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105 チョコレート2




 デルフィーナがチョコレートの作り方を知っているのは、過去世でビーントゥバーのキットを使ったことがあるからだ。

 豆の発酵、乾燥、焙煎などは既にされていたキットの豆を、粉砕するところからしかしていない。

 そのキットには粉乳が入っていなかったから、どの程度入れるのか、脱脂粉乳の方がいいのかどうかなど、詳細はよくわからない。

 自分でゴリゴリ削って細かくしたチョコレートは、やはりどこかざらつきが残って、企業やショコラティエの作る物の素晴らしさを改めて噛み締めた記憶がある。


 そう説明すると、アロイスは得心したようだった。


「今食べたチョコレートにざらつきはなかったけど、もっと美味しくできるということだね?」


 デルフィーナが作ったのはあくまでも原型だ。

 それは試食の初めにも言ったはずだが、ガナッシュを食べた衝撃で、皆忘れていたのだろう。

 肯定すれば、一同はそれぞれ目を輝かせたり、逆にこれからを考えて暗くさせたり、肩を落としたり、握り拳を作ったり、明暗が分かれていた。


「これはしばらく研究が必要になりそうだけど、デルフィーナとしては早く売り出したいのかな?」


 その問いにデルフィーナはしばらく考えてから頷いた。


「ある程度、商品として形になってからの売り出しでいいと思いますが、チョコレートは奥が深いですから、他の商会が輸入量増加を察知してカカオ豆に目をつける前に、販売をスタートしたいですわ」

「味の追求は果てがないか」

「はい。豆を選ぶところから始められますので。産地によって味が違ったり」

「そこからかぁ」

「焙煎でも変わりますし、好みもありますから、料理人それぞれの味を作り出せます。その完成を待つとなると何年かかるか」


 さすがにそうなると、経営的にも赤字だ。珈琲のために儲けを少しでも多くしたいデルフィーナとしては、及第点がついた段階で売り出したい。

 デルフィーナの意見に、共同経営者としてのアロイスも納得する。


 クラリッサに慰められ励まされ、お守りを作ってもらって気持ちを新たにしたデルフィーナは、その心持ちのまま、マカロンを無事完成させ、レシピごと侯爵家へ納入した。

 ――納入というといささか角が立ちそうだが、デルフィーナの気持ちとしては納品あるいは納入だ。

 とまれイルミナートと、侯爵家のご婦人方には喜ばれ、ご丁寧に礼状までいただいてしまったので、レシピを添えたのはいい判断だったと思う。


 やる気が満ちていた状態のところへ、石臼が完成したと知らせがあり、そのままチョコレート作りへ突入している。

 勢いがついている今、春が目前の今、どんどんと進めていきたい。


 叶うなら、夏が来る前に、身の安全を確保したいのだ。


「そうだねぇ。それならある程度目処が立ったところで、販売を始められるように準備しようか」


 生クリームを入れただけのガナッシュでも、十分美味しいのだ。

 なんとかなるだろう。


(イェルドがなんとかしてくれるわ、きっと!)


 完全な他力本願だが、それがデルフィーナの立場でもある。

 ただイェルドが過剰にプレッシャーを感じても困るため、思っていても口にはしなかった。


 アロイスの鶴の一声で、スタッフ一同が頷く。

 イェルド、フィルミーノ、リーノは、チョコレート研究に集中してもらう。店の商品は変わらず作る必要があるが、今までも合間に新作の研究をしていたのだ。そこはゼリーやアイスクリームと大差ない。

 現状、確保しているカカオ豆はそこまで大量ではないので、タツィオに「カカワトル」を販売してる店を見つけてもらい、怪しまれない程度の量を購入してきてもらう。

 アロイスには販売への道筋を立ててもらうとして、デルフィーナは。


「私は、必要な固有魔法の使い手を探すことにしますわ」


 今後のために、どう考えてもスタッフの増員は必須だ。

 にっこりと笑ったデルフィーナに、アロイスは苦笑しつつも承知する。


 それぞれのやることが明確になったところで、この日は解散となった。







 ドナートとカルミネは多忙で外出していることが多い。

 在宅でも、仕事をしているのが基本だ。

 アロイス、ジルド、エレナと共に屋敷へ戻ったデルフィーナは、二人の時間が取れるまで部屋で休むことにした。


 試作の板チョコレートとガナッシュは、フィルミーノに中の空気を冷やしてもらった箱へ入れて持ち帰っている。

 その箱はアロイスがすぐに氷室へ置きに行った。

 鍵をかけてあるため、万が一にも盗難はないが、その鍵をアロイスが持っているあたり、次に箱を開けた時、数が減っていても不思議はないな、と思っていた。


 アロイスはチョコレートを“とんでもないもの”と表現していたが、甘味好きの心に深く刺さったと確信している。

 砂糖、はちみつ、ジャム、それらとも全く違う、しかし人類の心をガッチリ掴むスイーツの代表格、それがチョコレートだ。


 アロイスがそのチョコレートに魅了されないわけがない。


 発売までにはしばらくかかるようだが、販売を始めてしまえば、後は絶対に人気商品となる。

 価格設定など悩むところは多いものの、確実に売れると分かっている以上、懐が潤うのは必至。

 かなりの収益につながったなら、もう一人くらいプラントハンターを雇えるかもしれない。

 広がる夢に、むふふ、とほくそ笑みながら、デルフィーナは昼寝のためベッドへ潜り込んだ。




 時間が取れるのは夕食の後、という返事をもらい、デルフィーナは心を落ち着かせる努力をしながら、夜の食事を終えた。


 デルフィーナの気持ちが読めていたアロイスは、仕方ないなと笑いを堪えているし、前情報のないカルミネは、今度は何なのか、とたまに悩ましげに眉根を寄せている。

 石臼の事は知っていても、そこから何がどう飛び出すのか、デルフィーナのすることは全く予測がつかないからだ。

 そんな弟二人と違ってドナートは、何かあると知りつつも、表情はいつもと変わりなかった。

 何を考えているのか悟らせないのも、貴族の嗜み。一家の当主は、きっちりいつものペースで食事を終えた。


 そんな四人の様子を、クラリッサもまた黙って眺めていた。

 実のところ、この一家で一番貴族らしいのがクラリッサである。

 優雅に食事をしていた彼女がカトラリーをおろしたところで、夕餉が終わった。


「さて。話があるのだったか」


 場をシッティングルームに移し、すっかり習慣になった食後のお茶をメイド達が用意し下がったところで、ドナートが口を開いた。


「はい。まずはこちらをお召し上がりください。ほんの一かけ、少量がよろしいでしょう」


 アロイスが、膝上に乗せていた箱の中から、シュガートングを使って板チョコレートを小皿へ一片ずつ乗せ、各人へ配っていく。

 使用人にやらせず自らやる姿を見て、兄二人は無言で心構えをした。

 余人に触らせないということは、これをアロイスが重要視している、それを端的に表している。


「苦味と甘みが強いので、紅茶が進みますよ」


 ものは言いようだな、と思いつつも、未完成の板チョコレートをデルフィーナも齧る。


(うん、苦い)


 何度食べても味が濃い。

 これはこれで美味しいのだが、しかし。






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[一言] デルフィーナの固有魔法使うとテンパリングいらず?
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