103 探しもの
コズモ達庭師がしっかり手入れをしている庭は、冬でも花が咲いている。
椿、パンジー、マーガレット、ヘレボルス、カレンデュラ、ローズマリー。
毒になるものも、薬になるものもあるが、どれも色鮮やかで、冬の寒さをものともしない強さがある。
水仙の花が並ぶ一角をぐるりと巡った後、クラリッサは屋敷の裏手へと足を進めた。
「外はまだ長居するには早いから、オランジュリーでお茶にしましょう」
王立の植物公園内にある温室は、建設当初から、その技術の元になった帝国の呼び方が定着している。そのためか、植物公園の温室を知る世代は、概ね温室を「オランジュリー」と称す。クラリッサも若い頃からそれに馴染んでいるため、庭にできた温室もオランジュリーと呼んだ。
実際、柑橘類の木も数本植えてあるので、間違いではない。
以前はもっと広かった裏庭を狭くした要因は、今日も冬晴れの陽光を受けて、キラキラと輝いていた。
クラリッサは、針を持つ時間が長く、あまり身体を動かさない。
昼餐や晩餐にお呼ばれしたり、夜会に参加するため、出かけはする。
そういった日常的な活動はしているものの、乗馬やダンスなどの運動はほぼしていなかった。
年に一度、社交シーズン開幕となる王家主催の舞踏会には参加するので、これが唯一の運動機会といってもいいほどだ。
だからなのか、エスポスティの男性陣と違って、アフタヌーンティのセットを食べることがほとんどない。
お茶受けに数枚のクッキーがあれば十分だといい、クッキーではなくタルトやケーキの場合は小ぶりのものを所望する。
アフタヌーンティセットに入れるスイーツのサイズがちょうど合うようで、それが一つあればもういいと、あとは紅茶を楽しむのみだった。
温室の奥に、小ぢんまりとしたテーブルとチェアのセットが設置されたのはいつからだったか。
元はアロイスの休憩場所として、庭師と従僕の要望で執事が用意したものだ。
冬場は、湿度も温度も高い温室内は、居心地が良い。
居心地が良いように設えたのも、そこに長居することが多い庭師とアロイスなのだが、エスポスティ一家はそれぞれ、時間があると温室でお茶を楽しむ習慣ができつつある。
シッティングルームとは違う、緑に囲まれた雰囲気が、どことなく開放感をもたらすのだ。
家族の憩いの場として定着しそうな気配だった。
そんな温室は今日も、庭の散策で冷えた身体を暖かな空気で迎えてくれる。
クラリッサに手を引かれたまま、デルフィーナは奥へと進んだ。
この温室には、客は一度も案内したことがない。
大きめに作った温室だったが、デルフィーナの作ったガラスと資産で建てたため、ドナートやカルミネの客の応対には使わないようにしている。
この二人の客は多岐に渡るため、一人でも案内すれば、あっという間に社交界に情報が行き渡り、我も我もとガラス作成依頼が殺到することになる。
デルフィーナにはそんなことに割く時間はない。
ドナートとカルミネも、デルフィーナには固有魔法を使うより新しい何かの発想や開発に時間を使ってもらう方がいいと考えているため、温室を接客に使う気はさらさらなかった。
とはいえ、デルフィーナの発案で工房がパンクする事態となったら、ガラス作りに縛り付けることも考慮している。
そこは、発案と制作の釣り合いが取れるかどうか次第だ。
そんなことはつゆ知らぬデルフィーナは、クラリッサの侍女達が用意してくれていたお茶を、ありがたくいただくことにした。
冷えた身に、温かな紅茶が染み渡るようだ。
一口飲んで、ほーっと肩の力が抜ける。
カップ半分ほどを飲んだ頃合いで、クラリッサが口を開いた。
「それで? 貴方はなにをそんなに沈んでいるの?」
基本的に、危険さえなければ娘のやることに口を挟まないのがクラリッサだ。
安全が保障されていて、ドナートの許可があれば、問題ないと思っている。子爵位を継ぐのはまずもってファビアーノで、デルフィーナは結婚相手によっては平民になる可能性もあるから、振る舞いが多少自由でも構わないと考えていた。
つけている教師からの評価でも、自分の目で見ている限りでも、令嬢としての教育はきちんと進んでいるとわかっている。
エレナからの報告にも、今のところ懸念はない。
商人の気質が強めに出た感は否めないが、それが元来のものなのか、“稀人”のためなのかは、判然としない。
デルフィーナがデルフィーナとして、らしくあれるのなら、それでいいと思っている。
見守るばかりのクラリッサだが、だからといって、放置をしているわけではない。
同じ女性として、母として、必要そうならば助けの手を伸べるようにしている。
今回のデルフィーナの沈む原因は、夫も義弟達も心当たりがないらしく、対処に手をこまねいていた。
周りが気付かない些細なことが原因の場合もある。
聞いてみないことには、わからない。
推察することができない以上、正面から聞くのが間違いない。
だからストレートに尋ねた。
静かに見つめてくる新緑の瞳を見返しながら、デルフィーナは、きゅっと唇を噛んだ。
「お母様……私、探しているものがございますの」
明るい焦茶色の瞳がゆらりと揺らぐ。
涙が浮かんでいるわけではないのに、ゆらゆらと彷徨っているようだ。
「自分で探しに行けたならよかったのですが……」
貴族の令嬢が自分の足でほうぼうを探し回るなど、許されない。
そもそも子どもの足では、見て回れる範囲などたかが知れていて、探索にもならない。
成人前の保護者のある身で、異大陸へ渡る船に乗るのは難しい。
いくつもの理由から、デルフィーナは自分で探すのは無理だと、当初より諦めていた。
全て振り切って船に乗る手もあったが、確実にエスポスティ家の家名には傷をつけることとなる。やはりあそこは商売人の家よ、と貴族たちから嘲笑をうけるのはわかりきっていた。
だからどうあっても、デルフィーナは自分では行くことができなかった。家族を愛しているから。
言葉にならない続きを理解して、クラリッサは無言で続きを促す。
「自分自身では見つけられないでしょうし、一生かかる探しものかもしれません。でも、どうしても見つけたいんですの」
決意の籠もった声は、静かに二人の間に落ちた。
「自分では見つけられない、ということは、誰か人をやるのね?」
「はい。すでに、送り出しています」
「そう」
「お金がいっぱいかかるから、私、そのためにカフェテリアを始めたんです」
意外な話を聞いて、クラリッサは目を瞠った。
デルフィーナがドナートに資金援助を頼んで店を開く動きを始めたのは、大分と前のことだ。
そんな前から欲するものがあったのかと驚く。
いつも、なにかしら「こういうのがほしい」と新しい物を作っているが、きっとそれとは違う事なのだろう。
「多分、北大陸にはないんです。だから南大陸へ人を送りました。まだ、そんなに経っていないんです。本格的に探すのはこれからなんです。
でも、探しているものに似たものが送られてきて――でもやっぱり違っていて。諦めるような段階ではないし、これからだってわかっているんです。わかっているんですけど、違ったって思うと、つらくて」
俯き加減で吐き出すように話し続けるデルフィーナに、クラリッサはそっと席を立って歩み寄ると、その頭を抱き寄せた。
「そう。残念で、悲しくなってしまったのね」
「……はい」
小さな背中を撫でながら、宥めるように声をかける。
考えてみれば、デルフィーナはまだたった七歳だ。
このところの活動は大人顔負けで、稀人としての面からも、子どもっぽさは感じずにいたが、やはり幼い子どもであることに違いはない。
「我慢して、偉いわね」
自由に駆け出していけたなら。そう思ったことが、クラリッサにもある。
まだまだ幼い娘が、思慮分別を弁えて行動していることに、安堵とともに憐憫の感情が湧く。
望みのままに自分で探さず、人を雇うのは、貴族令嬢として正しい。それを理解してくれていたことに安心し、飛び出さずにいてくれたことにほっとした。
同時に、七歳にして理性的に判断せざるを得ない立場であることに、僅かながら哀しみを抱く。
人生は、ままならないことも多い。
それは、どんな立場の人でも変わらないことだ。
生きていれば何かしら不満にぶつかる時があり、逆にそういった波がなければ、人生は酷くつまらないものになるだろう。順風満帆すぎる生は味気ないものだと思う。
だから、デルフィーナに課せられた制限も、絶対悪ではないはずだ。
七歳にしてその局面に立つというのは、少し早い気がするが。
見つからないかもという不安があるのと同じだけ、見つかるかもしれないという期待や夢も含んでいる。
探し続ける間は、その希望が潰えることはない。
「見つかるように、お守りを作りましょう」
少し身体を離し、小さな顔を覗き込む。
焦茶の瞳は、縋るようにクラリッサを見つめて、頷いた。
「ありがとうございます……!」
めいっぱい願いを込めて作るお守りは、さて、なににしようか。
デルフィーナが毎日身につけられる、手に取って何度でも祈れる、そんなものがいい。
「一緒に作りましょうね」
「はい!」
デルフィーナの顔が明るくなる。
少しは励みになったようだ。
侍女が淹れ直してくれた熱い紅茶を再び楽しみながら、二人は、どんなお守りにするかそのまま談ずることにした。
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