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121 到着




 この世界の医療は、デルフィーナが覚えている過去の世界と比べるべくもない。科学の発展はまだまだこれからという感じで、地球の十六世紀相当だ。


 ただし、こちらには魔法がある。


 だからこそ、砂糖やカカワトル、スパイスのいくつかが薬として通用するのだ。

 薬とされるものの大方に有効な成分が含まれているのは事実で、ハーブ療法や漢方薬のようなものだと考えれば納得もいく。


 資産のある者は魔法に頼り、治せてしまうのがこの世界だ。

 万人が十分な治療を受けられないのは身分制社会ゆえと思えるが、過去世でも貧富の差による弊害はあったのだから、いつのどんな世でも、平等というのは理想であるだけで現実ではないのだろう。


 そんなことをつらつら考えているのは、向かいに積み込まれた木箱が小さく揺れているからだ。

 チョコレートを入れた装飾箱と、小さな時間停止の箱を、クッション材の詰まった木箱に入れている。

 座面の改善をして馬車の揺れはだいぶ身体に影響しなくなったが、それでも揺れるのは変わりないため、たまにぴょこんと跳ねている。


 スプリングマットレスで跳ねる可能性が高かったため、座席から落ちないよう紐で固定した。

 以前、カルミネが同じように席へ持ち込んだ箱をひっくり返したとかで、固定用のフックがつけられたのだ。

 座る時には影響がないところへつけたため、紐が長めになっている分、荷物はどうしても少し跳ねる。落ちなければ中身は安全だが、綺麗に並べた状態が保たれているのかちょっと心配だ。


 公爵閣下は、カカワトルをたまに飲んでいるらしい。

 ドナートが仕入れてきた情報の中に、それがあった。

 南大陸との貿易に一番多く噛んでいる立場のため、はじめは献上されたに違いない。飲んでみて効用を感じたからたまに使うようになった、という辺りだろう。


 他の輸入品も多く入手していると思われる。公爵本人が求めなくても、献上する者が引きも切らないだろうから。


 苦い水薬として飲んでいたものが、スイーツとして変化した。その変貌ぶりを目の当たりにしたら、閣下はどんな反応をするのだろうか。

 チョコレートに感動して自由を許してくれるか、それともデルフィーナの持つ知識をより求めるか。


 高い能力を持つと分かっていても、人格はよく分からない。

 欲深いのか、寡欲なのか。好奇心が強いのか、慎重なのか。残忍なのか、慈悲深いのか。それらは知能とは別次元の話だ。


(あんまり怖い人じゃないといいな)


 人当たりがよくても、実際の人間性は表面に見えているものと同じとは限らない。本質が怖い人でないのなら、態度が不遜で高圧的で横暴でもいい。

 デルフィーナからすると閣下の中身が重要だ。

 だがそういった面の話は、本質を拾えるほど深いものを得られなかった。情報統制も上手い人なのだ、と知れただけだった。


 ぼんやりと考えに耽っていたら、気付けば馬車の振動がかなり弱まっていた。

 知らぬ間に中の郭中心部へ入っていたらしい。


 エスポスティ家は中の郭の端、辛うじて貴族家が居を構える一角にあるが、目的の公爵家は王城を挟んだ向こう側、王立学院や聖堂と同じ側にある。

 小さな家屋敷ではなく、広々と土地を賜った方々の住まう場所だ。王立学院も、元は後継の途絶えた元王族の持つ敷地だったと聞く。


 王城の外をぐるりと回るように馬車を走らせていたわけだが、なるほど中の郭のさらにハイソサエティな辺りは、道の整備もよくされているらしい。

 石畳かレンガかわからないが、振動がほとんど来ない。

 王城近くから出ない高貴な方々は、もしかしたら悪路の揺れの酷さを知らないのかもしれない。知らなければ、馬車の改善を望まれることもないだろう。

 デルフィーナは、今まで馬車の改良がされなかった不思議の一端が解消された気がした。


「見えてきたぞ」


 窓の外を見たドナートが、視線を外さぬまま言う。

 デルフィーナはちょっと身を乗り出して窓へ寄ると、外を確認した。


 垣根や石塀の続いていた道の先に、ロートアイアンの門扉が見える。飾りを施された両開きの広い鉄柵門だ。

 どうやらあれが入り口らしい。

 古い石積みの塀がいつから続いていたか、考え事をしていたデルフィーナは見落としていたが、公爵家の屋敷だ、狭いわけがない。


 門扉をじっくり鑑賞したい気分だがそうもいかないため、デルフィーナは座り直すと品を損なわない程度に外を眺めることにした。

 一度停まって門衛と御者のやりとりがすむと、すんなり門が開かれ、馬車は中へと進んでいく。


 入ってしばらく行くと円形の噴水があり、その周りがラウンドアバウトになっているようだ。馬車の出入りが多い日――晩餐会や舞踏会等――に備えてだろう。

 軍の関係者ならもっと別の出入りの多い日が思い浮かぶが、こちらの公爵家は断然貴族的利用が多そうだ。

 噴水はシンプルな作りで、中央の高い部分から出た水が上へ吹き出し、全方向へ流れている。古い作りのようだから、噴水ができてすぐに作ったものと思われる。


 歴代の公爵も、流行に敏感だったのか。あるいは持てる権力の誇示のためか。

 だがそれよりなにより、眼前にそびえる屋敷そのものが一番歴史を感じさせた。 


(むしろもう城と言うべきじゃないコレ?)


 おそらく今の王都を造った時に建てられた館だろう。王城と同じような年月を感じさせる拵えだ。

 とはいえデルフィーナは間近で王城を見たことがないため、街中から見上げて目に入る鐘塔や郭の石がよく似ていると感じる程度だが。

 王都を今の地へ移した時、同じ素材を使って建てたのだとわかる。

 アバティーノ公爵を戴くヴォルテッラ家の歴史は遷都より古いのだから当然か。


 立地的におそらく王城を囲む堀――ペカリス河から引き込んだ河と繋がる水路――が館の裏手に流れている。

 水路へ入れる船は限定されているが、アバティーノ公爵ならその権利もいくらかは持っていそうだ。


 ファサードだけ見れば、チャッツワースハウスのようなシンプルな作りだ。

 チャッツワースハウスと違って角に城塔はあるが、尖塔はない。城塔もあまり高く出ておらず、概ね平坦な建物といえよう。

 左手の塔にはアバティーノ公爵の紋章旗が翻り、公爵がここにいることを示している。


 建物の裏手側がどうなっているのか、アプローチからは覗えない。それでも大きな建築であるのははっきりと理解できた。


(カントリーハウスなら分かるけど! どう考えてもタウンハウスの規模じゃないっ。ここは王都! どんだけ力があるの公爵家)


 デルフィーナの心理などお構いなしに馬車は進む。

 エントランスはゆるいスロープになっており、四角い屋根が出ている下へ馬車でそのまま入れるようになっていた。


(……なんとなく見覚えがあるのは、アレね。東京駅丸の内側中央の、車用口に似てるからだわ)


 そんなことを考えていたら静かに馬車が停まった。間を開けず、公爵家のフットマンがノックの後馬車のドアを開けてくれる。

 すぐにドナートが降りて、手を差し出してくる。

 それに掴まって、デルフィーナも馬車から降りた。


「ようこそおいでくださいました、エスポスティ子爵様、ならびにデルフィーナ・エスポスティ様」






お読みいただきありがとうございます。

PCが不調で、更新作業がままならない現在です。

機種変更をしなければならないかもな状態のため、またお待たせするかもしれません。

気長にお待ちいただければと思います。

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