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131 滞在初日




 ぱっちりと目を覚ましたデルフィーナは、光の入り方が違うな、とぼんやり思ってからハッとした。

 ここは公爵家の客間だ。窓の位置が違うのだから、エスポスティ家の自室と朝日の入り方が違って当然だ。


「朝日……朝?!」


 慌てて起き上がる。

 昨日の夕方、晩餐までは時間があるから、と少しのつもりで横になって、その後は記憶にない。となるとそのまま朝までガッツリ眠ってしまったということか。


「お嬢様、お目覚めですか?」


 コンコンというノックの音が、廊下ではなく隣室のドアから響く。隣は確か使用人の控え室だ。


「どうぞ」


 応えると、エレナが入ってきた。


「おはようございます。よくお眠りでしたね」

「おはよう。……私、晩餐をすっぽかした?」


 困り顔でおずおずと確認するデルフィーナに、エレナは苦笑した。


「現在こちらのお屋敷には、公爵閣下のみで、ご家族はいらっしゃらないそうです。晩餐は閣下とお二人での予定だったようですが、お嬢様がお目覚めにならないということで、カリーニ様が上手く取り繕ってくださったようですよ。閣下からも、よく眠って疲れを溜めないようにせよ、とのお言葉を頂戴したと」


 それを聞いてデルフィーナは頭を抱える。多分、閣下は大笑したことだろう。

 子どもの身体に引っ張られて、どうしても大人と同じように振る舞えない時がある。


(それにしたって、今じゃなくてもいいでしょ私!)


 やらかしたな、と思いつつ、諦めてデルフィーナは息を吐いた。

 閣下がお怒りでないのは幸いだったと考えるべきだ。


「久々にお一人のベッドでゆったりと寝られたからかもしれませんね」


 エレナの苦笑に、デルフィーナは端と思い出す。


「そういえば私、お父様にあのコのこと頼むの忘れていたわ」

「あ、そうですね。でも大丈夫だと思いますよ。他の使用人がはりきってお世話していると思います」

「そう? ならいいんだけど」


 実のところ、デルフィーナは夏の終わりから猫を飼っていた。

 いや、飼っているというと語弊がある。押しかけてきたのは猫の方からだ。


 羽馬と同じく魔法を使える少し特殊なその猫は、しゃべる猫だった。


 色は全然違うものの、英国の数学者が書いた児童小説に出てくるキャラクターのようだな、と思ったものだ。

 しかし性格は全然違っている。

 街で見かけたデルフィーナの気配が気になったと言って屋敷までやってきたその猫は、かなり大きい身体で、何故かデルフィーナを気に入ってしまい、寝床をデルフィーナのベッドと定めてしまった。


 猫曰く、デルフィーナは人っぽくないらしい。


 それは、前世が鹿系の動物で、前々世がリスかモモンガのような生物だったためかなとデルフィーナは考えている。

 どちらも曖昧なのは、人のように鏡に写して自身を観察したことがないからだ。群れの他の個体を見ているはずだが、そこまで明確に記憶がないため、詳細が分からず、曖昧な表現をするしかない。

 そんな魂に残る気配を察知して、押しかけ猫は、人の中ではとっつきやすいとデルフィーナを気に入ったらしかった。


 大人用サイズのベッドで寝ているまだ小さなデルフィーナにとって、ベッドを半分ほどとられても、それほど狭くは感じない。だから気にせず夜はベッドをシェアしていたものの、やはり少しは影響があったのだろうか。

 とはいえたまに別の部屋で寝ていたり、夜の間に出かけていたりもするため、毎晩一緒なわけではない。

 だから単純に、今回は、精神疲労の影響だと思うのだが。


 エスポスティ家にそれまで猫はいなかったため、おしゃべり猫は、使用人達の間で密かに人気を獲得していた。

 言葉が通じてモフモフで愛らしいとなれば、癒やしの存在として可愛がられるのも理解できる。

 爪とぎの場所は指定できるし、イタズラもされないのは、使用人的にかなりの魅力に違いない。

 そんな彼らがいるのだから、デルフィーナがしばらく留守にしたところで大丈夫というエレナの意見はもっともだった。


 その存在を思い出してしまったデルフィーナは、寝る前と目覚めによくモフっとした毛を撫でていたから、指先に少し寂しさを感じてしまう。

 まだ初日なのにホームシックは早すぎる。求めているのは猫なので、ホームシックではなく猫シックといったところだが。

 代わりに後で孔雀でも眺めよう。彼らを触るのは多分無理だから。

 気持ちを切り替えて、デルフィーナはベッドから起き出した。


「朝の予定については何か聞いている?」

「いえ、お嬢様がお目覚めになったら知らせるようにと言われています」

「そう」


 洗顔用の湯や布を用意したエレナに手伝ってもらいながら、身支度を調える。

 エレナが知らせに廊下へ出て間もなく、ミーナがワゴンに朝食を乗せてやってきた。


「おはようございます」

「おはようございます」

「朝食をお召し上がりの後、カリーニが参りますので、本日のご予定をご確認くださいませ」


 ミーナはにこやかに告げた後、テーブルに朝食を並べた。


 本来なら昨夜のうちに確認すべきことがあったのかもしれない。

 繰り越しで今朝になったため、今日も筆頭執事の手を煩わせるようだ。

 しまったな、と思いつつ、デルフィーナは出された朝食を平らげた。


 食後のお茶を出されたところで、デルフィーナはつくづくと公爵家の情報力に唸った。


(これ、麦茶だわ。家で飲んでるような日本風の麦茶じゃなく、イタリアのオルヅォな感じだけど)


 普段デルフィーナが大麦を炒った物を茶代わりに飲んでいると知って、同じように用意してくれたらしい。

 おそらく麦の種類が少し違っていて、焙煎度合いも違うため、エスプレッソっぽい深煎りになってのオルヅォ感なのだと思う。


 どうやって情報を得ているのか不思議で仕方ないが、ひとつ思い当たるのは、そういった魔法の存在だ。


 この世にはまだまだデルフィーナの知らない固有魔法がある。

 そのひとつが、情報取得につながるものなのではないか。

 そうでも考えないと、これだけ情報が抜かれる訳がわからない。

 そもそもエスポスティ家の使用人は全員が秘密保持の契約を結んでいるのだから、漏洩しようがないのだ。


(便利な魔法使いを閣下はお抱えのようね)


 さもありなん、と思いながらデルフィーナはお茶を飲み終えた。

 直後、タイミングを計っていたようにカリーニが部屋を訪れた。






お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
え?!デルフィーナさん前世鹿(っぽい動物)だったの!?
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