129 緊張からの解放と別種の緊張
「お部屋の準備をして参ります。今しばらくこちらでお待ちください」
ドナートの待つ部屋へと戻ってきたデルフィーナは、案内してくれた執事の言葉に小さく頷いた。
デルフィーナが戻ってきたことでソファから立ち上がっていたドナートは、その内容を聞きとがめる。
「どういうことだ?」
すぐに一礼して退室していった執事はドナートに何も語らなかった。説明はデルフィーナからせよということだ。それも含めて、公爵からの指示なのか。
一先ずソファへ寄ったデルフィーナは、ドナートを促し並んで座った。
「公爵閣下に、課題を出されました。……すみません、しゃべり過ぎたようです」
質問に正面から答えてしまったこと。それがために、稀人だと明確にバレたこと。しかし言葉には出されなかったこと。秘してほしくば、と求められた内容。
全てをデルフィーナは父へ語った。
聞き終えたドナートは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。眉根が寄ってしまう気持ちなのはデルフィーナにもよく分かる。
「しばらくこちらへ滞在することになりました。お店の方は任せると、アロイス叔父様へ伝言を頼めますか?」
帰してもらえない可能性も考えたが、公爵にはそこまでする理由がない。
デルフィーナがどの程度危険思想を持っているのかの確認はされたと思うし、危機意識についても読み取られた。その結果、課されたのがあの内容だ。
一方のドナートは、懐疑的だった。
このまま身柄を拘束されることに対してではない。
「東大陸産の物をお前はそれほど判別できるか?」
デルフィーナが実際手に取ったことのある東大陸由来の物は、今のところ、磁器と紅茶のみだ。
エスポスティ子爵家には磁器以外ない。エスポスティ商会での取り扱いはあるものの、デルフィーナとは無縁だったためそちらは見たことすらない。
つまり、東大陸の品々が、どの程度デルフィーナの過去世で見たものと合致するのか、現時点では不明なのだ。
「そうですね。分からない物もたくさんあると思いますが……なんとか見つけてみますわ」
公爵の語り口から察するに、使途不明な物は部屋いっぱいにあると思われる。
それならば、なんとか必要な数だけ、<知っている>物を見つけられるのではないか。デルフィーナはそう踏んでいた。
「もし見つけられなくても、代わりの手立てになりそうなことも、考えてあります」
デルフィーナには一応秘策があった。
ようは、公爵閣下に「使い方」を示せればいいのだ。それなら、東大陸産の物に限らなくてもなんとかなる気がする。閣下がそれで妥協してくれるかどうかは五分五分だが。
はぁと大きく溜め息を吐いて、ドナートは片手で額を押さえた。
「お前を置いていくのはものすごく心配だ」
それはそうだろう。七歳児を権力者へ預けることに対する懸念は保護者として重いに違いない。そう思ったデルフィーナだったが、一瞬後、本当にドナートが懸念しているのはそこか? と考えを改めた。
「それは、何に対する心配でしょうか?」
認識しておく必要がある、とデルフィーナは問い質した。もしデルフィーナには思いもつかないことだったら大変だからだ。しかし。
「お前は色々とやり過ぎる。閣下に対しても話し過ぎたのだろう? またいらぬ問題を起こすのではないかと思うのは当然だ」
ドナートの危惧は、公爵との面談前から変わりなかった。むしろ加速したといっていい。
短時間ならまだしも、屋敷に滞在して色々動くとなれば、猫を被り続けることは難しい。家で自粛せずあれこれ好きにしていたデルフィーナなのだ。いきなり外で“稀人”
であるのを隠した行動が取れるとは思えない。
この公爵家に、どれだけの使用人がいるのか。それを考えると頭が痛かった。
とはいえドナートはつきっきりになれるわけではない。子爵としての仕事がある以上、ドナートは帰らざるを得ない。
そして、公爵の許しがない以上、デルフィーナのフォローにアロイスを連れてくることもできない。
せいぜい様子見に自分が訪れるか、カルミネに商会の新商品を持たせて訪問させるかしかできない。
「大丈夫ですわ。こちらでは基本的に接触する人間を限らせていただければ……なんとか……」
「なぜ途中から言いよどむ」
「ええと。東大陸産の物でなんとかならなかった時は、こちらの使用人達と少しお話をする必要が……」
捜し物を見つけるにはどうしたって人と接触せずにはいられない。それを話している途中で思い出し、デルフィーナは焦りつつ笑って誤魔化す。
ドナートは再び溜め息を吐いた。
「東大陸の品々でなんとかなることを願うしかないな」
頷く以外できず、デルフィーナも嘆息する。
(とっても素晴らしいお屋敷だから、いる間に是非あちこち見学させてもらいたいけど! お父様に言ったら怒られそうね)
その後、あれこれとドナートから注意すべきことをお小言のように聞かされたデルフィーナは、案内の執事が、部屋の準備ができたと呼びに来たことでやっと解放されたのだった。
確認してから帰るというドナートと共に滞在する部屋へと移動したデルフィーナは、その客間に入った瞬間、ほうっと息を吐いた。
公爵家の財と力を端的に示すゲストルームは、落ち着いた色合いではあるものの、内装も家具の装飾も煌びやかだった。
派手ではないのに絢爛な室内は、さすが筆頭公爵家だと思わせる。
(うぅん、見る分にはいいけど、数日とはいえここで生活するのか……)
質も良いものばかりだろうから、触っただけで壊れるようなことは一切ないが、それでもここで寝起きするとなると緊張する。
デルフィーナは、さっさと課題をこなして帰ろうと決意した。
もしそれが叶わないなら、この部屋は入浴と寝る時だけ滞在して、他の時間は庭ででも過ごすかだ。
きっと東大陸産の品々が収められている部屋は、別の意味で緊張する。
どんな風に置かれているか、どんな物が置かれているか分からないが、閣下への献上品に安価な物などあるわけがない。どれもこれも高価で貴重な品と思えば、落ち着かない空間に違いない。
庭もしっかり手入れされているのは分かっているが、客が踏み込めるところならば、希少な植物があるとは思えず。よほどのアクシデントでもない限り、一番損害について気にせず過ごせる場所だろう。
「お嬢様にはこちらでお過ごしいただきます」
ドナートへ向けて礼をとった執事へ、ドナートは頷いて丁寧に礼を返した。
「よろしくお願い申し上げる」
公爵家の執事ともなれば、爵位を持っていても不思議はない。
しかもこの執事は、公爵が人払いをした後も残った一人だ。もしかすると公爵閣下の筆頭執事ではないか。となると、ドナートより上の爵位を持っている可能性すらある。
そう考えればドナートの対応に納得がいく。
「はい。大切なお嬢様です、大事にお預かりいたしますね」
公爵閣下と同年代と思われる執事は、初めて少し感情が見える笑みを見せた。柔和なそれに、ドナートも、デルフィーナ自身もほっとする。
また一つ頷くと、ドナートはデルフィーナへ視線を向けた。
「では、くれぐれもご迷惑をおかけすることのないようにな」
エレナが付き添っているとはいえ、一人で置いて帰るのはしのびない。
その気持ちを振り切って、デルフィーナの頬を一撫ですると、ドナートは退室していった。
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