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130 公爵家のメイドと執事




「突然の滞在となり、戸惑っておられましょう。何かありましたら、些細なことでも構いませんので、どうぞお気軽にお声がけください」

「ありがとうございます」


 執事の言葉と態度にデルフィーナは安心した。

 ドナートがいなくても、丁重に扱ってもらえるようだ。


(まぁ、貴重な稀人だもんね。粗雑な対応はしないか)


「後ほど、滞在中お世話をするメイドと、執事を連れて参ります。収納室へ訪れる際は、必ず同伴いただけますようお願いいたします」

「かしこまりました」


 閣下からのご依頼に応える形にしろ、貴重な品々に触れる時はこちらの上級使用人が立ち会う必要がある。

 監視、監督のためだが、デルフィーナを守る意味もある。


 おそらく一部の者以外には「子ども」としか見えないデルフィーナが、自由に屋敷内を移動するのは、納得しかねる使用人もいるだろう。

 多くの使用人を抱える屋敷は、どうしても全ての者の思想や主義、信条を把握し統制をとることはできない。表面的には従わせることができても、胸中までは推し量れない。


 そうなると、デルフィーナが一人でうろうろした場合、“なにか”あるかもしれない。


 基本的に教育の行き届いているお屋敷のようだから、危害を加えられることはないと思うが、嫌味を言われたり、行動の制限をされたりはするはずだ。


 客であるとはいえ、子爵家の娘でしかなく、しかも幼い。なのに公爵閣下と話すことが許されて、上等な客間を宛がわれている。

 それは、この屋敷へ行儀見習いに来ている貴族家の令嬢にはしゃくに障ることだろう。


 この規模の屋敷、まして筆頭公爵家ともなれば、家門の他家から娘が幾人も行儀見習いに来ていて不思議はない。

 子息は学院があるため上級の貴族家へ上がって学ぶことはないが、息女は集って学ぶ場がないため、王宮や閥を同じくする家へ奉公へ上がる形で“花嫁修業”や“侍女教育”を受けることが多い。

 そこから女官になる者もいれば、侍女として長く勤めることになる者もいるが、大半は腰掛けの立場だ。

 預かる側の家もそれを承知しているため、一応気は遣われ、「本当の使用人」とはちょっと違う扱いになる。

 その家の深い事情は知らされなかったり、重要な役目は割り振られない。


 そんな立場の“使用人”がデルフィーナを見てどう思うか。

 もちろん、行儀見習いに来ている令嬢の性格によるが――たかが子爵家の成金娘が何様のつもり? となりかねないのだ。

 だがそれは同時に公爵家、ひいては閣下の体面に泥を塗る行為だ。だって今は公爵家の使用人なのだから。


 そういった面倒な使用人のあぶり出しに使われる可能性もあったが、公爵家としては外部の人間に恥となる部分は見せないという判断なのだろう。

 デルフィーナが餌に使われることはなさそうだ。 


 そんな一部の使用人の問題行動の可能性を考えれば、上級の使用人である執事と、正式なメイドがつけられるのも納得だった。


 執事の方は、東大陸産の品へ触れることができる者となると、絶対に見習いでも新人でもない。

 デルフィーナが閣下に充てられた仕事へ集中できるように、という配慮が窺える。


(下にも置かぬ扱い、ってことかな)


 閣下は子どものデルフィーナ相手でも、“稀人”として、侮ることなくきちんと対応くださるようだ。

 こういう端々から、有能な人、という評判が立つのだろう。


「それでは、しばらくご休憩ください。何かございましたら、こちらの二人へお申し付けください。失礼いたします」


 執事はお茶の用意をしているメイド二人を示すと、一礼して退室していった。

 メイド達も、手早くお茶を淹れ終わると、すっと壁際へ下がる。無言で控える様子から、あくまでも臨時につけられた二人だと分かる。


(せっかくだからいただこう)


 お茶は公爵閣下との対面前にもいただいたが、控え目に飲んでいたので、カフェイン摂取量はまだ大丈夫だ。

 あまり摂ると夜眠れなくなるため、気をつけている。初めての公爵家の夜、ただでさえ緊張する部屋で眠れないのは困ってしまう。


(麦茶を持ってくればよかった)


 そっと溜め息を吐く。

 夕食が入らなくなるので、お茶菓子には手を出さずお茶だけいただくと、デルフィーナは品を保ちつつソファに身を預けた。




 半刻ほど経ってから戻ってきた執事は、一人のメイドと一人の別の執事を連れていた。

 精神的な疲れからうとうとしていたデルフィーナは、パッチリと目を開ける。


(あぶないあぶない、寝落ちるとこだった)


 さすがに今それはまずい。淑女としてはナシだ。子どもとしては許されるかもしれないが。


「お疲れのご様子ですね。お待たせして申し訳ありませんでした」


 苦笑した執事には、船をこいでいたところを見られたかもしれない。赤くなりつつ、デルフィーナは黙って小さく頷いた。


「ご紹介いたします。こちら、執事のテオ・パルマと、メイドのミーナ・アニェッリでございます」


 名を呼ばれたタイミングでそれぞれ深く礼をとる。

 各々へ目を合わせて頷いたデルフィーナは、ソファから立ち上がった。


「エスポスティ子爵家が娘、デルフィーナでございます。滞在中、お世話をお任せいたします」


 軽くカーテシをとると、にっこり笑った。

 何日間滞在することになるか不明だが、この屋敷にいる間ほぼ傍にいる相手ならば、良好な関係を築きたい。


(第一印象は大事よね)


 にこにこと笑う少女に、二人も微笑む。


「ミーナ・アニェッリでございます、どうぞミーナとお呼びください。精一杯お世話をさせていただきます、よろしくお願いいたします」

「テオ・パルマです。お好きにお呼びください。必要なことがありましたら、何でもお申し付けください。可能な限り対応させていただきます」


 ミーナとテオも改めて挨拶してくれる。

 頷くと、デルフィーナはエレナを紹介した。


「こちらは私の侍女のエレナです」

「エレナ・レニーニです。どうぞよろしくお願いいたします」


 侍女として礼をとったエレナへ、ミーナとテオも礼を返した。そんな三人のやりとりが落ち着いたところで、案内を務めてくれていた執事が一歩前に出た。


「遅ればせながら、私は当公爵家筆頭執事の、エツィオ・カリーニと申します。閣下にご用の際は、私をお呼びください」


(やっぱり筆頭執事だったか。ってことはこのお屋敷の使用人の中では二番目……もしかすると一番上の存在かな?)


 公爵閣下と同世代に見える執事は、デルフィーナの予想通りの役職だった。

 この規模のお屋敷なら家宰がいるかもしれないが、公爵閣下に一番近い位置にいるのは筆頭執事だ。

 人払いされた部屋に残ったのも納得がいく。


「パルマへお声がけいただければ、閣下のご予定を確認して私からお返事を差し上げます。お待たせする場合もあるかと存じますが、どうぞご承知おきください」

「はい。閣下はお忙しいお立場にいらっしゃること、存じ上げております。カリーニ様の方でよいように取り計らってくださいませ」


 あくまでも筆頭執事として低い腰で対応してくるカリーニに、けれどデルフィーナは敬称をつけた。客と使用人ではあるが、無位の娘と爵位持ちかもしれない以上、気は抜けない。


 デルフィーナの返事へ穏やかに笑うと、カリーニは肯うように頷いた。


「晩餐までにはまだしばらく間があります。一先ずお休みになりますか? それとも、東大陸産の物について、少し説明申し上げますか?」


 デルフィーナが疲れた様子だったため、気を遣ってくれたようだ。

 一方で、閣下からの課題を考えると、早めに東大陸産の品々について知りたいと思う気持ちも察してくれたらしい。

 デルフィーナはちょっと考えてから、休むことを選択した。


(数時間急いだって、変わりないよね。むしろ晩餐に呼ばれるかも? って方が問題よ。失礼があっては困るから、気力体力を回復させたいわ)


「東大陸産の品々については、明日、実際に拝見しながらお話もお伺いできればと思います。今は少し疲れましたので、休むことにいたします」

「かしこまりました。それでは、私とパルマは失礼いたします。アニェッリ、あとは頼みます」

「かしこまりました」


 カリーニはにこやかに笑って頷くと、ミーナに指示した後、テオを連れて退出していった。

 忙しいだろうに、最後まで丁寧だった。

 その立場にあぐらを掻くような輩では務められないお家柄なのだとデルフィーナは思う。

 なにはともあれ、客分として十分に配慮してもらえることが伝わってきた。それを伝えるために、閣下は筆頭執事を案内につけたに違いない。


 ミーナがなぜかデルフィーナの身体にぴったり合った寝間着を出してくれたので、着替えると、デルフィーナはさっさと昼寝を決め込んだ。







お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく拝見させてもらってます。 前回は公爵様の好感度底辺まで行きましたが、今回のお話で少し上向きました。 中身大人だとしても、体は子供ですから、やっぱり家族がそばにいて欲しいなって思ってしまい…
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