10 コレクションと骨灰
昼食に誘われ、共に取ることに決めた三人は応接室へと腰を落ち着けた。
食事をしながら他愛ない話をして、デルフィーナが社会勉強のために新しく商会を作ることにしたのだ、と説明する。
「東大陸から入ってきた、紅茶というものを振る舞うお店を出す予定なんですの」
詳細は省いて、デルフィーナがこの工房へ求める物を伝えることを優先する。
「そのお店で使う器がほしいんです。色々と我儘を申し上げるかもしれませんが……」
うるさく注文を付けても大丈夫だろうか? とさり気なく伺うと、得心したようにフラヴィオは頷いていた。
「なるほど、それでわざわざこちらまで足を運んだというわけだね」
いくら工房長が縁戚とはいえ、子爵令嬢が王都から出て職人のところへやって来るなど珍しい。理由が分からずにいたフラヴィオはようやく理解できたと笑う。
「少し風変わりな物を作っていただくことになりますの。一応、参考になればと絵は描いてきましたわ」
決して上手くはないが、なんとか伝わる絵が描けたとは思う。
ただ、説明のための絵を完成させるのに、何枚も書き損じをだした。紙が高価ではなくて助かった。
食事を終えた三人は、フラヴィオと共に制作を請け負ってくれる陶器職人の元へ向かいながら話を続ける。
デルフィーナはアロイスに預けていた鞄から画帳を取り出すと、ティーカップとポットの絵を広げて見せた。
「これは?」
「ボウルに熱いお湯を注ぐと持つのに苦労するでしょう? ハンドルをつけたら持ちやすくなると思うのです」
「この部分に指をかけて持つ訳だね?」
「そうです」
ティーカップの持ち方はハンドルを摘まむのが本来だが、薄く軽い磁器でなければ難しいだろう。今はまだ陶器で作る分、重さは出てしまう。コーヒーカップを持つ要領で使う方向で作った方がいい。
「こちらは“キュウス”かな?」
「そうです、同じ目的で使います。東大陸でお茶を飲まれました?」
「うん、あちらでは日常で飲んでいるものだったからね。ただ、私が飲んだのは緑色をしていたから、紅茶というのは知らないな」
同じ東大陸でも行った地域が違うのだろう。
紅茶は発酵茶だから、緑茶より生産量が少ないのだろうか。その辺はまたブルーノにでも確認したいところだ。
「紅茶は緑茶と同じお茶の葉を発酵させたものなんです。淹れ方が少し違うので、ポットは急須より大きめにして、丸く作ってほしいんですの」
ジャンピングしやすい形にしたい。その方が低品質の茶葉でも美味しく淹れられる。
「“キュウス”なら持っているから、参考にしつつ作れると思うよ」
「本当ですか?!」
実物がなければ家から持ち出そうかと思っていた。コレクターでもあるフラヴィオは東大陸に行っていただけあって話が早い。
「急須より高さを出して、本体部分は球状に似た感じにしてほしいんです。ポットとカップはデザインを統一していただいて」
「ポット?」
「急須のことですわ」
ポットというと、壺や鉢を指すのだが、デルフィーナにとってポットはすなわちティーポットだ。ティーセットが広まれば、言葉も同時に普及していくことになるのだろう。
「紅茶を淹れるのに使う急須をティーポット、ハンドルを付けたボウルをティーカップと言います」
「ほう」
「本当は磁器がよかったのですが、まだ試作中とのことですから、陶器でなるべく軽めに作っていただければと思いますわ」
「オリジナルの磁器が作れるようになったら、これも作るよ」
フラヴィオはデルフィーナの希望に苦笑する。国内の原料で磁器が完成するのはいつになるかまだ目処すら立っていないのに気が早い。
「それと、カップを乗せるお皿、ソーサーも一緒に作ってほしいんですの」
「カップを乗せる?」
「受け皿です」
デルフィーナはカップを乗せた図の絵を見せる。
「なるほど、カップの糸底と同じ径のくぼみがある皿を作れば良いんだね?」
「そうです。こちらもデザインを統一してください」
「ああ。フォルムに加えて、皿とカップをセットで絵を施すのは良いね。デザインし甲斐がある」
「はい。絵師の腕が問われるところですわ」
ふふ、とデルフィーナは不敵に笑う。
エスポスティの工房なら一流の絵を施すだろう、と言外に要求していた。
ずっと傍で黙したまま二人の会話を聞いていた陶工も、これにはキラリと眼差しを強める。
「カップもポットも丸みのあるデザインですから、絵も合わせて柔らかい雰囲気にしたいんですの」
紅茶を飲んだときに気分が緩む、緊張が解けるような心地に添うデザインにしたい。
美しくても、目に優しくない強いカラーや雰囲気だと、見栄えはしても優しい空気感に繋がらない。
鑑賞しつつ会話をメインとした社交のためのティーセットならそれもありだが、デルフィーナが開く店はまず紅茶を広めるところからなので、お客様には“お茶を飲んでリラックスする”気持ちを味わってもらいたい。
リラックスを促すなら強すぎない雰囲気のティーセットを使いたかった。
「わかった。まずは形を作ってみるから、それで問題なければ絵付けに入ろう。無地で一度作ってみるから、焼き上がったら見に来てくれ」
「ええ。お願いします」
希望は伝えたので、形の詳細は職人任せで良いだろう。
デルフィーナにデザインの能力はない。普通の子爵令嬢だ、芸術作品に接して目が養われていたとしても、作り手のようなセンスの持ち合わせはない。
細かく指示を出すよりもお任せした方が良いものが出来上がる気がする。
「あ、それと。クリーマーも同じデザインで作ってください」
「クリーマー?」
「紅茶にミルクを入れることがあるので、ポットやカップと一緒にテーブルに乗せる、小さなミルクピッチャーのようなものがほしいのですわ。そのミルク入れをクリーマーと呼びます」
「ふむ。小さなミルクピッチャーか」
こちらは絵を描いてきていない。
「丈が低くて、カップと同じくらいか少し小さいサイズで、ポットと似たような丸みでハンドルがついていて」
「うぅん?」
「東大陸でお茶を飲まれたとき、急須から一度ピッチャーのような物にお茶を注ぎませんでした?」
東大陸で中国風のお茶を飲んだのなら、茶器に茶海があったはずだ。
フラヴィオがどんな形で飲んだか分からないが、磁器の工房へ行っていたならセットを見ているだろうとデルフィーナは聞いてみる。
「ああ、そういえば。“ユノミ”へ注ぐ前に別の器へ出していたな」
「それです。それの少し小さいサイズで作っていただきたいの」
フラヴィオの記憶にある茶海がどの形か分からないが、ピッチャーという参考があるのだからなんとかなるだろう。
こちらも職人に投げることにして、とにかくデザインだけ統一してもらうことにした。
同じ丸みを持たせて同じ絵を施せば、違和感はなくなるはずだ。
「とにかく全部作ってみよう。君の希望する形と違う物が出来上がるかもしれないから、試作を何度かするかもしれないよ」
「はい。それで構いません。お願いいたします」
デルフィーナは一歩前進だと、にこやかに笑った。
フラヴィオのコレクションは応接室にもあったが、茶器のセットや大きな鉢などは別室にあるとのことで、デルフィーナとアロイスは事務所の奥にあるコレクションルームへ案内された。
急須の確認がてら、コレクションを拝見する。
「わぁ……」
ずらりと並べられた磁器に、二人は言葉を呑んだ。
三方の壁を背にした棚の上へ並ぶ磁器の数々は壮観だ。皿などはよく見えるよう立たせてある。地震が少ない土地だからできる展示の仕方なのだろうが、観覧するには最適だ。
二人の様子にフラヴィオは満足そうに笑った。
半生を注いだ磁器、彼を魅了した磁器が賞賛されるのは、何より嬉しいことだろう。
東大陸はやはり、前世の世界での中国や日本に文化が近いようだ。コレクションからはシノワズリやジャポニズムを感じる。
東大陸のそれぞれの国名は違うだろうから、表現する言葉も前世とは違うのだろうが。
「――これは、見事なものですね」
アロイスがほうっと息を吐きながら呟く。
デルフィーナも無言で頷いた。
伊万里焼のような大きな壺は細かな彩色が見事だった。
セットになっている小さな皿は欠けることなく並び、金と赤の鮮やかな色が白地に映える。
青磁の細首の花瓶は、すらりとしたシルエットが優美だ。
蛍手の小ぶりな器は湯飲みなのかぐい呑みなのか。焼き物なのに透けているのは本当に不思議だ。
大皿も、鉢も、よくぞ割れずに運ばれてきたものだ。
異国情緒溢れるそれぞれに感嘆しつつ、デルフィーナは揃いの茶器の中にある急須へ歩み寄る。
小ぶりの急須は、ハンドル部分がカーブしていてティーポットの縮小版のような形だった。日本風のハンドルが真っ直ぐな筒状の急須ではない。
これを参考にするなら、デルフィーナの想像しているティーポットに近い物を作ってもらえるだろう。
残念ながら、セットに入っていた茶海は求めるクリーマーの形とはかなり違っていた。
「こちらの急須をもっと大きく、縦横の比率を縦の方が気持ち長くなるよう作ってくださいませ」
「ティーカップの大きさを考えると、注ぐ湯の量が増やせるように、ということかな?」
「そうですそうです」
高品質のお茶は同じリーフを使って五煎くらいは淹れられるが、ブルーノが持ち帰った紅茶にそれを求めるのは無理がある。ならば大きなポットで一度に多めに淹れた方が客へのサーブがしやすい。
香りの楽しみ方も、湯の使い方も茶葉の使い方も、東大陸風のこの茶器セットを使っての淹れ方とは全然違うものだ。
「クリーマーはぽってりとした形の、カップと同じくらいの大きさのピッチャーでお願いします。こちらの茶海はあまり参考になさいませんように」
「これは君の求める形と違うんだね?」
「はい、残念ながら」
苦笑して頷くデルフィーナに、フラヴィオも諾う。
その茶海を手に取って、彼は柔らかく表面を撫でた。
蓮のような花が描かれた白磁の茶器は、これでお茶を飲んだらさぞかし美味しいだろうと思わせる美しさがある。
使うことなく飾られているのが少し惜しい気もするが、使っていて欠けたり割ったりしたら直せないから、美術品として置いておくしかないのだろう。
東大陸に金継ぎの技法があるとしても、北大陸では出来ないことだ。
この茶器セットを模したものをフラヴィオが作ったら、それでお茶を淹れてあげたい。デルフィーナは珈琲が一番好きだが、お茶も好きだ。中国茶の淹れ方も知っている。
良い茶葉が手に入ったら、中国茶風の淹れ方で一緒に飲むのもいい。可能なら不発酵茶か半発酵茶がほしいところだ。
愛しげに茶器を撫でる従叔父の眼差しを見て、デルフィーナはそっと声をかけた。
「おじ様。磁器の材料ですが」
「うん?」
フラヴィオの手に添えるように茶海を支え持つ。
「骨灰はお試しになりました?」
「え?」
従叔父の瞳は、カルミネと同じヘーゼルだった。
それをじっと見つめて、囁くように告げる。
「牛がよろしいと思いますわ」
にこりと笑った後、茶海をフラヴィオの手から掠って元の展示位置へ戻す。
「私なら思い切って、三割は使いますわね」
踵を返したデルフィーナは、何故か厳しい顔をしているアロイスを促して、コレクションルームを出た。
ぼんやりしていたフラヴィオは、二人の動きにはっと我に返る。
慌てて後を追いかけたが、今のデルフィーナの声が耳の奥でこだましていた。
まるで一瞬の白昼夢を見せられたようだ。
七歳の少女の瞳が、なんだか違うものに映った。深みのあるブラウンが、使い込まれた家具のように時の長さを感じさせるなど、錯覚だろう。
コレクションルームから出たデルフィーナは、工房を見学していたときと変わらずちょっとませた雰囲気の、ただの元気な令嬢だ。
アロイスに笑いかけながら歩く姿は普通の少女で、フラヴィオはどうしてかホッとした。
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