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123 ヴォルテッラ家2




「公爵閣下は邪魔が入るのをよしとはされません。付き添いの方は、こちらでお待ちください」


 戻ってきた執事は一礼の後、礼儀的な笑みを浮かべた。

 ここで一人にされるとは想定していなかったデルフィーナは、ちょっと困ってドナートと目を合わせる。

 微かに頷いたドナートは、本意ではないものの、抗うつもりはないようだ。


 ドナートが一人いたところで、街中ならともかくこの公爵家の中では、たいした戦力にも支援にもならない。そもそも武器の携帯もしていない。

 むしろ対デルフィーナにドナートを人質に取る方があり得る。が、それは傍にいても離れていても、差がない。とはいえ爵位のある身だ。害される心配はなかろう。


「侍女を伴うのは許されますか?」


 荷物のこともあるので念のため確認すると、執事はエレナを一瞥してから、デルフィーナへ首肯した。


「ではお父様、行って参ります」


 気負いもなく立ち上がったデルフィーナに、ドナートは唐突に心配が湧く。

 この娘を一人で行かせて大丈夫だろうか。何かやらかしはしないか。閣下のお心に混乱をもたらすのでは、と。


「デルフィーナ」

「はい」

「……慎みは、忘れぬように」


 他になんと言えばよかったのか。

 やり過ぎるなとも、欲望のままに暴走するなとも、公爵家の使用人がいる前で言えるわけがない。

 デルフィーナは一瞬きょとんとした。


「はい」


 ドナートの含みを持たせた言葉を理解したのか否か。判然としない笑顔を浮かべて答えると、デルフィーナはきびすを返した。


「案内お願いいたします」


 口元に微笑を刷いて、執事の前に立つ。

 また一礼すると、執事は廊下へと向かった。

 それに続きながら、デルフィーナは再び屋敷内を歩けることに心弾ませていた。




(わぁ、二重螺旋階段だ……!)


 中庭を狭く感じさせていた棟はかなり大きく、中へ入ると一階中央部はホールになっており、そこには目立つ階段があった。


 パッと見るだけでもじっくり見ても、いずれにしろ目が回りそうな構造。

 慣れてしまえば大丈夫なのかもしれないが、初見にはぐるぐるとした階段が絡まっているように映る。

 二重螺旋階段はあまり多くない。デルフィーナは過去世でも実物を見たことはなかった。

 バルビエリでもそうお目にかかれないだろう。


(うん、一見の価値あり! これを見られただけでも来た意味はあるわ)


 ドナートが聞いていたら頭を抱えそうなことをデルフィーナは思う。

 身分制社会だと理解はしていても、実感が薄い生活しかしてこなかった弊害なのだが、デルフィーナは無自覚だ。

 ほどほどに身分があり、周りがへりくだってくれていたため、デルフィーナは自分より上の位の人間に慣れていない。

 過去の世界で社会人だった経験から、取引先相手に対するような謙譲の姿勢はとれるが、心理的な面では身にしみていない。

 そのためか、デルフィーナは公爵と会うのに必要以上の緊張はしていなかった。


 七歳の少女らしい足取りで館内を眺めながら歩くデルフィーナを、案内の執事は気づかれないよう観察していたが、それにも当然気づかない。

 彼に連れられて、デルフィーナ達は階段を上がり、館の深部へと進んでいく。


(侵入者対策もあるんだろうけど、ずいぶん遠いな)


 玄関ホールからの距離を考えると、惑わせるような階段も、誘導される経路も、方角が把握しづらくなるようになっている。

 シンプルな造りの建造物に見えるのに、内部は少しわかりづらい。

 あえてこういう造りになっているのだと歩いて実感した。

 とはいえ慣れれば問題なさそうなので、あくまでも緊急時の対策なのだと考えられる。


 ぼんやり思考していたデルフィーナは、執事が足を止めたことで自分も止まった。


「こちらになります」


 デルフィーナへ声をかけてから、執事はドアをノックする。

 飴色に光沢を帯びた重厚な木の扉には、真鍮のハンドルがついている。棒状のそれだけは少し新しいように見えた。

 返事がある前に執事は僅かにドアを開ける。


「デルフィーナ・エスポスティ様をお連れいたしました」


(なるほど、ドアが厚くて声が届かないから許可の前に開けたのね)


 入れ、と応えたのは、艶のある低い声だった。それは遠くからのように聞こえた。どうやら広い部屋らしい。


「どうぞ」


 ドアを開けた執事は、身を引いて譲るとデルフィーナへ入るよう促す。視線だけで答えて、デルフィーナは足を踏み出した。


(さぁ、いよいよご対面ね!)


 ドキドキとわくわくが胸を満たす。

 ドレスの刺繍の効果か、気分は高揚しているが、思考は落ち着いている。

 程よい緊張感を持って、デルフィーナは扉を潜った。








 部屋に入ってきた少女は、作法の通り、部屋の中央まで来るとレディの挨拶――片足を斜め後ろの内側に引いて、反対の足は膝を軽く曲げる挨拶をした。背筋はきちんと伸びている。

 動きに合わせて、焦げ茶色にミルクを混ぜたような色合いの髪に刺した飾りが、しゃらりと揺れた。


(この平凡な少女が?)


 表情を変えないまま、ジェルヴァジオは内心思っていた。

 どこからどう見ても、子爵家にふさわしい容貌の、ありきたりな女児だ。

 着るものは見る価値がありそうだが、外見的にはなんら異質なところはない。

 愛らしさはあるものの、年齢に見合わない妖艶さなどは欠片もないし、輝く知性も感じられない。意外性がない。

 毒にも薬にもならなさそうな、無害そのものの姿。


(そういえば、そうだったな)


 前の稀人も、見た目は平凡な男だったと思い出す。

 問題は中身なのだ。

 そう分かってはいても、七歳にして商人としての才能を開花させている娘が、これほど凡庸とは考えていなかったのだ。


 公爵が思考にふける一方。

 デルフィーナは、筋力勝負を強いられていた。


(いつまで! ご挨拶はいつまでですかっ?)


 公式の場では、上位者から声をかけられない限り下位者は話すことができない。

 公式でなくとも、初対面の相手ならば、そのしきたりに従うのが基本だ。


 つまり公爵閣下からお声がけがない限り、デルフィーナは挨拶の姿勢のまま、動くことができない。

 カーテシーは筋力を使う。視線を向けないよう伏せ気味にした顔をそのままに、デルフィーナはプルプルと揺れ始めた。

 それを見かねてだろう。コホン、と執事が咳払いをした。


「ああ、直ってよいぞ。楽にせよ」


 ようやく公爵から許可が出る。

 震えそうになる足を叱咤しながら、デルフィーナは真っ直ぐ姿勢を立て直す。


「もう少し近くへ」


 広い室内の奥にいる公爵からは、確かにデルフィーナの位置は少し遠い。会話をするには意識して声を出さないといけない距離だ。

 遠慮はいらないだろうとデルフィーナは奥へと歩み寄る。


 公爵の視線を受けて、一人の従僕が椅子を持ってきて公爵の近くへ置いた。


 室内のしつらえには私的な雰囲気がない。

 ここは簡易的な謁見の間として使われているようだ。その証拠に、公爵がいる奥は一段高くなっている。

 後ろではなく頭上に窓があり、高くなっているところは光が印象的に差し込んでいた。公爵を尊い貴人とイメージ付ける演出空間というわけだ。


 デルフィーナ用の椅子が置かれたのは、閣下のいる一段下だった。大人なら数歩だが、デルフィーナなら駆け寄らないと届かない距離。ただし、表情ははっきり見える。


(さて、献上品ははじめにお渡しすべきよね?)







お読みいただきありがとうございます。

(やっと対面です!)


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