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101 得難い縁




 アロイスは、成長を促していくつかのベリーを採取していく。

 これは夕食に間に合わなければ、朝食のデザートになるか、コフィアへ持っていくことになるだろう。

 ぷち、ぷち、と細い茎を切って実を収穫しながら、アロイスは張っていた気を緩めるように息を吐いた。


(久々に会ったけど、変わってなかったなぁ)


 懐かしい顔は、育って丸みが取れ、少し大人に近づいていた。おそらく頭脳や精神の方も、見合った分だけ成長している。

 それでも、アロイスへのスタンスは以前と同じで変える気はないようだった。


 全寮制の学院で、スキップしてきた二つ年下の同級生。

 本来なら身分の隔たりがあったのに、たまさか縁があって友人となった。

 子爵位を持つ侯爵家嫡男と、平民すれすれの子爵家三男。商人と客としてなら関係は続いても、友人としては終わっていてもおかしくなかった。

 学院生の間だけの付き合いとすることもできたのに、今日のイルミナートは以前と変わりなかった。

 そのことに、内心ほっとしたのは秘密だ。


 二年という歳月。まして帝国への留学という経験を踏まえれば、人柄や考え方が変わっていてもおかしくない。

 多少それを心配していたが、どうやらイルミナートはアロイスが知るままの彼だった。


 甘味好きというつながりだけでなく、尊大ではあっても攻撃性のない性格を理解していたからこそ、デルフィーナの後見候補として一番に思いついた。

 ちょうど、留学を終えて近々帰国すると知っていたから、幾ばくかの懸念があっても、手紙を出した。

 会ってみて、人柄が変わっていたら、デルフィーナは紹介しない。

 大丈夫そうなら、二人を会わせる。

 そう決めていたものの、望みの形に収まって、だいぶ安堵したのは確かだ。


 デルフィーナは――彼女の持つ知識は、誰であろうと惹きつける。

 良きにつけ悪しきにつけ、魅力を感じて人が集まる。今はまだ隠しきれているが、いつまでも高位貴族の目を誤魔化せるとは思えない。

 富裕層でも商人や低位貴族ならエスポスティ家の力でなんとかなるが、公侯爵家が出てきたら抵抗できない。

 デルフィーナの身柄を求められたら。デルフィーナの意思など斟酌しない相手だったら。

 最終的には、逃れるため宮廷に“稀人”である届けを出して、王家の保護を受ける形を取るしかない。

 その後どうなるかは、王家と宮廷次第だ。

 だからそうなる前に、なんとか庇護者を見つけておきたかった。


 会わせてしまえば、イルミナートもデルフィーナの価値を理解するのは明らか。

 だから、会わせるかどうかを決める、それが一番肝要だった。


 本当に、性格や思考の根源が変わっていないようでなによりだった。

 そして、相変わらずの菓子好きも。

 とにかく甘ければ嬉しいというアロイスと違い、イルミナートは舌が肥えている。安価な菓子も食べるが、他国の晩餐会で披露されるような菓子も食べている。

 その彼であっても、デルフィーナが生み出す菓子類には魅了されていた。――アロイスの計画通りに。


 幾種類もの菓子を一度に食べれば、必然的にデルフィーナの才を悟る。

 悟ってしまえば、彼女の才能を潰すことは絶対に避ける。


 結果、思惑どおりに事は運んだ。


 幸い、デルフィーナの反応も悪くなかった。

 イルミナートへの印象はおそらく、高貴な令息という以前に、「アロイスの甘味好きの友人」となった。

 帝国土産という想定外の登場があったものの、それすら良い方向に働いた。


 ありがたいことに、イルミナートの母である侯爵夫人も、侯爵家から嫁いだ姉である公爵令息夫人も、菓子好きだ。

 すでにコフィアでテイクアウトはご利用いただいている。

 席の予約でない以上、店に出入りするのは使用人だが、予約の希望は侯爵家からも来ていると把握している。


 いっそ、庇護者、支援者となってくれそうな高位貴族を集めて、店を貸し切り、茶会をするのもありだ。


 そういった茶会を開く場合、それぞれの貴族家の関係性を踏まえる必要があるため、派閥によって分ける等の配慮がいるが、デルフィーナは当然、アロイスもそこまで詳しくない。

 夫人方の関係はクラリッサに聞けば分かるし、紳士方の関係はドナートに聞けばいいが、子爵位では把握しきれない<隠された関係>も高位貴族にはあるため、万が一の失敗も許されない場合は、関係性に詳しい高位貴族への相談が必須。

 エスポスティ家はその成り立ちから、特別親しい高位貴族がいない。あえて作っていないともいえる。

 商人として偏りがあるのはまずいため、どの派閥の貴族でも同じ距離感でつきあってきた。

 今まではそれで不足がなかったが、デルフィーナの今後のためには誰か頼れる相手が必要だ。


 エスポスティ商会から切り離してロイスフィーナ商会を立ち上げたのは、このためではなかったが、エスポスティ家と区別する意味ではちょうどよかった。


 イルミナート自身は勿論のこと、イルミナートを通じて、侯爵夫人と公爵令息夫人のご高庇を賜れれば、茶会を開く時の招待客の選別も相談できる。

 アロイスが知らないだけで、菓子好き、料理好きの貴族は他にもいるはずで、そういった方々を紹介してもらうこともできるだろう。


 どちらも菓子だけで釣れる相手ではないが、イルミナートが願えば話は変わってくる。

 “稀人”であることを明かすかどうかはイルミナートが判断して、必要ならば打ち明ければいい。

 女性は争いごと、ひいては戦を敬遠する人の方が多いため、デルフィーナの希望も考慮してくれる可能性が高い。

 庇護を得られれば、デルフィーナの身も、彼女に関わる人々の身も、かなり安全となる。


 デルフィーナが計画している画集の献上までには、まだまだかかりそうだ。

 絵具は出来上がったが、画家達が納得いく作画の完成度には至っていない。

 画集に収める植物の選定も終わっていない――これはデルフィーナが派遣したチェルソから送られてくる植物が増えているためでもあるが。

 夏を過ぎて、秋頃に完成したら上出来といえる速度だ。


 そして、画集を献上したからといって、絶対に王家からの庇護がもらえるとは限らない。


 そうなれば、次の手を考えなければならず、次を考えたり実作しているうちに、また時間が経ってしまう。

 王家の庇護を得るという目標はいい。だがそれまでの間をどうするか。

 デルフィーナの計画には大きな抜けがあった。

 

 その抜けた点を、これでなんとか補えそうだ。


「イルミナート“様”にはもう少し、侯爵夫人にも利きそうな何かを、贈っておく方がいいかもねぇ」


 デルフィーナの庇護者を探し始めるまで、彼との縁を得がたいものだと思ったことはなかった。

 アロイスにとってイルミナートは、単純に、年下の同級生かつ気兼ねなく付き合える友人でしかなかったから。

 だが視点を変えてみれば、公爵家とのつながりがある次期侯爵という存在は中々おらず、友好的な関係をすでに築けている点で、かなり得がたい。


 確約はまだだが、確かな手応えはあった。

 このまま逃さず、絶対に捕まえる必要がある。


「もう少し、何か釣れるものがあるといいんだけどねぇ」


 手にした籠へ着実にベリーを積み重ねながら、アロイスはもうしばらく思考の海を漂うことにした。







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