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11 口止めと約束




 昼食を挟んだ分、デルフィーナとアロイスは予定より長く工房に滞在していた。

 無事依頼を終えた二人は、外に待たせてあった馬車へと向かう。

 今日は次の予定を入れていないが、エスポスティ子爵家のタウンハウスまで二時間はかかる。帰宅は夕方近くになるだろう。

 デルフィーナに手を貸して馬車へ乗せたアロイスは、すぐに続かず立ち止まった。


「少し待っていてくれ」


 告げると馬車の扉を閉めて、フラヴィオに歩み寄る。

 職人達の見送りはアロイスが断ったので、工房前にいるのはフラヴィオだけだ。戻ってきた従弟に首を傾げた彼へ、アロイスはふんわりと笑った。


「独自の磁器ができあがったら、知らせてくださいね」


 できるのは当然、しかもすぐだ、という態度のアロイスにフラヴィオの瞳は揺れる。

 彼が何を示唆しているのか、嫌でもわかった。

 アロイスの口元は笑みの形なのに、琥珀色の目は違っている。その視線がすっと細まった。


「他言無用に願いますよ、フラヴィオ・エスポスティ」


 従兄の名を呼び捨てた。

 当主の弟とはいえ、フラヴィオよりうんと年下の、エスポスティの血を引かない後妻の連れ子が、一族の男を下にみなし発言する。

 それはアロイスの立場を強調し、アロイスへの指示がどこから出ているのかを教えていた。


「彼女は……」

「磁器は、貴方の発想の転換と努力で完成するのです」


 駄目押しをされて、フラヴィオは一瞬固まったが、すぐにしっかりと首肯した。

 あの一瞬の白昼夢は、やはり夢ではなかった。彼女は分かっていてアドバイスをくれたのだろう。フラヴィオの熱意を見て、知っていることを教えてくれた。

 まだ七歳の少女だ。

 秘すべきエスポスティの宝。彼女が何をどれだけその頭脳に抱えているのかわからない分、周囲には彼女のことを伏せる必要がある。

 易々と知識を漏らしたことは咎めるべきなのだろうが、フラヴィオは助言をもらった立場で、とやかく言うことはできない。

 これから従姪がどうなっていくのか、フラヴィオにはわからない。

 だが彼女を守護するように、一族中枢の男が傍についているのは心強かった。年若いが、この様子なら守り手として十分だ。


「磁器が完成したら、子爵家へお届けしよう」


 ヒントを得たからといってすぐに完成させられる訳ではない。けれどその道のりは確実に短くなった。

 別のことを誓うようにアロイスを見つめ返し、フラヴィオは約束する。

 瞳の厳しさを消したアロイスは、最後に従弟として普通に微笑むと、今度こそ馬車に乗るため別れを告げた。


 ――この数ヶ月後、フラヴィオは少女のくれた助言を誰にも漏らすことなく、エスポスティ独自の磁器を誕生させる。

 東大陸の白磁より強度の高い滑らかな磁器は、ボーンポルチェラーナと名付けられ、徐々に生産量を増やしていく。

 エスポスティ陶磁器工房の正規品には、生産当初から変わらず、底には必ずイルカの印が入っていた。








 走り出した馬車は行きと同じ速度で進む。

 なぜか車内の空気がひんやりとしていて、デルフィーナは視線を窓の外へ逃がしていた。


「デルフィーナ」


 ひんやりの発生源が、いつもと変わらぬ声音で名を呼ぶ。

 無視することもできず、デルフィーナは視線を車内に戻した。


「はい」


 チョコレート色の瞳を見据えたアロイスが、ゆっくりと口角を上げる。


「できれば今後は、情報を出す前に、こちらに一言相談してね?」


 笑っているのに笑っていない。

 兄を除けば一族内で一番年の近い相手なのに、幼い頃から近しく育ったのに、これ以上ない圧を感じる。木登りをして高い枝から落ちた時のような――命の危険がある悪戯をした時に怒られた時と同じ空気だ。

 冷や汗を掻きながらデルフィーナはぎこちなく頷いた。


「――ハイ」


 そう答える以外ない。

 フラヴィオのコレクションルームで怖い顔をしていたから、きっと磁器作成の助言のことだ。


(やっぱり問題だったか……)


 まずいかな、と思わなくはなかった。だがフラヴィオの熱意は本物だったし、デルフィーナも早く磁器を完成させてもらえれば希望した器を手に入れられる。

 相手は一族の者だし、既に試行錯誤をしているのだから、アドバイスを元に作られても唐突に完成した印象はなくて済む。

 助言などなくても工房はいつか骨灰にたどり着いただろう。少し完成が早くなっただけだ。デルフィーナはそう考えていたが、違ったらしい。


「いいかい? 君はちょっと“普通”じゃない」

「…………」

「発言には気を配りたいんだ。事前に相談するように。――いいね?」

「ハイ」


 それ以外に答えようがない。

 はぁ、とわざとらしく溜め息をついたアロイスにデルフィーナは縮こまる。無自覚なことを含めて責められているのだろう。


(なんだか"色々と"バレている気がする)


 転生者だということは、いつかは伝えるつもりだ。

 商会を開いて事を進めるにあたって、目的を話す必要が出てきたら、珈琲のこと、何故珈琲の存在を知っていてそれを求めているのか、説明するために明かさねばならない。

 だからバレたところで構わないのだが。

 アロイスからはなにも質問がないのが現状だ。

 何故なにも聞いてこないのか、デルフィーナにはアロイスが読めない。理由があってのことなのか。

 前世を思い出したなど普通は信じられないだろうし、少女の戯れ言とされてもおかしくない。けれど不思議とアロイスには信じてもらえそうだった。

 王都に来てくれたときから、アロイスはデルフィーナの言動を批判したり責めたりしたことがない。一度も彼女の行動を妨げなかった。

 だから、聞かれたら答える気持ちでいる。

 けれど聞かれないから。


(確認されたら認めるくらいのスタンスでいいのかも)


 お互い腹の探り合いになりそうなら明かしてしまえば揉めることもなかろう。


(ま、なにも言ってこないうちは黙秘でいいかな)


 エスポスティ一族は結束が固い。

 外敵に対して一致団結する必要があったため、一族内での不和はほとんどなかった。

 自由な気質の者がいくらかいて、出奔したり趣味の道へ走ったりなどはあるが、概ね当主を頭としてひとつにまとまっている。

 相変わらず他の貴族家から軽く見られていること、あわよくばエスポスティを潰して勢力下に置こうとする他の門閥があること、商売敵がいくらかいること。

 油断をすると足元を掬われるのが分かっているため、団結せざるを得ないので内部分裂は起きたことがない。

 使用人を含めた従業員の離反も起きないよう、子爵家でも商会内の各部門でも常に気を配っている。

 デルフィーナは知る由もなかったが、アロイスも今回は相手がフラヴィオだったので婉曲に注意するだけに留めたのだ。

 これが門閥外の人間であれば、アロイスはデルフィーナが助言をしかけた段階で遮っただろうし、もっと端的で直接的に叱っただろう。

 はぁ、と再度嘆息したアロイスは、眼差しに込めていた冷気を引っ込める。


「本当にね、頼むよ、フィー」


 幼い頃の愛称で姪に呼びかける。

 裏に愛情を感じる声で、今度こそデルフィーナは素直に頷いた。


「わかりました。これからは必ず、直前でも一度叔父様に相談しますわ」


 行きと同じくガタガタと縦横に揺れる車内で、デルフィーナは頼りになる叔父の琥珀色の瞳を見つめる。

 きちんと伝わったことを理解して、アロイスは引き締めていた空気を緩めた。


「それなら叔父様」

「うん?」

「屋敷に着く前に、ご相談がありますの」


 いつもと同じ空気に戻った途端、デルフィーナは思い出した。行き道で決意したことを、馬車の揺れにまたうんざりとなった気持ちを。

 相談しろというのなら、早速相談しようではないか。

 デルフィーナは、カルミネやドナートにぶつける前に、臀部の痛みをアロイスへ訴えることにした。








デルフィーナ(Delfina)=イルカ


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