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104 チョコレート




 ゴロゴロゴロゴロと低い音が一定のリズムで室内に響き渡る。

 同じ速度で石臼が三重奏を奏でていた。


 とにかく細かく挽ける臼を作るのに時間がかかったが、職人達は頑張ってくれた。

 今までにない細かさで挽かれ、さらに細かくされ、さらに……と重ねて、石臼の隙間から出てくるのはとろりとした焦茶色のペースト。

 本来、湯煎などで温めつつ練るように磨砕するのがいいのだが、それを石臼自体に低温の熱を持たせることで、油分の溶け出しを促すことに成功した。

 このペーストに、砂糖を加える。そうして練って、さらに練って、型に流し込み、冷やす。

 チョコレートの完成である。


 まずはシンプルに、板状にしてみた。

 デルフィーナが平坦にして、フィルミーノが冷やす。魔法であっという間にペーストが板に変身だ。

 パキパキと割って皿に乗せ、立ち会っていた面子に少量ずつ配る。

 受け取った面々の視線がデルフィーナに集まる。

 イェルド、フィルミーノ、リベリオ、リーノ、タツィオ、エレナ、ジルド、アロイス。皆が皿を手にしたところで、デルフィーナは一つ頷いた。

 途端、それぞれが動く。

 一気に口に入れる者、端を少し齧り取る者。


「!」

「?!」

「うぇ」

「……」

「おぉ」

「んんー」


 表情の変化は、食べ方に準じてバラバラだった。


「これはなんとも……」

「苦いです~」


 甘いけれど苦い。

 それは子ども舌のデルフィーナにも感じられることだった。


「やっぱりかなり濃いわね」


 予想していた通りだ。

 少量を齧って口の中で溶かす食べ方をしたデルフィーナでも苦く感じるのだ。一気に食べた愚か者が顔をしかめるのも道理。

 彼は前に別の料理でも似たような失敗をしていなかったか? と思うものの、好きに食べればいいとデルフィーナは注意をしない。

 どんな食べ方をするのも自由だ。学習をしないな、とは思うが、それが彼の主義なのだろうから。

 とはいえ苦い苦いと呻くので、フィルミーノが用意してあった紅茶を冷やして差し出していた。

 優しい子がいて良かったね、と無言で見守る。


 各々紅茶を飲んで口の中の余韻も消えたところで、デルフィーナは小さく両手を打った。


「これで、チョコレートの原型は完成です。このまま食べることもできますが、皆が感じたように、苦さがかなりあります。これを良いとする〈(つう)〉もそのうち出てくるでしょうが、万人受けする商品とするには、工夫が必要です」


 実際味わった一同は、納得したように頷く。


「フィルミーノ、牛乳をカップに入れて温めてくれるかしら。少量でいいわ」


 言われてフィルミーノはリーノに手伝われつつ牛乳をカップに入れて熱くする。

 湯気の上がりそうなそれに、デルフィーナは割ったチョコレートを沈めて、砂糖も少し足してからティースプーンでかき混ぜる。

 フィルミーノは人数分ホットミルクを作ったので、各自まねをしてチョコレートを溶かした。


「飲んでみて」


 促しつつデルフィーナは先に飲んでいる。


「おお!」

「甘~い」

「これはまたかなり違った味わいです」

「いい香りです」


 無言で飲み乾してしまう者、美味しいと喜ぶ者。それぞれだが、概ね良い反応だ。


「先にチョコレートと砂糖を加熱して練ったところに牛乳を入れて練って、さらに牛乳で薄める方が多分美味しいわ。今のは簡単な作り方ね」


 手抜きなホットチョコレートでも、味の感じは伝わる。


「イェルド、ボウルにチョコレートを入れて。フィルミーノは温めて溶かして。そこに生クリームを入れて練ってちょうだい」


 言われた二人はすぐに動く。人数分作るには多めに必要だが、板にしていない、砂糖を加えて練ってあったものが残っていたので、そちらを新しいボウルに入れて温める。

 木べらで練られたチョコレートは、生クリームが加わって、濃い茶色から少し色が薄まった。

 生クリームの量で、ガナッシュの固さは変わるだろうが、とりあえずこれは今後の研究課題として。

 金属のバットに棒状になるよう落とし、これも冷やしてもらう。さらに冷やしたまま、ナイフで一口大に切ってもらった。

 溶けないよう、フィルミーノがまたそれぞれの皿へ乗せ配っていく。


 デルフィーナの記憶にある“ミルクチョコレート”くらいの色合いになったそれを、デルフィーナはゆっくり口に含む。


「うん。いいわね」


 まだ少し濃いが、かなり食べやすくなった。

 他の八人も口にして目を輝かせる。リベリオに至っては、泣きながら祈っていた。

 美味しさから漏れる溜め息が、ほぅ、といくつか溢れている。


「これはまた、とんでもないものを作っちゃったねぇ」


 甘さに口元を緩めながらも、困ったようにアロイスがぼやいた。

 おや、とデルフィーナはアロイスを見上げた。


「まずいですか?」

「いや、まずくはないよ。でもちょっと、売り出し方を考えないとだねぇ」

「紅茶と同じ扱いではダメです?」

「ダメだねぇ」


 アロイスがダメと言うからにはダメなのだろう。

 何が問題なのか、いまいちデルフィーナにはわからない。

 その様子から、アロイスはきちんとした説明が必要だと判断した。


「あとで、屋敷でゆっくり説明するよ。兄上達にも食べていただいて、同席してもらおうねぇ」


 他の、店の新商品と同列にはできないのか。今まで他にも画期的な菓子を発売していたが、それはよくてチョコレートはダメというのは謎だ。

 不思議に思いつつも、デルフィーナは頷いた。


「というわけで、イェルドにはより美味しいチョコレート作りを研究してもらうとして。他の皆は口外禁止だ。屋敷の使用人や、デルフィーナについて契約している人へも話さないように」


 “稀人”についての秘密を共有している同士なら、契約をしていても話せるというある種の抜け道があるのだが、その同士にも話すなとアロイスは禁じた。


「あの……そんなにこの“チョコレート”はまずいんですか?」


 もしかなり危ない品なら、こっそり食べることも難しくなる。既に美味しさを知ってしまった少年達は、不安げにアロイスを見つめた。


「いや、売り方や時期を考えるだけで、販売自体はそのうちするよ」


 大丈夫、というようにアロイスは笑う。

 この美味しさは独占するのも難しい、と実食したアロイスは考えていた。


「輸入量の確認やら何やら、色々と調整が必要ですね」


 感動が落ち着いたのか、リベリオは理解しているようで、アロイスに同意する。

 確かに、紅茶は既に茶葉が大量に確保済みで、追加もブルーノの船で運ばれてくる予定のため心配ないが、カカオ豆は街中の南大陸産の品を扱う店で買った分だけだ。

 デルフィーナもその点は納得できた。

 コフィアで売り出すのなら、まずカカオ豆を大量に確保しておかないと、大変まずい状況となる。


「これって日保ちするの?」


 アロイスがもう一片食べてから、デルフィーナに尋ねる。

 デルフィーナは少し悩んでから答えた。


「生クリームを入れたものはあまり保たないと思います。氷室で一週間程度でしょう。保たせるなら、時間停止の魔法箱に入れた方が安心です」


 だが魔法箱は一度開けてしまえばかけた魔法が切れるため、開けた後は同じく早めに食べる必要がある。


「生クリームを少なくしたら?」

「うーん……チョコレートは、磨砕の後の練る作業とか、テンパリングで温度調節して練る作業とかで味や舌触りが変わるので、ここで料理人の腕が問われるんですが、粉乳やカカオバターでチョコレートの濃さは調節するから……ええと」


 デルフィーナは考えながら声に出していた。


「粉乳とカカオバターとは何かな?」


 引っかかった単語をアロイスが突っ込む。


「粉乳は、牛乳の水分をなくして乾燥させたものですね。粉状になった乳です。カカオバターは、カカオ豆から絞った油です」


 石臼で作ったのがカカオマス。

 そこから先、圧搾をすればカカオバターと、ココアパウダーの素となるココアケーキに分けられる。

 圧搾ではなく練り上げ(コンチング)調温(テンパリング)をして砂糖や粉乳を加えて形成すれば、チョコレートとなる。


「ではその粉乳を使えば日保ちする?」

「あ、はい、そうですね。水分がなければ傷みにくくなるわけですから、食べやすくて日保ちするチョコレートが作れます」







お読みいただきありがとうございます。

前回から少し間があいてしまいました、お待ちくださっている方々に感謝です。

☆評価等で応援いただけたら嬉しいです。

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