表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トラギエーディヤと恋  作者: 鍋谷葵
出会いの夏
4/41

「ねえ! 嘘でしょ、杏子君! こんな美少女に、言い寄られて嫌だってどういうこと! 枯れているの!」


 先輩の笑みに顔を隠すことなく呆けて見惚れている僕にとって、椿さんの暴走は何ともなかった。僕の肩を掴んで、ブンブンと揺らしてきたが、頭が前後に揺れるだけで、視線は真っ直ぐと先輩を向いている。失礼な言葉も、蝉の鳴き声にかき消されてどうってことは無い。

 ただし、意識的に何ともないと言っても、身体的には辛い。乗り物酔いの様な、平衡感覚を失う気持ち悪さが、徐々に体を支配してきた。頭をめぐる血が遠心分離されているような気が遠くなる感触が、体の細胞全てに伝わり、僕の段々顔色が悪くなって行くような画が脳を過ぎった。どうやら、その画は実際に起きいるようだ。しばらく微笑みながら、椿さんの暴走を眺めていた先輩は、顔色が悪くなっていく僕とそれを知らずに涙目で揺さぶる彼女を見てられなくなったようで、再び暴走する乙女の脳天に軽いチョップを入れた。


「何するのよ、桔梗!」


 すると、椿さんの暴走は止まった。相変わらず、僕の肩を掴んだままだけれど。そして、彼女は不満げに頬を膨らませながら背後を振り向いた。その表情は、とても可愛らしい。

 だけど、先輩。可愛らしい表情している動物ほど怖いものはいません。あんなに可愛らしいハムスターですら、野生種はどう猛なんですから。だから、肩を震わせて吹き出さないように、堪えて微笑んでいないで、椿さんに何かガツンと言って下さい。今後の僕の純潔に、関わることなんですから。


「ほら、椿。杏子が可哀そうよ。いくら貴女の好意が届かないからって、それを八つ当たりみたいな行動で示しちゃダメ」


「あう!」


 心の中で僕が願ったように、先輩は椿さんの額にデコピンをしながらそう言った。うるさい蝉の鳴き声の中でも響く、良い音だ。これを喰らった椿さんは、情けない声を出すと、僕の肩から手を離し、打たれた額を押さえながら、とても可愛らしい唸りを上げながら、しゃがみこんだ。

 未だに膨れ、額に十円玉くらいの大きさ赤い痕を作ったであろう椿さんは、まだまだ元気なようだ。彼女は、子供っぽく顔を上げ、額の赤を青々とした夏の空に見せると、ビシッと僕に向かって指を指した。


「でも、あれだけやっても何にも反応しないのもダメでしょ! 甲斐性が無さすぎじゃない!」


 失礼だ。とてつもなく、失礼だ。本当に、反省して欲しい。

 大体、僕だって椿さんじゃなくて、先輩にあんな熱っぽいことをされたのなら、それらはもう痛々しい程反応しますよ。甲斐性が無い訳じゃ、無いんです。ただ、純粋何だけです。誰彼かまわずに、尻尾を振る訳じゃ無いだけです。

 ねえ、先輩もそう思いますよね?


「確かに、乙女の純情を弄んだのは杏子の方かもしれないわね。椿の言う通り、枯れているのかもしれないわ。それとも、アッチの人?」


 期待の疑問符とは裏腹に、先輩は椿さんの発言を顎に手を当てながら、八分目の肯定を難しそうに、眉に皺を寄せながら示した。

 『裏切られた』と、一つの嘆息を僕は、胸中で吐いた。あの熱を帯びて赤くなっていた顔も、すっかり冷めてしまった。今は夏の暑さだけが、僕の顔を熱くさせる。けれど、先輩は微妙な肯定の一言で済ませれば良いものを、その後には色々と問題がある上に、椿さんの失礼をも上回るような言葉を首をかしげながら、普段の冷たい印象を抱くキリッとした声からは考えられないほど、間の抜けた可愛らしい声と表情で僕に投げかけた。これに、少しドキッと胸の高鳴りを感じた。顔に一瞬、熱が集まりかけた。

 でも、言いたいことは言わなければならない。


「違いますよ、先輩。それに、話題がデリケートです。あと、僕がソッチの人だったら、椿さんとなんて論外です。陽太と付き合いますよ」


「フラれた! まだ、何にもしてないのに!」


 全く面倒くさい人だ。そう、声を荒げないで。別に、貴女は魅力的ですし、僕の頑強で崩すことの出来ない恋の塔を傾かせかけた人なんだから、後は努力です。だから、そんな糾弾するような涙目で、僕を睨まないでください。

 それに、先輩も肩を震わせて、顔をそむけないでください。確かに椿さんの様を見て笑えるのは、分かりますけど。けれどもし、笑いを堪える先輩の姿が椿さんの目に映ったら、怠いやり取りを交わさなきゃならなくなるので、是非止めて欲しい。

 ユーモアは胸の内で秘めておいてください。とりあえず僕は、椿さんを落ち着かせますから。ですから、その間に先輩は、発露するユーモアを何とかしておいてくださいね。

 問題の張本人を目の前にして口では言えないけれど、僕は先輩に勧告の視線を送った。そして、しゃがみこむ椿さんと同じように、しゃがんで視線を合わせた。彼女の視線は、僕の動きに追従するように下へと下がって行った。


「フってませんし、そもそも真に迫った告白を貴女は僕にしていません。だから、もう少し、違った方法で僕を振り向かせて見てください椿さん。もしかしたら、何か強烈なきっかけがあったら、僕は貴女に振り向くかもしれませんから」


 見つめる椿さんの視線に僕は、昔、榊に教えてもらった行動を実践に移した。彼女の潤い過ぎる瞳に微笑みながら、極力優しい声色で声を掛けるっていうことを。榊は、これで大体の女子は落ちるって言っていたから、大丈夫だろう。あの榊が、言っているんだから間違いない。いや、でも、榊か……。

 実践した後の僕の脳裏には、悪戯っぽく微笑む榊が居た。何か不穏だ。そして、目の前には、あからさまに視線をまばらに動揺し、頬を赤く染めた椿さんが、口を半開きにしていた。

 うん、こうも間近で、この少しだけ残念な人を見ると美人だっていうことが、はっきりと分かる。長いまつげに、高い鼻、白い肌、こげ茶色の瞳、全部が均等で整っている。一対一こそが、美しさの基準なのかもしれない。身長も僕より、拳一つ小さいくらいだし……。

 いつの間にか、僕は、じっくりと椿さんの顔を凝視してしまったらしい。椿さんは、あたふたと手を動かして、視線から逃れようとする。それに、ようやく僕は不躾なことをしてしまっていたことに気付いた。そして、僕は咳払いを一つ、瞬きを一つすると立ち上がった。後ろで纏めている髪が、ふわりと舞った。


「そんなことを女の子に言う? 普通は男子が、積極的に来るものじゃないの? それに女の子に、ここまで言わせて何もないっていうのは、どういうことなの?」


 捨てられた子犬の様な目で、立ち上がった僕を見上げると、上ずった声で僕に疑問詞を投げ付けた。


「僕にも椿さんと同じように、好きな人が居るってことです。でも、貴女と違って僕は、好きな人を目の前にして大胆な行動が取れない。じれったく見ることしかできないんです。物事に対する一つの蹴りが、ついて無いんです。だから、貴女の手を取ることが出来ない。それだけです」


「そう……。ふふ、杏子君にも中々男らしい所があるのね」

 

 椿さんの言うことは、確かにもっともだ。普通というか例外もあるけど、男女間で関係を築きたい者であるならば大抵は、男の方から告白するのだから彼女の言うことは、何ら間違いが無い。小説やアニメやマンガみたいに、都合よく女性が告白してくることなんてほとんどない気がする。僕自身、本物の告白を見たことが無いから、正確には分からないけど。

 ただし、それは両者の間で、恋が出来ている場合だけだ。僕と椿さんみたいな一方的な恋じゃ駄目なんだ。それに、僕は、まだ一つも恋を成就させていない。だから、この恋が終わるまでは、どうか一つの恋に執着させてほしい。独りよがりな恋かも知れないけれど。

 立つ上がって目を摩り、少し、寂しげに笑いながらも、上ずることなく巧みに言葉を紡ぐ椿さんを見て僕は、何とも言えない気分となった。遠まわしの愛のやり取りは、僕には沁みすぎるようだ。


「それじゃあ、ここでこんな色恋沙汰の話は止めましょ! 私が、杏子君をここに呼んだのは、貴方に愛を伝える訳じゃ無いんですもの」


 感傷的な気分の僕とは違って、椿さんは場を持ち直す様に、掌を二回打ち鳴らした。そして、明るい元気な声は、生徒副会長を思わせた。本当だったら僕よりも、傷付きたい彼女が、元気にしている、それなら、僕の感傷的な気分はここで打ち切りだ。微笑もう。

 話題は仕切り直しだ。


「ねえ、椿、杏子。私を忘れてないかしら?」


「忘れてないですよ、先輩」


「ホントかしら?」


「本当よ。私たちが、白銀の姫を忘れる訳じゃ無いでしょ」


 そう言えば、先輩、居ましたね。

 先輩は、冷酷と取れる冷め切った表情で、たわわな二つのふくらみを組んだ腕の上に乗せ、僕を一身に見つめていた。つまらなそうな口ぶりは、この猛暑を忘れさせる。赤い瞳には、黒い感情が渦巻いて、光が見えなかった。そして、何かに怒っているようだ。椿さんと同じくらい身長と細さなのにもかかわらず、どうしてか、出で立ちは仁王の様に力強く、大きく感じられた。胸部は、現実として大きいが、それ以外も大きく見える。


「ふふ、そう」


 邪悪と冷酷を兼ね備えた不敵な笑みを浮かべる先輩に、僕と椿さんは苦笑いを浮かべるばかりであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 直射日光から逃れるため、そして椿さんが、僕を呼び出した要件を済ませるために、僕らは旧校舎へ、錆びかけている蝶番が軋む耳障りな音を鳴らす、立てつけの悪い扉を開け、入った。遠目で見ると綺麗な金属細工が施されたドアノブは彼女が回した。立てつけが悪く、扉を開くのに力が要ろうとも、椿さんのほっそりとした長い指が連なる健康的な手は、力強く扉を開けた。

 そんな中は、照明が点いておらず、加えて辺りは竹林だの塀だのに、囲まれているため僅かに差し込む日光だけが明かりとなっていて薄暗かった。加えて、夏の暑さを忘れさせるくらい涼しかった。冷房も無しにここまで涼しくなるのだったら、万々歳だ。省エネだ。環境に優しい。

涼しさをもたらしてくれた椿さんも、一息つけるこの気温に安らいでる。僕と先輩も同じだ。彼女は、ふうっと溜息を吐くと、僕と先輩の方に身体を向けて、わざとらしく額の汗を拭う仕草をした。


「はあ、二人が来る前に、全部の窓を開けたかいがあったわね。おかげで涼しいわ。まあ、やぶ蚊が入ってくるのが、難点だけど」


 褒めて欲しいのだろうか椿さんは、僕をチラチラと見てくる。これが、椿さんなりの振り向かせ方らしい。奥ゆかしくて、可愛らしくていいと思いますよ。

 でも、それは隣の先輩の機嫌が良ければの話ですけどね。


「蚊取り線香を焚けばいいじゃない? それと、今は別に杏子を見る必要は無いわよ」


 先輩は、人差し指を椿さんの眉間にビシッと向けてながら不機嫌を示す、無の面持ちで、僕に向けられた視線を指摘した。全てお見通しということを指し示したかったらしい。

 ただ、残念なことに椿さんの視線の動きは、あからさまなモノだったから、特別な目が無くても見抜ける。そんなに勝ち誇った口調で言うことじゃない。二年生の主席と次席の頭の調子が、こんなので大丈夫なのか?

 どっちも残念だ。けれど、恋の補正か、先輩の当たり前を指し示す姿は、美しい。僕は、先輩に麗しの名探偵、そんな体裁を感じた。


「何で分かるのよ!」


「女の勘ってやつかしら? 意外とわかるのよ。同性の動きも、異性の動きも、全部。得に視線なんて、一番分かるのよ。ふふふ」


 椿さんは、自分の表情が僕にしか見られていないと思ったのか、先輩の推理を聞くと、返すように指を指してあからさまに、それも少しだけ不機嫌そうに叫んだ。やっぱり、騒がしい人。

 想像以上の反応を受けたらしい名探偵は、さっきまでの不機嫌な面持ちから打って変わって、頬を緩め、顎先に手を当てながら微笑んでいる。椿さんをいじることに先輩は、どれだけの娯楽を覚えてるんですかね。


「貴女、マジシャンに向いてるわよ……」


 微笑む先輩に椿さんは、うなだれながらボソッと皮肉げに呟いた。外であれば、蝉の鳴き声にかき消されて聞こえなかったかもしれないけど、今は可能の呟きは、はっきりと聞こえる。

 こそこそした皮肉に、先輩はムッとするのかと僕は、思った。先輩は、曖昧なものをあまり好かないから、『はっきり言って』とかそんな言葉を投げかけるばかりかと思ったが、どうやら違うらしい。それはきっと、先輩と椿さんの仲が、良いからだ。でなければ、多分、先輩は冷たい態度を取っていたはず。僕の不躾な予想に、過ぎないけど。

 先輩は、ほんのりと頬を赤らめた。暑さのためじゃなくて、照れのためにだ。この人は、誰かに褒められるとすぐに頬を赤らめる。


「そうかしら」


 そして、視線を椿さんから逸らすと照れ臭そうな声で、可愛らしく呟いた。


「何で、まんざらでも無い顔をしてるのよ! 皮肉で言ったのに!」


「そうなの? 椿のことだから、本気で私のことを褒めたと思ったのに」


「桔梗の頭の中で、私ってどんな人なのよ?」


「頭の中、お花畑の極楽とんぼ」


「何ですって!?」


 ただ、先輩の可愛らしさはそこで終わった。後に残るのは、椿さんをいじるサディスティックな精神だけだ。それに、椿さんは、先輩の精神に引っかかってくれる。見事な反応を見せてくれる椿さんを先輩は、思う存分楽しむ。

 だから、しばらく僕が好きなこの旧校舎の内装を眺めていよう。BGMは、先輩と椿さんの言葉の応酬で。

 春もっとも、春からここに入り浸っている僕からしたら、この洋館造りの旧校舎は、特別目新しいものは無い。正面から見て左右に廊下が伸び、左右それぞれの北方向に旧教室が二つずつある。また、僕の視線の前には、幅の広いブラウンな木製の階段があり、踊り場には、古ぼけた誰かが描いた秋の信濃川の油絵が飾ってある。そんなを上った二階には、古暮貌とその家族、苧環昇が住まいとして使っていた洋室が左側に、彼らの蔵書が仕舞い込まれた書庫が右側に、中央には書斎であり、その後は校長室、そのまた後には僕と先輩二人だけの文芸部部室として使われてきている上等で良い部屋がある。

 落ち着いた古めかしい建物は、僕から普段の生活を忘れさせ、リラックスさせてくれる。内装もそうだ。正面玄関に、吊るされているシックなチューリップみたいな白いランプシェードが四つ、ついた可愛らしい電燈シャンデリア。鳥やツタ、花などの彫刻が施された、高級感あふれる黒い木製の大きな振り子時計。所々にヒビが入った、過ぎて行った時代を感じさせる白塗りの壁。古ぼけたニス塗の黒々とした木の床。

 今も使われていることだけあって、これら全て、そこそこ綺麗だ。骨董市に出したら、そこそこの値段で買い手がつくと思われるほどには、綺麗に手入れがされている。いい加減な用務員さんも、ここに来るまでの道を整備しなくても、この内装は整備するくらいだ。それくらい、人を魅了する力がこの旧校舎にはある。もちろん、僕も魅了されている一人だ。

 そんな美しさに、僕は腕を組んで浸っていた。どうやら、BGMも止まったようだ。


「まったく桔梗が私に対して、どれだけ失礼なことを思ってたかを知れたから、もう良いわ」


 先輩との言い合いに疲れたのか、嘆息をつくと、椿さんは、会話をやめた。何やら、腰に手を当て、胸を張って、先輩は勝ち誇った顔をしている。

 何がとは、言わないけど大きい。ついつい視線が、動いてしまう。

 おや、何ですか先輩?

 別に見てませんよ。だから、その妙に傷付く視線をやめて下さい。どうか、光を瞳に灯して下さい。怖いですよ。綺麗な人ほど、そういう視線は尖ってるんですから。

 けれど、そんな僕の懇願も虚しく先輩は、視線を変えることは、無かった。その代わりに、唇をゆっくりと動かした。とても、僕には唇を読むことは出来ない。ただ、愛する先輩が何かを伝えようとしているのだから、頑張ってみる。好きな人との交流は、少しでも作っておきたい。もしも、この恋が果てた時に後悔しないために。

 相変わらず冷たい視線で、先輩が見つめる中、僕は先輩の口の動きを目を凝らしてジッと見た。そして、その動きの通り、言葉を紡いでみた。動きを模倣する、これが今、僕にできる唯一の読唇術だ。


「ばか、へ、ん、た、い?」


 響きなど意識せずに、発した言葉は、先輩が確かに僕の視線を感じ取ったものだった。どうやら、先輩の慧眼は、本物だったらしい。


 疑ってすいませんでした。


 僕は、口だけを動かし、声を発することなく先輩に謝った。読唇術が使えるのか、先輩は僕の口パクの謝罪を見ると、満足気に笑った。

 顔が熱くなった。きっと、僕の顔は、赤いはずだ。僕の恋心は、こんなうっとりとする笑みに耐えられるわけが無い。暗さのおかげで、妖しく先輩の赤い瞳が強調される。まるで、ゴルゴーンにでも見られるみたいに。


「ねえ、二人とも聞いてるのかしら?」


 先輩に見惚れていると、椿さんが腕を組みながら声を掛けてきた。いや、掛けて来たというか、さっきからずっと今後やることを説明していたのだから、確認の問いかけと言った方が正しい。

 僕は、ちなみに一切聞いていなかった。多分、それは先輩も同じ。でも、ここで聞いていないと正直に言うと、ハイテンション椿さんとの会話を交わさなければならない。それだけは避けたい。何せ、部活動の時間は限られているのだから。少しでも、先輩と二人きりになりたい。椿さんが、僕と一緒に居たい様に。だから、取り繕うための言葉を発そうとした。けれど、何か算段があるのか、桜色の潤っている唇に人差し指を当て、微笑んだ。

 そして、唇から指を離して椿さんの方を向くと、堂々と語った。


「ええ、聞いてるわよ椿。生徒会から頼まれた、書庫整理の仕事を手伝ってほしいっていうことでしょ。分かってるわよ。ねえ、杏子?」


「え、ええ」


 呆気を取られた。そのせいで、言葉もままならない。もしかしたら先輩は、聖徳太子みたいな人なのかもしれない。

 ただ、呆気にとられる僕の手を先輩は、取って書庫へと走り出そうとした。でも、大切なことを忘れている。それは、椿さんの対応じゃない。


「桔梗。靴をスリッパに履き替えてから上がって頂戴。汚しちゃいけないことは、貴女が一番知ってるでしょ?」


「分かってるわよ」


 本当は分かっていなかった先輩は、不機嫌そうな声を発すると、僕の手を離し、頬を膨らませると荒々しい手つきで靴を脱いで、床上に置かれたプラスチックの箱入れられたスリッパを取り出して、履き替えた。

 履き替えた先輩は、玄関から上がると、腕を組みながら僕と椿さん方を向いて強気な言葉で声を掛けた。


「さあ、行くわよ二人とも」


 それに、椿さんは呆れたようにやれやれと首を横に振った。


「どの口で言ってるのかしらね」


「さあ、僕にも分かりません。椿さんも先輩も」


 やっぱり、二人は残念だ。

ご覧いただきありがとうございます。

もし、この作品を良いと思った方は広告下の☆マークを押して頂けると作者としては嬉しい限りです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ