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109 聞き取り面談




 マリーザは、自分をお嬢様だと思っていた。

 幼い頃から、周りの大人達がそう呼びかけていたからだ。

 マリーザの家は王都郊外にある農家だった。小作人をたくさん抱える、広大な麦畑を持っている家だ。

 使用人も小作人も、マリーザに対してはいつも笑顔で挨拶してくれる。彼らより良い服を着て良いものを食べて、畑仕事ではなく教育を受けるマリーザは、確かにお嬢様だったのだ。

 でも、世の中にはマリーザなんて目じゃない本物の令嬢がいるのだ、と目の前の少女を見てマリーザは痛感した。


「皆様ごきげんよう。このたびは私の要望によりお時間を頂戴いたしました。順番にお呼びするのでお待たせする場合もありますが、お付き合いくださいませ。

 こちらに軽食を用意してありますので、どうぞご自由に召し上がってください。また、お土産がありますから、お帰りの際には忘れず受け取ってくださいませね」


 十歳にも満たない少女が、大人のような口ぶりで話す。

 落ち着いた動きと微笑みは堂に入っている。

 集まった十数人を前に初めの挨拶をした少女は、別室へと移っていった。事前に説明されていたとおり、二、三人ずつその部屋へ通されて、話を聞かれるらしい。

 何を聞かれるのか。何を基準に集められたのか。マリーザはよく知らない。


 エスポスティ商会に勤め始めてマリーザはまだ二年。

 奉公に上がる年より少し遅れて、行儀見習いとして良家へ勤め始める前段階として、取り引きのある商会へ父親が願って勤めるようになったのだ。

 エスポスティは子爵が一番上だから、いずれどこか良縁を紹介してもらえるかも、という打算もあった。だってマリーザはお嬢様だったから。


 だが勤め始めてみれば、仕事は面白かった。難しいことも腹立つこともしばしばあったが、やり甲斐はあった。

 客の要望に応えられた時は嬉しい。上役に褒められた時は嬉しい。

 苦情が来た時は謝り、尊大な客には耐えるしかなかったが、それでも売上が伸びればやる気を取り戻せる。

 きちんと教育されてきたマリーザは下働きから始める必要がなく、すんなり仕事に馴染めたのも大きかった。

 それでもまだまだ新人の域。色んな仕事をしてみたい、と欲が出てきたところだった。


 上役からいわれて、この場に来た。マリーザに何用なのかわからないが、面接のようなものだという。他にも人が呼ばれているとは聞いていたが、思った以上にいる。

 そして、面談の相手は、商会長の姪だと。

 つまり、子爵令嬢だ。

 貴族の令嬢を目にするのは初めてではないけれど、間近で声をかけられたことなどない。


 あれが、貴族か。


 マリーザは震えそうになる指をきゅっと握る。

 その指先は、ひんやりとしていた。







 ネリオは、堂々として大人と対等に会話する少女に、まごうことなき血の強さを感じていた。

 七歳と聞いている。それが、こんなにも“商人”なのは、エスポスティだからに違いない。


 空恐ろしい才能に呑まれそうになる自分を叱咤して、何食わぬ顔で進行を見守る。

 カルミネから言いつかった仕事は、デルフィーナのおこなう面接の補佐。

 普段はカルミネの予定を調整したり、商会長宛ての手紙類や契約書等々の管理をしている。


 エスポスティ商会の中で、人格や行動、親類縁者にも問題のないもので、生活魔法以外を持っている者、さらには魔法を普段の仕事で使っていない者を集めさせられた。

 かくいうネリオもその一人だ。

 仕事中魔法を使ったことは一度もない。生活魔法と違って使い処のよくわからない魔法しかネリオは持っていなかった。


 小さな令嬢は、淡々と話を進めていく。面接に来た者から、それぞれの魔法を聞き取り、今までどんな風に使っていたかを確認する。手元のクリップボードに挟んだ紙へ書き込みをしながら、頷いたり考え込んだり、口角を上げたりしながら、相手のペースに合わせて聞き出している。

 カルミネのように、対話者が嘘をついているかどうかを判別できるわけはないが、この少女ならそれもできてしまいそうだな、とネリオは思った。


 ここに来ている者は、自分の固有魔法は役立たずだと思っている者が大半だ。

 有効利用の道を見つけていたのなら、すでにそれを仕事に生かしているはずだからだ。

 デルフィーナは目を輝かせながら、ボードに色々と書き込んでいるが、ネリオには不思議で仕方ない。

 穴を掘れたり、海水から塩を取れたり、ほこりを一ヶ所に集められることの何がいいのだろうか。


「わかりました。それでは後日、またお時間を頂戴する方もあるかと思います。その時は今回と同じような形でお伝えいたしますね。本日はお疲れ様でした」


 淡い笑顔で対面にいた三人を見渡すと、それぞれ頷いたり会釈をして、席を立った。

 礼をして出ていく一同と入れ替わりで、すぐに次の三人が入ってくる。

 そうして繰り返すこと十四回。途中で昼休憩を挟んでの、一日仕事だった。

 面接に来た者は午前と午後で分けて集めていたもののかなり緊張の様子が見られたし、彼らはもちろんのこと、デルフィーナもかなり疲れただろう。


「やっと終わりましたね」


 強ばってしまった身体を解すように動かしながら、ネリオはデルフィーナに笑いかけた。


「ええ。ネリオもお疲れ様でした。来た方は皆さん、お土産を持ち帰ったかしら?」


 待機室としていた広い別室にも部下を配置して、誘導等、対応させていた。彼らは当然いつもと違う今日の仕事に賃金が出る。それはどうやらロイスフィーナ商会から出るらしい。

 人材派遣ね、とデルフィーナは苦笑したが、初めて聞くその言葉が妙に耳に残った。

 人材を派遣する、確かにそうだ。それはある種の仕事になり得るのだろう。

 商人として目が開かれる思いだった。


 とはいえこれを一つの商売とするにはかなり課題が多い。ネリオはそこにやる気は起きなかったので、頭の片隅に種として残しておくのみにする。

 カルミネに話せば乗り気になる可能性もあるが――今、商会長はとても忙しい。

 姪っ子の頼みは優先的に聞いているようだが、新製品や開発中のあれこれやら、その新商品の売り出し方や顧客の変化、新しい複数の飲食店開店やら維持やら、実際とんでもなく仕事が増えている。そんな中で、わざわざ忙しさの理由を増やす必要はない。


 なぜそんなに仕事がいっきに増えたのか、各分野の開発者をどこから引っ張ってきたのか、今まで知らなかったネリオだが、今日、ようやくわかった。


 今日の仕事を言いつかる時、何があっても他言無用、ことによっては契約を必要とする、とカルミネが厳しい調子で語ったのも、なぜだったのか理解できた。


 これは確かに、口止めをした方がいい。

 いつどこでどう誰に利用されるかわからない。


 まるで童話で読んだ、金の卵を産む雌鶏のようだ。

 だが雌鶏と違って、こちらは人間。平民でないのは幸いなのか、はたまた貴族令嬢だったがために、卵を生み出す結果となったのか。

 どちらにせよ、知ってしまったからには、ネリオも腹を決めなくてはならない。

 カルミネがデルフィーナにネリオをつけたのなら、それは、ネリオが彼に信頼されているということだ。

 その信頼に、応えずしてどうする。

 なにより、商人の一人として、デルフィーナの“知識”に魅力を感じないわけがない。


 エスポスティ商会は、憧れて入った商会だった。

 商会長のカルミネの補佐になれたのも、ずっとずっと、頑張ってきたからだ。上手くすれば、数年のうちにどこかの支店を任されるか、副会長になれたはずだった。

 見えてしまった未来(さき)の席を惜しむ気持ちがないわけではない。

 だが、それ以上に、商人として、もっと輝かしい未来が見えてしまったのだ。

 立場ではなく、役職名など関係なく、商人としてワクワクする未来が。


 ネリオは深く考えるまでもなく、今後の己の進退を、潔く決めた。







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