12 鍛冶工房訪問
商会本部の事務所から戻ったカルミネは、追ってきた部下に指示を出して改めて送り出すため、話しながら玄関ホールに足を踏み入れたところだった。
玄関を潜る部下とちょうど入れ違いに帰ってきた弟と姪は、陶器工房から戻ったばかりらしく少し興奮した様子だ。
「おかえり」
工房はどうだったか問う前に、何故か姪っ子が突撃してくる。
「カルミネ叔父様!」
「どっ…どうした?」
今より幼い頃なら腹に頭を突っ込まれていただろう。構えてしまったが、多少は淑女らしさを学んだデルフィーナは目前で止まった。
その顔を見下ろせば、半ば涙目で睨むように見上げてくる。強い視線にカルミネは思わず後退った。
「今すぐ! 鍛冶職人に作ってもらいたいものがあります! あと馬車を作っているのはどこですかっ?」
デルフィーナの剣幕に、カルミネはたじたじとなる。
「わ、分かった、すぐに鍛冶工房へ行こう」
さいわい今日の仕事は部下の報告待ちが残っているだけで、それは明日に回せる。使いを出せば予定外の行動をとっても大丈夫だ。
デルフィーナは知らぬままだが、昨夜当主を交えた三兄弟の話し合いで、とりあえずデルフィーナの要望はなんでも応えてみる方向に決まっていた。その方がエスポスティ商会へ寄与するところが大きそうとの判断だ。
なので、彼女の求めに応じるのに否やはないのだが。
頷いてみせながら、カルミネは姪の後ろにいた弟へ目配せで問うた。だがアロイスは両手を上にして肩を竦めただけで、何も言わない。
何があったのかさっぱり分からないまま、カルミネは出かける準備を急かされる。
一方でデルフィーナは、メイドに指示を出して部屋から幾つもクッションを持ち出していた。
ないよりましと思ってのことだ。
馬で行くのも考えたが、カルミネに道中で説明するには馬での移動だと難しい。
一人で乗れるものでもないため、諦めた。
アロイスと二人で出かける時には馬に乗せてもらおうと勝手に決め、今日だけはと我慢する。
「馬車の座面があまりにも固くて、お尻が痛いんです!」
帰宅早々また馬車に乗るはめとなったため、デルフィーナは不機嫌だ。
小さな女の子がぷんすこ怒っても怖さはない。だが逆らえる雰囲気ではなく、大人二人は同意するように肯定する。
ましてアロイスは聞くのが二度目の説明なので、ほぼカルミネに丸投げするつもりでいた。
今回もエスポスティ商会の工房のひとつに、会頭と共に行くのだから問題ないだろう。情報の出所がデルフィーナと分からないよう誘導すればいいだけだ。
「そうだね、確かに固い」
「ベッドのマットと同じくらいふかふかにしても良いかもしれないな」
「違います! ベッドのマットみたいに羽毛がたくさんでは座りづらいでしょう?!」
「ハイ」
「埋もれるのは確かだねぇ」
理不尽だ。そう思うが逆らわず頷く。
「そもそも馬車が! 振動を全部伝えてくるのが原因ですわ!」
それは仕方ないだろう。車輪が小石を踏めば車体は跳ねる。
石畳で舗装された道は、王都でも一部に過ぎない。後はみな均された土の道だ。
均されているだけ良い方である。
「せめて座面だけでもすぐに変えていただきます!」
それでなぜ鍛冶工房なのかが分からない。
カルミネは首を傾げた。
「鍛冶職人に、スプリングを作ってもらいます」
鼻息を荒くしたまま、デルフィーナは宣言した。
「スプリング?」
「コイルです。バネです」
「すまん、わからん」
「大丈夫です、鍛冶職人に説明しますから。きっと作ってくれます」
鍛冶工房では、剣や甲冑以外にも鉄製品を作っている。むしろそれを専門とする工房へ今回は向かっていた。
さすがにデルフィーナも、武器職人にスプリングを作ってくれと言う気はない。
持ってきたクッションをお尻の下に詰めたものの、やはり揺れは大きくてデルフィーナの身体は馬車が小石を踏む度に跳び上がる。
「むぅぅ…」
唸りながらデルフィーナは到着を待った。
王都の外れにあるエスポスティ商会の鍛冶工房に着いたのは、わりとすぐだった。
陶器工房ほど遠くなくて良かったが、やはり臀部は痛い。デルフィーナは擦りたいのを我慢して、カルミネ案内のもと工房へ踏み込んだ。
「ガレッティ、ガレッティはいるか!」
客に対応するスペースとおぼしき部屋には誰もいなかった。
いつものことなのか、カルミネは大声で奥に呼びかける。
慌てて出てきたのは見習いなのか年若い少年で、カルミネの顔を見ると途端にとって返した。その少年に急かされたように、奥から別の男が顔を出す。
「これは会頭。いきなりの訪問とは珍しい。どうしなさった」
年の頃は四十か五十か。年齢がすぐに分からぬような男だった。フラヴィオと違って、根っからの職人というような雰囲気だ。
革製のエプロンをつけており、同じく嵌めていた革の手袋を脱ぐ。熱気と鎚の音もするから、奥で他の者と作業していたのだろう。
「デルフィーナ、ここの工房長のマウロ・ガレッティだ。ガレッティ、姪のデルフィーナだ」
カルミネは簡潔に両者を紹介する。
「初めまして、デルフィーナ・エスポスティです。作っていただきたいものがありますの」
ここでは回りくどい話し方より直接的に話す方が良いと判断したデルフィーナは、挨拶こそ令嬢らしく美しい形でしたものの、すぐに来訪の理由を告げた。
突然紹介された女児に、ガレッティは驚きつつ被っていた麻布を外す。
「こりゃあ、子爵のお嬢様で? 作ってもらいたいもんとは?」
目を瞬かせながら、工房長は鳶色の頭をかく。
鍛冶工房に貴族の令嬢が来ることなどまずない。
ほぼ接点のない相手をどう扱って良いのか分からないまま、依頼を告げられて困惑した。
そんな鍛冶師の気持ちなどお構いなしに、デルフィーナは話を進めることにする。
「アロイス叔父様、手帳を」
アロイスは予測していたため、指示前にポケットから出していた手帳に羽根ペンを添えて渡す。
空いた手でインク瓶も取り出すと、すぐつけられるよう蓋を開けて差し出した。
執事顔負けのサポートに満足しつつ、デルフィーナはコイルの絵を描いていく。
「こんな感じで、くるくるとしたスプリングを作って欲しいんですの」
「はぁ…?」
図で描いてもいまいち伝わっていない。
悩んだデルフィーナは、見本を作ればいいと思い至った。
「あの、針金はありますか?」
「針金? そりゃなんだい?」
武器以外のあらゆる鋼鉄製品を作っている工房ならあるかと思って問うたのだが、答えは芳しくないどころか初耳の様子で、デルフィーナは首を傾げてしまった。
(あれ? またやっちゃった?)
そっとアロイスを伺い見れば、苦笑している。
仕方ないな、と顔に書いてあるが、許容範囲なのか話を止められる気配はなかった。
「金属を、糸のように細く長くしたものです」
ピンとこないようで、ガレッティに続いて出てきた職人達も眉を寄せたり首を傾げたりしている。
「針の先を尖らせず、同じ細さで長くしたものですね」
「長くってどのくらいだ?」
「私の身長くらいあればなんにでも加工できそうですが……」
「ちょっと待ってろ」
言って、奥へとって返した職人の一人が金属片を手に戻ってくる。
そのまま徐ろに金属片を握りしめた。すると手の中の金属片が淡く光り始める。指がくにゃりとめり込んで、粘土のような柔らかさになった。
炉に入れることなく柔軟にしたのだ、彼の固有魔法に違いない。
手のひらサイズの塊が引っ張られ、どんどん長細い形になっていく。飴細工のようにくにゃりと変形する金属の姿はちょっと異様だ。
まるで毛糸を紡ぐように、一端が細く細くなりどんどんと伸びていった。
最後に少し残った塊を職人は鋏で切り落とす。
「これでどうだ?」
差し出されたそれは完全に針金だった。
人力で伸ばされたのに太さが均一なのは、さすが職人の仕事。見事に尽きる。
「ありがとうございます!」
渡された針金にデルフィーナは笑顔となった。
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