128 公爵との対話5
たいして記憶していない武器についての知識を必死に思い出すより、一般市民も享受できそうな美味しい物や小物類の知識を引っ張り出す方が、メンタル面でも健全。
他国を圧倒する軍事力を保有している方が安全、という理論があるのは知っているが、また同時に、それをも無視する輩はいる、とも知っている。
(人が生きる上で絶対必要な食べ物って、結局人の心も動かすと思うのよね。よくいうじゃない、胃袋を掴めって)
デルフィーナはその<胃袋を掴む>を国家規模でしようと考えているのだ。
「なるほどのう……」
満足したのかしないのか。判然としないが、公爵は目を瞑って顎をひと撫でした。
「<稀人は戦を好まぬ>、か」
独り言のように呟かれた言葉に、デルフィーナはハッとした。
「そなたは知らぬかもしれんが、世には稀人という存在があってな。以前この国にいた者も、戦には反対の姿勢を示していた。その前の、帝国にいたという者も、武力による戦いなど野蛮だと抜かして、服やら帽子やらに熱中していたとか」
含みを持たせた眼差しで語る公爵は、確実にデルフィーナが稀人だと確信した様子だ。
先の問答で、彼の中で確定してしまったのだろう。
だが、明確な言葉での確認はされていない。
「好戦的な者はえてして周りが見えておらんことが多い。知識や地位のあるものがそうだと周りが苦労する」
経験があるのか、思い当たる人物に対する気持ちか、公爵は強めに嘆息した。
「エスポスティ家の秘蔵っ子は、武器開発はせぬのだな」
「そうですね。強いられることがなければ、絶対にしないでしょう」
公爵が何を聞きたかったのか、何を確認したかったのか、その一端がおぼろげに掴めた。
(でもこういう人って、二重三重に意味を持たせるからなぁ)
デルフィーナは緊張を解かないまま、公爵の答えを待つ。
「強いられればわからぬ、か」
「…………」
デルフィーナは明確な返答を避けた。
もとより、武器を作る気はないし、武力につながるものは記憶にあっても再現するつもりはない。だが家族を人質に取られる、自分の身に危険が及ぶなどすれば、その限りではないと思うのだ。
デルフィーナは、自分がそこまで強くないことを分かっていた。
(誰だって死にたくはないでしょ。理不尽に屈したくはないけど、家族を人質にとられたらどうなるかわかんないよ)
どうにもならない時は、情報の断片を漏らすのも致し方ないと考えている。そのものずばりを教えなければ、少しはマシだろうと。
稀人は狙われやすいと知った時から、頭の片隅には、その選択肢も置いてあった。
叶うことなら、そんな事態にならないことを願っているが。
「そうさな。そなたなど片手でひょいっと持ち逃げできそうだ」
デルフィーナをしげしげと見て、公爵は片腕で攫う動作をしてみせた。
体格のいい公爵なら、言うとおり簡単に抱き上げられそうだ。武人や人攫いに慣れた無頼漢なら、もっと容易く実行できるに違いない。
デルフィーナはリアルに想像してゾッとした。
そんなデルフィーナの様子を尻目に、公爵は傍に控えていた執事を呼び寄せると何事かを耳打ちする。
ひとつ頷くと、執事は元の位置へ戻った。その頃にはデルフィーナの気分も元の緊張へと戻っていた。
それを見抜いてだろうか、公爵が姿勢を改める。
「そなたは幼い」
「はい」
「そなたの知識の源が何であれ、今のそなたの身は幼く、考え方もまた、未熟なのであろう」
「……はい」
いくら過去世の知識に基づき活発に動いて新しい物を作り、大人と同じレベルで会話ができたとしても、デルフィーナには本来の幼さがたまに見え隠れする。
それは、過去世が平和であったため身についていない危機感であったり、身分社会に対する理解不足であったりするのだが、そこまでは周囲には分からないことだ。
「ひとつ、教えておいてやろう。
そなたに投げた問いはどれも、為政者なら答えを考えつくものだが、政治に関わらないものからはそなたのような答えは出てこぬ。
――普通はな、それは私の考えることではありません、とか。閣下の御心のままに、とか。父に相談いたします、とか。そういった返事になるのだ」
呆れたような公爵の言葉に、デルフィーナは驚いた。
(それは、全っ然、考えなかったわ!)
正直に答えなければいけない、と思っていた。だから問われたからには真っ当に返答を、と素直に話してしまった。
「平民ならば、橋の架け方すらわからぬゆえ、川を渡ればいいとか、戦はお国が決めたなら行くだけです、とかいう答えとなる。
かようにとんちんかんな受け答えすらあり得るのに、そなたは何と答えた?」
デルフィーナは顔色を悪くした。
稀人というのを隠すのであれば、デルフィーナのした回答は完全に悪手だったわけだ。
「危ういのう。気をつけるがよい。それでは早晩露見するぞ」
デルフィーナが稀人だと、公爵が最後の最後で確信できたのは、あの問答があったからだ。
デルフィーナは過去世の記憶を持ってはいても、貴族的な抜け目ない言動はできないと、あれで白状したようなものだった。
隠しているようで全く隠せていないと暗に言われて、デルフィーナは青い顔のままさらに落ち込む。
「現に、私に見抜かれておるわけだからな」
なにを、と言わないのがせめてもの情けなのかもしれないが、この場の全員が伏せた<稀人>という単語に思い至っている。
デルフィーナの答えは、どの程度の能力があるのか隠したい人間の受け答えではなかったと、今はこの場の誰もが理解していた。
「秘密を秘密のままにしておきたいか?」
デルフィーナをどん底へ突き落としておきながら、公爵はにやりと笑う。その笑みは確実に含みをもたせたもので、デルフィーナへ何かを要求する気なのがありありとわかる。
「……閣下のお望みはなんでございましょう?」
デルフィーナとしては、問わないわけにいかない。
情けなさで涙目になりつつ、デルフィーナは公爵のフロスティブルーの瞳を見つめる。
「そうさな。エスポスティ家の秘蔵っ子は、東大陸の物に明るいとか」
紅茶の飲み方、ティーセット、磁器のことを指しているらしい。デルフィーナは過去世の知識があるだけで、この世界の東大陸の文化に詳しいわけではないのだが、それを伝えることもできないため、小さく頷いた。
「送ってこられた物で対処に困っている物がかなりある。全てとは言わぬゆえ、幾つかの使い処を見出すがよい」
「幾つか、ですか」
「両手の数もあれば、少しは物置も隙間ができよう。詳しくはエツィオに聞け」
公爵はそれだけ言うと、立ち上がった。
これで会談は終わり、ということだ。
慌てて立ち上がったデルフィーナに、公爵は思い出したように足を止めた。
「ああ、そうだ。使い処を見出すまでは、この屋敷に留まるようにな」
「え?」
デルフィーナは公爵の言葉にひやりとする。留まるように、とは。
(つまり、帰れない、返してもらえないってこと?)
戸惑うデルフィーナに公爵はにやりと笑う。
「出入りが増えると周囲から不審がられるぞ?」
なるべく出歩かないよう、屋敷に引きこもっていたデルフィーナが、唐突に公爵家へ通い出したら。端から見れば、怪しい行動に違いない。隠すべきことがあるのなら、動かないのが一番だ。
このお屋敷に拘束されるとは考えもしなかったが、公爵の言葉は尤もで、デルフィーナには抗いようがない。
仕方なくデルフィーナは了承の意味で頷いた。
「ではな」
告げるべきことは告げたと、公爵は足早に部屋を出て行く。
カーテシをしながら見送ったデルフィーナは、扉が閉まって途絶えた足音に、ほぅっと大きく息を吐いた。
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