13 コイルスプリング
(この素材なんだろう? アルミでもなさそうだし)
柔らかさはアルミニウムと似た感じだが、色が違う。ほんのり赤みがかったそれは、端的にいえば薄いピンクの金属だ。
この柔らかさなら形成を実演するのにちょうどいい。
「叔父様、ちょっと貸してくださいね」
デルフィーナはアロイスの手を取って、指を借りることにした。締め付けないよう気を付けながら人差し指にくるくると巻いていく。
アルミニウム並に柔らかい金属は、あっという間に変形しコイルができあがった。
アロイスの指から抜いて、余った部分を切ってもらう。
「これがコイルスプリングですわ」
差し出して、職人の手のひらに乗せた。
「これは柔らかい金属ですからほとんど意味がないものです。あくまでも形の参考ですわ。このコイルを、なるべく硬い金属で作って欲しいんですの」
「硬い金属だと君の求める柔らかさとは対極じゃないか?」
馬車の座面の硬さを訴えていたのに何故だとカルミネは首を傾げる。
デルフィーナはそれに首を振った。
「このコイルをたくさん作って、並べて繋げてほしいのです」
メモ帳に並列したコイルの図を描く。
「上下を固定して、箱状になるようにしてください」
上から見た図と横から見た図を描き足していった。
ポケットコイルを並べるタイプのスプリングマットもありだが、布でひとつずつ包むとその分時間がかかるし、枠をどうするかの問題が出そうだったので今回は全て繋げてもらう。 これに全体をカバーするよう布を被せてもらえばいい。もちろん金属が当たらないよう、分厚い布地を何層も重ねるつもりだ。
(たいして持ち合わせのない絵心が、ぐんぐん伸びている気がするわ)
気のせいかもしれない。
だがとりあえず伝えるのに必要な程度の画力はあったらしく、陶器工房ではなんとかなった。今も、なんとなくは伝わっているらしい。
ただ、デルフィーナの意図するところは理解されていないようだ。
「あちらのテーブルをお借りしてもよろしいでしょうか?」
応接に使うのか、入ってすぐのスペース脇にはスツール数客とテーブルがあった。デルフィーナはそのテーブルを示す。
「ああ」
頷いたガレッティに、一同を促してテーブルへ移動してもらう。
よく見えるよう、紛失しないよう、テーブルを囲むように全員に立ってもらう。
デルフィーナだけは身長が足らないので、アロイスに抱っこをしてもらってスツールに座った。
「これを、こうすると」
コイルをテーブルの中程に立て、上から掌で押さえて圧をかける。
それをパッと離すと、びょん、とコイルが跳ねた。
「うぉっ!」
「なんだ今のは」
「跳んだ?」
柔らかい分抵抗が少なく、思ったほどは跳ばなかったが、テーブル上をそこそこ移動したそれに職人達が手を伸ばす。見聞するように指で摘まんで弾力を確認していた。
ばね自体は古来からある。弓や投石機が使われているのだから。だが螺旋状のコイルスプリングは未知だったのだろう。
人知れず使っている者はいるかもしれない。だがこの工房の職人、エスポスティ商会の面々は知らないようだった。
「使う金属が硬ければ硬いほど、よく跳ぶものが出来ます。これを並べたクッションを作りたいので、大きいものを硬い金属で作ってください」
「なるほど……」
コイルスプリングの動きを確認したカルミネは唸るように納得した。
「コイルが横に跳ばないように上下を固定してほしいので、並べて繋げれば必然的に箱形になると思いますわ」
作ってほしいのは馬車の座面部分用だ。箱形でちょうど良い。
「コイルの径を――そこの少年の拳が通るぐらいのサイズにしたら、良い具合かと思います」
工房長の拳は大きすぎ、自分の拳は小さすぎたので、初めに応対で出てきた見習い少年の手を指す。
皆の注目を浴びて、少年は自身の握り拳を見下ろした。
ただ実際どのサイズが一番良いのかは作ってみなければ分からない。そこは職人達へお任せだ。
「最終的に布で包みますから、上下の四隅は丸くしてくださいませ」
厚い布で覆うつもりだが、動かすうちに擦れて破けるようでは困る。角の処理がよければその心配もしなくて済む。
綿花かウールで、フラットで厚手のクッションを作って上に乗せれば完璧だ。キルティング状にすればずれて偏ることもない。厚手の絨毯があればそれを金属との間に敷くのも有りだ。絨毯は輸入品で高いため多分無理だが。
「使う金属やコイルの大きさはお任せします。私はただクッション性の高いスプリングがほしいだけですから」
この場ではそれ以上話すのを止め、デルフィーナはアロイスを一瞥してからカルミネに視線を投げる。
目で応えたカルミネが工房長に向き合う。
「姪っ子の我儘に付き合わせて悪いが、今言われた通りのものを作ってくれ」
「ああ、この嬢ちゃ……お嬢様のおっしゃるままに作ってみますよ」
請け負ったガレッティは、デルフィーナの要望を理解したようだった。
しっかりした返事にカルミネは満足し頷いてみせる。その間にアロイスがデルフィーナをスツールからおろしていた。
「ではこれで」
「お願いしますね」
アロイスが促したので、デルフィーナはちょこんと礼を取って工房の出口に向かう。
職人達は薄々察しているだろうが、作ってもらったスプリングをどうするのかはまだ明かさない。
そこから先はまた別の部門の仕事だ。総合的な完成図を知るのはまだカルミネとアロイスとドナートだけでいい。
表で待っていた馬車にアロイスとデルフィーナは乗り込むが、カルミネはまだ工房内にいるようですぐ出てこなかった。
首を傾げたデルフィーナに、アロイスはゆったり笑う。
「他の仕事もあるからね。ついでに確認でもしてるんじゃないかな?」
確かに、商会長が工房まで足を運ぶことはそう多くないのだろう。ついでに仕事の話をしているなら納得できる。
帰りもまた酷い振動に揺られることを思えば、先延ばしにしているだけではあるが、少しの休憩はありがたかった。
そんなデルフィーナの気分とは全く関係なく、カルミネはガレッティと既存の注文について幾つか確認した後、声を低めた。
「分かっているとは思うが――先程、“誰”が“何”を話したか、一切外に漏らすなよ?」
釘を刺すようにガレッティの視線を絡め取る。
微かに頷いたガレッティは、表の方向を顎でしゃくった。
「大丈夫なのかね?」
少し危なっかしいように感じたのだろう。デルフィーナの言動は、天才児といってしまえば通るが、これまでそんな話は聞こえてこなかった。
「大丈夫なようにするのがこちらの仕事だ。……居合わせた奴らにも話しておけよ」
気をつけさせるよう念押ししたカルミネにガレッティは当然だと肩を竦めた。
「これから先も、こういった仕事は増えそうだな?」
「ああ。少なくともさっきのスプリングは、量産することになると思っとけ」
「だろうな」
二人きりだと敬語の抜ける工房長は、少女の持ち込んだ知識でこれから忙しくなることを覚悟する。
彼女の様子では、スプリングはまだまだ使い処がたくさんありそうだ。
まずは注文された不思議なものを作り上げなければ。
職人として恥じない仕事をして、彼女を唸らせよう。驚かされた意趣返しをそんな方法ですることにして、ガレッティは工房から出るカルミネの後ろ姿を見送った。
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