100 学友2
魔法誓詞書を使うと、本当にどうにもならない。
イルミナートの立場からすると、将来的にデルフィーナの存在が目にとまった時、この国の太陽である方からのご下問を受ける可能性がある。
誓詞書で約したからと、答えないわけにはいかない状況になった時、どうなるか。
イルミナート、デルフィーナ、両者のことを考えた上で、アロイスは貴族としての宣誓を選ばせたのだ。
奏上するべき時にはしていい、むしろそれを求める場面があるかもしれない、と。
「そも、どうして“マレビト”であると宮廷に報告しない? すぐに王家の庇護が与えられるだろうに」
「それをこそ、デルフィーナは厭うているからねぇ」
「……なるほどな。軍事利用を避けたい腹か」
十を語らずとも通ずる、こういうところが互いに得がたい。
リエトの大叔父は、魔法に精通していたため、戦で使える固有魔法の割り出しを強いられたという。
宮廷魔法士の立場から否を言えなかった。だが、直接攻撃に使えるものではなく、伝達速度の向上や兵糧の運搬の向上等、後方支援となる能力ばかりを探し出していたようだ。
リエトは語らなかったが、後から彼の大叔父という人物について調べ、出てきた記録からわかったことだ。
アロイスはそっと微笑む。
「多分、あの子にはもっと違う知識もあるんだよねぇ。でも今のところ、生活をより良くする道具か、食べ物に絞ってる」
「発想力の豊かな者なら、異界の知恵がなくても作り出せるもの、か」
「そう。料理なんて、組み合わせでいくらでも進化するからねぇ」
デルフィーナは、言い逃れできるものしか作っていない。
東大陸の紅茶も、持ち帰ったブルーノが試行錯誤すればあの淹れ方にたどり着いた可能性はある。
料理も、イェルドに材料を与えて、さくさくしたものやふわふわしたものが食べたいとねだって、一緒に考えて作っていったら色々できた、と言えないこともない。
磁器も、工房がそれまで試作を繰り返していたからこそ完成に至った。
スプリングも、そのうち誰か思いついていたはずだ。デルフィーナの過去世で誰かが思いついて作り出していたからこそ、デルフィーナの知識にあったのだから。
どれもこれも、少し早くデルフィーナや周りの人間が思いついただけ、と言い張ろうと思えば言い張れる。
いずれも、“稀なる人”である左証にはならない。
ひどく油断だらけのデルフィーナでも、そういった自衛は、本能的にかおこなっていた。
戦に活かせる知識があるとなると、軍に、国に、目をつけられる。
目をつけられるだけならばいいが、自分のもたらした知識で人が死ぬのは嫌だ、とデルフィーナは考えている。そうアロイスは推察している。
エスポスティ商会がこの国でのし上がった根本は、武器商人としてだ。だから本来なら新たな武器を作って売り出すのは、おかしなことではない。
だがそれはデルフィーナの性格や考え方に一致しないのだろう。
嫌がることを強いれば、おそらくデルフィーナは一切“稀人”としての知識を出さなくなる。そこには料理も含まれる。
一か零か。デルフィーナはそういうタイプだ。
アロイス個人としては、武器よりも甘味の方がよほど重要だ。
デルフィーナ曰く、菓子はまだまだ作っていないものがある。
それを逃すなど言語道断。
デルフィーナの望みに沿って、保護をしつつ、知識を小出ししてもらうのが理想的。
軍事に活かせる知識をもたらさなくても、保護すべき存在だと王が判断すれば、デルフィーナとアロイスの懸念は除かれる。そのためには。
「デルフィーナは、無理強いすれば何も新しいものを作り出さなくなるからねぇ」
「だから、無理強いしない人間の庇護が必要だと?」
「新しいお菓子、食べたいでしょう?」
アロイスはにんまりと笑った。
途端、イルミナートはきゅぅっと眉根を寄せる。
これはどうにも逃げられない。むしろ近いところで、新たな物や料理を得られる立場にいた方が、先々良いように思う。
母と姉も、おそらくはそういう意図をもって、アロイスの元へ行けと言ったのだろう。
彼女たちは、単純に菓子がほしいための後押しだったが。
「ひとまず、<カフェテリア>コフィアに通うとしよう。まずは色々と食べてからだ」
「ここでこれだけ食べておいて?」
アロイスは首を傾げつつローテーブルを見下ろした。
まだまだ成長期の男子は、アフタヌーンティーセットをほぼ二人前、ぺろりと平らげている。その上でまだ食べると。
「種類はまだあるのだろう? それに、料理以外の物は食器しか見ていないからな」
「他の諸々も我が家でご覧になれますが、いかがなさいますか子爵様?」
にやりと笑ったアロイスに、イルミナートは鼻を鳴らしつつ口角をあげる。
「もちろん、全て見させていただこう」
「ご随意に」
立ち上がって紳士の礼をとったアロイスに、イルミナートもソファから背を離す。
その後二人は、使用人達の視線などものともせず、屋敷のあちらこちらへ出没しては話し込むのだった。
門を出て行く侯爵家の馬車を見送って、アロイスは一つ息を吐くと、その足で温室へと向かった。
ガラス造りの建物は、その扉を潜ると、途端に入った人をほわっとした温かさで包み込む。これが夏なら、むわりとした暑さで、心地悪く思うに違いない。
ただ今は冬の終わりだからか、茂る緑と温かさに、少しほっとした。
「あ、アロイス様」
魔法を使っていたのか、中央近くにいた少年がパッと顔を上げた。
「フィルミーノ。もうコフィアは店じまいしたのかい?」
今は夕刻で、いつもよりだいぶ早い。
不思議に思いつつ歩み寄ると、フィルミーノは首肯した。
「はい。今日は持ち帰り用の菓子が早くに売り切れてしまって。追加で幾らかは焼いたのですが、材料も足りない物があってあまり増やせなかったんです。なので、イートインのお客様への対応のみにして、テイクアウトの方は閉めたんです」
接客はリベリオとタツィオがいればほぼ回る。
最近はリーノも給仕として使えるようになってきたため、回転魔法を使わない時間は表のスタッフとして動いていた。
イェルドがいれば店内飲食の客の注文には対応できるため、料理人の枠にいるフィルミーノは、見習いと年齢のこともあって、先に帰されたのだ。
元々この屋敷で料理人見習いをしていたフィルミーノは、今もこの屋敷の使用人部屋に住んでいる。アロイスやデルフィーナと違って徒歩移動が基本なため、暗くなる前に帰されたのだろう。
夏と違って冬は暮れるのが早い。王都は雑多に人が集まるため、治安は良くも悪くもないのだ。逃げ足は鍛えているフィルミーノだが、安全面を考えて、独り歩きをするなら明るい時間のみ、ときつく言いつけられている。
日が暮れてからは基本的にタツィオと共に戻ってくるため、今夜のタツィオはどこかで飲んでくるかもしれない。彼は一応自衛ができるから。
「そっか。お疲れさま。ここでも魔法を使って、大丈夫かい?」
「はい。温室は暖炉と温水でいつも暖まっているので、あんまり魔法を使わなくて大丈夫なんです」
「へぇ。それはよかった」
温室を作るに当たって準備した暖めるための機能は、思った以上に効果があるらしい。
フィルミーノは店でも魔法を使っているため気になっていたが、そちらも問題なさそうだ。
その後少し雑談をしてから、フィルミーノは母屋の方へ戻っていった。
お読みいただきありがとうございます。
100話となりました。特にキリのいいところとかではないので単純に重ねて100になった感じですね。
のんびりペースでも続けていきたいと思います、この先もお付き合いいただけると幸いです。
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