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108 チョコレート5




 よしんば、侯爵にとって菓子としての魅力がなかったとしても、<カカワトル>にあるとされる薬効と同じものをチョコレートも持っていると伝えれば、“食べやすい代替品”として押し出せる。


「確かに、それはありだな。お立場を考えればお忙しいだろう。気休めであっても単なる甘味と違って健康効果があるとわかれば、口にされやすいかもしれん」


 焼菓子とて、運動量の多い人には効率の良い食べ物としてもてはやされるのだから、もっと色々効果のあるチョコレートなら、少量で高価でも喜ばれる可能性は高い。


「では、甘味と苦味の違うものを作ってみますわ。甘さが強いのは夫人や子爵様向きに、甘みが控えめなのは侯爵様向きに。バランスのいい中間のものと併せて、三種類くらいあればいいでしょうか」

「そうだな。好みで選べるのは良いと思う」

「ビターな……甘みの控えめなものは、お酒にも合うと思うのですが、いかがでしょう?」


 言われて気がついた、というようにカルミネが目を瞠った。


「蒸留酒なら合うかもしれないな」


 ドナートも、板チョコレートをもう一口齧って頷く。

 かなり濃いめのチョコレートだが、強いアルコールならつまみとして食べてもいい。


「なるほど。これはいいかもしれん」


 室内に残っていた気の利く従僕が早々と出してくれた酒を飲んで、カルミネは口元を緩める。

 過去世では強いお酒を飲まなかったデルフィーナは、話には聞いていても、自分の好みではなさそうだ、とあまり“つまみとしてのチョコレート”を意識していなかった。

 だがこの感じだと、男性への売り出し方は、アルコールのお伴としても有りかもしれない。

 うきうきと、紅茶の脇にゴブレットを並べる男性陣を見つつ、デルフィーナは脳内で算盤を弾いた。


「なんにせよ、豆の確保が先だな」

「ですねぇ」

「並行して、今ある豆で試作を続けます」

「では、手配を急ぎます」

「なるべく間に入る人間を減らして進めよう」

「ああ」


 他言無用、と室内にいたそれぞれの侍女従僕にきっちり釘を刺してから、難しい話は終わりとなった。

 あとはもう、明日以降だ。


「では、飲もう」

「つまみをもう少し用意させましょう」


 嬉しげなドナート達と、ガナッシュをゆったり楽しんでいるクラリッサ。

 どちらにも付き合うと長そうだ、と判断したデルフィーナは、自分用のお茶――麦茶を飲み干すと、さっさと挨拶を済ませて部屋を辞したのだった。







 ウベルトは、自分のやりたいことなど、考えたこともなかった。


 生きていくには金がいる。金は仕事をしなければ稼げない。

 田舎の漁村で生まれ育った。家の手伝いをしつつ、素潜りで魚を捕って食事の足しにしていれば済んだ子ども時代はよかった。

 実家には舟が一艘しかない。二人の兄が共に漁をするのが精一杯の大きさの舟だ。

 ウベルトが乗れる舟はなく、他に稼げるネタのない村では、仕事にありつけない。

 成人して仕事がなかったウベルトは、仕方なく働き口を求めて街へ出た。

 一番近い町はそれほど大きくなかったから、いっそ少し足を伸ばして大きな街へ行こうと決めたのは、良かったのか悪かったのか。

 王都が歩いて行ける一番近い大きな街だったのは、幸運だったのだろう。


 商家の下働きになんとか入り込めたのは、素潜り漁で鍛えた頑健な身体があったからだった。


 そこそこの大きさだと思っていた勤め先は、小さい方だったらしく、いつの間にか潰れそうになっていて、いつの間にか大きな商会に買い取られていた。

 上の面子が多少変わったものの、そのまま雇ってくれたので、ウベルトは気にしなかった。

 大きな商会に運営が代わってから、店は綺麗になった。

 いかにも仕事ができそうな商人、といった風情の男が店を取り仕切るようになり、客も増えた。

 そうしてなぜか、忙しくなった仕事の隙間時間に、字の読み書きを覚えるように、指導された。

 元々読み書きができる者は、算術を教わっている。ウベルトも、いずれ文字を覚えたら、算術もさせられるらしい。

 文字を教わるのは嬉しかった。

 村から出てきて困ったのは、物の値段がわからず、バザールで安い買い物ができないことだったから。

 今ならぼったくりとわかる店も、あの頃はわからなかった。

 今では数字もだいぶわかるようになり、騙されることがなくなった。

 算術ができると、もっと賢く買い物ができるようになるらしい。


 そんな店では、つい先日、なぜか魔法についての確認をされた。


 雇われた時にどんな魔法が使えるのかは伝えてある。

 全く使えない人間もいるが、ウベルトには一応固有魔法があった。個人的には、生活魔法の方がよかったと思っている。

 とにかく使えるところがない魔法なのだ。こんなもの、持っていたってどうしようもない。

 少し水を出せるとか、火を出せる方がよかったのに。

 ずっとそう思っていたウベルトにとって、青天の霹靂が起こったのは、昨日のこと。


「ウベルト、商会長がお呼びだ。明日の三の鐘に本店に行くように。間違えず裏口から入れよ」


 上役に言われてウベルトは驚いた。

 一体全体、商会長なんて雲の上の人が、自分に何用なのか。

 オロオロしだしたウベルトを見かねて、支店長が宥めるように話をしてくれた。


「君の持っている魔法に興味がおありのようだ。全店舗の従業員で珍しい魔法のある者全員に声をかけているようだから、君だけの話ではない。そんなに心配することはないよ」

「はあ」

「聞かれたことに素直に答えればいいだけだから、大丈夫だ」


 それならば何とかなるだろう。

 支店長の言葉にちょっと胸を撫で下ろし、しかし本店なんて入ったこともない、何を着ていけばいいのだと、ウベルトは結局落ち着かないまま一夜を明かし。

 そしてやってきた今日――。

 裏から見上げても大きな大きな商店に、ウベルトはごくりと唾を飲み込んだ。







お読みいただきありがとうございます。

前回更新から一月も経ってしまいました。お待ちくださった方々に感謝です。

今回、キリのいいところできったので、久々更新なのに少し短めですみません。

書く時間が作れない時期は過ぎたので、次はもう少し早めに更新できる予定です。

どうぞ引き続き、お読みいただければ嬉しいです。

☆評価等での応援も、どうぞよろしくお願いいたします。

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