなるため羽を伸ばすというほどではないが、東大陸の品という珍しいものもたくさん見られるし、いつもとちがう生活は気分転換にちょうどよかった。
(ゴージャスすぎるお部屋だけは居づらくていたたまれないけどね)
しかしこの部屋を見る限り、うっかり触れて何かを壊す懸念はなさそうだ。客室に居づらくて他へ行く当てがなければ、ここで仕事をしている体で過ごすのも悪くない。
いや、お屋敷内の見学やらお庭の見学やらをさせてもらうなら、ここに籠もるのでは本末転倒なのだが。
そんなことを考えている間に、ミーナが部屋の左隅の棚から小箱を持ちだしてローテーブル上に並べていた。
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