127 公爵との対話4
何手先も読む軍師のようなことは、デルフィーナにはできない。
チェスや将棋はそこまで得意ではなかった。囲碁に至ってはルールすらわからない。そういった思考回路を構築していないのだから、外交も戦も、デルフィーナには<その場でのよりよい対応>しかできはしない。
デルフィーナの答えに満足したのか、公爵はゆったり頷くと目を細めた。
今の問答で一体何がわかったのか。
デルフィーナに問うまでもなく、外交も戦も、公爵閣下の方がよほどよりよい答えをもっているはず。
(なんでこんなことを私に聞くのかしら? なんの意味があるの?)
疑問でいっぱいだが、それを聞いたところで答えてくれるとは思えない。
考えつつ次の反応を待っていたデルフィーナに、公爵は問いを重ねた。
「では、その場に居合わせた商人としてなら、どう動く?」
(……これが本題?)
為政者的な回答だけでなく、デルフィーナが実際その場にいたらどうするかを知りたかったのだろうか。そのための前振りがあれだとしたら、前振りの方が断然重かったのだが。
(そうね。為政者としてではなく、一商人としてなら)
それならば、デルフィーナの答えは決まっていた。
「兵糧より美味しい飲食物を持ち込んで販売しますわ」
きっぱりと言い切ったデルフィーナに、公爵は僅かに目を瞠った。
「武器は売らんのか?」
意外なことを聞いた、というように顎を撫でる。
「売りません。我が国の軍を支援するとしても、その状況ならば武器は必要ありませんから。どうしても軍の強化が必要とされたならば、よい馬を提供するのが一番でしょう」
騎馬の兵で使える武器として考えるなら、まずは弓、消耗品の矢。そして槍だ。
だがそれなら、どれも現在あるもので事足りる。
バルビエリの軍備はきちんと予算を割り振られているため充実しているし、大戦はここ数十年起きていない。消耗していないのだから十分足りている。
「だが、そもそもエスポスティは武器武具の商会ではないか」
公爵としては、エスポスティ家が授爵した経緯を念頭に置いていたのか、少し不思議そうに問いを重ねる。
デルフィーナは、尤もだと一つ頷いた。
「そうですね。先祖のやってきたことを否定はいたしません。今も武具は扱っておりますし。ですが、エスポスティが爵位をいただくほど活躍したのは、そも、その時代の一番稼げる商売が戦絡みだったからですわ」
「む?」
「当時のエスポスティが、商人として判断した結果、最も稼げるのが武器武具傭兵関係だったというだけです。他に稼げる事柄があれば、そちらに舵を切っていたでしょう」
商人の息子として生まれ、独り立ちして新しく商会を構えた高祖父は、当時のバルビエリに商機をみて武器と傭兵の雇用に金をつぎ込んだわけだが、当然その前は別の商品も扱っていた。初めから武器商人だったわけではないのだ。
「ふむ。あくまでも商売といいたいわけか」
「よく揶揄されるように、エスポスティは商人ですから。そこに商機があれば賭ける。そうして儲けてきた、最たる例にすぎません。
今の時代において最も稼げるのは、武器武具ではありませんから、私はそこに注力する気はさらさらございません」
戦が何年も起きていない我が国で、そこが商機だと見る商人はまずいない。
どうしても武器武具を商品としたいなら、戦のある国へ行くほうが断然儲かる。
「時代が変わったら?」
公爵としては、戦はいつ起こるかわからないと言いたいのだろう。
この世界の現代では、確かにそれは自明の理だ。
だがデルフィーナには確信があった。七歳向けの講義でも、優秀なデルフィーナの家庭教師は、きちんと知識を授けてくれている。
今のバルビエリの太陽が、どんな治政を布いているのか。
「変わりますでしょうか? 私は、今の陛下の御代では、大きな戦は起きないだろうと予測しておりますが」
「いつ何時なにが起きるかわからんのが国と国の付き合いだぞ」
この世界では宗教はあまり大きく影響しないようだが、それでも人間が欲望を持つ限り、あるいは、疫病の流布や蝗害などの自然災害から起きる飢饉によって、侵略はいつだって起きうる。
「ええ。ですから、和平を保てるように動く、これこそが必要なことでしょう」
国と国のトラブルは、外交によっていかようにも変えられる。
相手に隙を突かれることのないよう、まず隙を作らないことが肝要ではあるが。
飢饉への備えは、まず備蓄。これは国内の地域により作れる作物が違うため、特産物によって変わってくる。規定量の設定や、どう備蓄するかの指導や、よりよい方法の提供は国がすべきことだ。
そのノウハウが現在あるのかどうか。ないならば、その助けとなる知識を過去世の記憶から頑張って引っ張り出してもいい。多少は役立つものがあるだろう。
さらに、バルビエリが他国に支援できるほどの食料を蓄え、いざという時提供できることを近隣国に周知しておけばいい。そうすれば、略奪の前に交渉がくるはずだ。略奪のための兵の糧食こそ馬鹿にならないのだから。
そういった平時での動きが、何事かが起きた時に生きてくるのだとデルフィーナは知っている。
国と国の関係を良好に保っていれば、いきなり侵攻、略奪ではなく、支援要請の方向へ持って行けるはずなのだ。
一方的な支援だけでなく、バルビエリを攻めたら損がある、という状況にしておくことも大事だ。例えば、複数の国と同盟を結び、攻められた時には互いに支援する、等の具体的な内容を明文化しておく。平常時には貿易等で互いに利益のあるようにしておけば、長く続く同盟とできる。
そういった交渉の場において、デルフィーナの作る菓子や紅茶は一役買うだろう。
<和平を保てるように動く>とはそういう意味だ。
デルフィーナの云わんとしたことを察して、公爵は目を細めた。
「それが、武器を売らんという答えとなるか」
「はい。現在の、そして未来の我が国を考えるなら、エスポスティは武器ではなく糧食の強化にこそ注力したく思います」
正確には、エスポスティ商会やデルフィーナのロイスフィーナ商会が扱うのは糧食ではなく、大衆向けの料理や富裕層向けの嗜好品だ。
だからこれはある意味過剰表現で、嘘も方便といったところなのだが、考え方の方向性としては違いない。
デルフィーナとしては、現在の農業がどの程度の知識で行われているのか知らないため、もし改善点があれば、それを伝えて収穫量を増やす手伝いをするのもありだと思っている。
そこら辺は、いずれ領地に帰った時に確認しようと考えていた。
そもそも、生活用品にしろ食事にしろ、現在のエスポスティ商会とデルフィーナが扱うのは<よりよい生活のためのもの>だ。
それらは、戦争が起きたら全ておじゃんになる。
そうならないよう継続して利益になるよう動くのは、間違っていない。
(なにより、戦争が起きちゃったら珈琲どころじゃなくなるじゃない!)
デルフィーナにとってはそれが一番困ることだ。
南大陸、東大陸とのつながりが切れたり、雇ったプラントハンターと連絡が取れなくなったり、資産がなくなったりしたら、死んでも死にきれない。
今生で珈琲と出会うためなら、平和を保つための活動だろうとデルフィーナは頑張るつもりでいた。
そこで一番役立てるのは、国と国の付き合いが円滑に回るよう、潤滑剤となる品々の提供だと思うのだ。
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