2
徐々にその暑さを高めてくる日差しと同じように、時間は流れて行った。朝は怠さに溢れていた教室と校内だったけれど、二時間目、三時間目と時が流れるにつれて普段の活気を取戻し、みなぎる高校生の生活を学校中に満たしていった。
「起立! 礼!」
今日の授業中一回も居眠りをしなかった、黒髪三つ編み黒縁眼鏡の古き良き日本の三点セットの真面目な委員長が、ハキハキとメリハリのある声で本日最後の号令を掛けた。誰よりも深く礼をして、フレンドリーに接してきてくれる若い男の現代文の先生にも、感謝の意を示す凛とした姿は、皆から委員長と呼ばれるだけのことはある。そんな真面目な彼女は、全てが謙虚で、全部が慎ましい出で立ちで、僕を含めたクラスメイトたちが立ったまま、号令の残響の中で各々まばらな行動を取る中、一人だけ席に着いて、静かに机の中の教科書をこれまたキッチリとしたブラウンの学生鞄の中に入れ始めた。遠目で見てるからだけかもしれないけど、教科書とかノートが折れてない。綺麗だ。
規律のある光景だけど、僕は普段、こんなことは気にしない。普段だったら、委員長に目は行かずにだらだらと榊と雑談をしたりする。
だから、こんな日常の光景を僕が目で追っているってことは、僕の集中力はとうの昔に切れていたってことだ。何せ、二時間目からずっと小説を読んでいたんだから。もっとも、委員長を見ると生活を見習った方が良いって思う。何だか、申し訳ない気がするからね。いや、独善的だな。あんまり良くない。
ちなみに、僕の目の前で座る陽太は一時間目と二時間目の間に起きったきり、午前中の授業は全部すやすやと寝ていた。そして、昼休みはびっくりするくらい大きな弁当を食べ終えると、清々しい昼食後の休眠を取り始めた。そうなれば、午後の授業など起きるはずも無く、午後の授業も全部寝ていた。計六時間の睡眠は、この後の灼熱の部活に活かされるんだろう。倒れないように、頑張ってほしい。それと、僕が言えた義理じゃないけど授業をまともに受けて欲しい。毎度毎度、テストギリギリになって僕と榊に赤点回避を頼み込む姿は、情けないからね。それに、僕らもあんまり頭が良くないから結構テスト勉強しなきゃならないんだからさ。
そんなのは後の祭りだからどうだって良いさ。なんたって陽太は、まともに授業を受けてないんだから。間違いなく僕と榊は、次のテストで陽太の勉強を見るんだからさ。前途多難だよ。
「よっし! つまらない授業も終わった! 何もしてないけど、なんか疲れた!」
そんな陽太は、未来を憂うことなく今を謳歌する。
毅然とした委員長の号令とは裏腹に、だらだらとした礼を陽太は、終えると体をグッと上に伸ばして、教室中に響き渡る溌剌とした声を上げた。伸び終え、クラスメイトの視線が全て、陽太に注がれると、机の脇に掛かっていた、黒地に白い文字で校名が大々的に書かれた部活動のリュックを勢いよく肩に掛けて、中身がすっからかんの学生鞄を軽々しく片手に持った。
清々しい活発さは、ひと時僕の心に陰った呆れを呆れの向こう側まで追いやった。もっとも、呆れを抱いたのは僕だけなようで他のクラスメイト達は、初めっから向こう側に居て、陽太の行動を笑っていた。
「部活行くか!」
もちろん、続く快活な言葉を呆れる人はいなかった。皆がみんな、陽太の言葉を愉快な歓声でもって受け入れる。校内でも有力なサッカー部のエースの大声は、誰からも愛される。中には、火照った熱っぽい視線を送っている女子も居る。それは、分かることだ。何せ、陽太は客観的に見れば顔が良いのだから。それに加えて、性格も優しくて、背が高くて、運動ができるのだから。だからこそ、陽太は僕なんかじゃ一生集められない甘美な視線を集めているんだ。僕は、そんな視線を欲しいと思わないけどね。
ただ、いくら僕の隣で陽太を見る無垢な愛の視線に勝るものは無い。一人の女性の愛を受けている方が、よっぽど幸せだと僕は思う。驕ることが無いし、百人分の密度の小さい恋より、一人の詰まっている愛の方が大切だ。
「頑張ってね、陽太」
だから、誰にも見せない様な屈託のない笑みを浮かべる榊を大事にしてほしいと思う。背丈が自分よりも、頭二つ分高い陽太を優しく見上げる彼女を。
「もちろん、頑張るさ。今週の日曜日の練習試合で、チームの皆に俺の良いとこ見せてカッコつけないといけないからな!」
そんな陽太は、恋に気付かず、今を謳歌する。
本当に、どうして、こいつは人の純情が分からないんだ?
でも、榊は満足そうな顔をして微笑んでいる。丸っきり気にしていない。
それなら、僕も変な下世話を置いて、陽太の今を榊と同じように応援しよう。それが、彼女のための一番の応援だから。
「頑張ってこいよ、陽太」
「おうよ! そんじゃあ、姉ちゃんと先輩さんによろしく頼むよ!」
「分かってるさ」
敬礼するかのように額に手を当てて陽太は、明るい声で僕と榊に別れを告げた。そして、そそくさと慌ただしく、部活動が行われるグラウンドへと走って行った。夏の日差しが燦々と降り注ぐ、乾ききったグラウンドへと。
台風の目が過ぎ去り、僕らは微笑みの内に立ち尽くした。話題の中心が居なくなると、こうも雰囲気が寂しくなるのか。新しい発見だ。
けれど、そんな寂しさは別に僕らの心を白けさせるものではない。それはあくまで、僕らを新しい行動に移させる動機に過ぎないのだから。
「それじゃあ、僕はこれから部活に行くよ」
机の脇に掛かっているあんまり教科書の入っていない軽い学生鞄を手に取って、僕は未だ余韻に浸り、優しく初々しい笑みを浮かべる榊に、そう言った。
ただ、僕の声を聞くや否や榊の表情はがらりと変わり、普段通りの少し尖った少女の素っ気ない面持ちになった。まあ、耳がほんのり赤くなってるってことだから、単に僕に初々しいえ笑みを見られて恥ずかしくなった。それで、僕にはわざと素っ気ない表情と態度を見せるんだろう。
この予想が違ったら、僕は悲しい。だから、僕は榊を予想でからかったりしない。自分が、傷つきたく無いからね。この世には知らなくていいものだってある。
「そう? じゃあ、私も部活に行くわ。そろそろコンクールに向けて、作品を作り終えなきゃならないしね。でも、美術室のクーラー効きが悪いから嫌なのよね。まあ、良いわ。それじゃあね、あんこ」
誰に弁明しているのか分からない意味不明な言い訳を心の中で紡いでいる僕とは異なり、榊はさっぱりと自分の用件を黒い瞳で、僕の赤い瞳を見ながら愚痴と共に伝えた。そして、言いたいことを全部言い終えると、自分の机に掛かる教科書が入った重めの学生鞄を持って、スカートをふわりとひるがえしながら、やっぱり素っ気なく僕の前を去って行った。
どうして、僕の名前を間違えるんだろう……。
まあ、いいや。時間が惜しい。
さっさと、先輩の所へ出向こう。
そして、心の底から僕が恋する白銀の姫様が待つ部室へ行こう。例えそこが、息がつまるくらい暑かろうと僕にとってはオアシスなのだから。
鞄を持って、軽い足取りで、僕は教室を出た。
廊下は、冷房の利いている教室内とは異なりじっとりとした暑さが立ち込めていた。それに拍車を掛けるように、僕の目の前を健康的な小麦色の肌とユニフォームの白を目立たせる丸刈り坊主の幾人もの筋肉質で、身長百八十の陽太に引けを取らないほど高身長の野球部たちが、野球道具が入っているであろう汚れた重そうなショルダーバックを担ぎながら、土の匂いを薄らと感じられる汗の香りをまき散らして走り去っていた。
彼らの勢いは余って、僕の長い髪をぱらりとなびかせた。そして、彼らのおかげで遮られていた久々の夏の陽光が、僕の身を照らした。自分でも驚くほど黒いなびくカラスの様な髪は、陽にあたると青っぽい光を僕の目に差し込ませた。
「暑ッ……」
眩しい光に目が細めた。けれど、そんな光よりも僕にとっては、暑さの方がよっぽど効いた。
汗が垂れた。
でも、時間は待ってくれない。なら、僕は足取り軽く、どうしようもないこの暑さを諦めて、熱気が立ち込める旧校舎へと行こう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
旧校舎は、新校舎の正面玄関を出てグラウンドや屋外プール、駐輪場へと向かう真新しいコンクリート敷きの道とは反対方向の新校舎の左半分に沿った細い道を歩いて行くと現れる。場所としては僕らが現在使っている校舎の裏に当たる。もっとも、そこへ向かうための道は新校舎の影に隠れ、日当たりが良くなく、加えて旧校舎自体を利用する人が限られているため、石敷きは苔むし、随所から雑草が青々と伸びている。そして、細道とコンクリートの外壁との間に立ち並ぶ常緑の灌木が、余計に細道の薄暗さと湿っぽさを強調させている。人通りの無い山間の小道みたいだ。
気が滅入るようなこの薄暗さは、暮れの秋だとか、冬だとかの季節には良くない。新潟県の秋と冬は、限りなく晴れの陽が少ないのだから。けれど、今みたいな真夏の時に関しては最高だ。少し傾きかけているように見える日でも、まだまだ燦々とした日光を放っているのだから。そんな気力を奪う日差しから、少しでも身を防げるというのなら万々歳である。
そんな、ほんの少しだけ涼しい小道を僕は、暑さにやられてちょっとだけ重くなった足取りで歩んで行く。意外と長い道だ。だけど、木陰がいろんな模様を見せてくれていて飽きることは無い。ただ、蝉の鳴き声がうるさすぎることが、この道の嫌なところだ。夏の風物詩というには、蝉は騒がし過ぎる。もうちょっと静かな鳴き声であれば、風物詩だなんていう言葉が似合うと思う。風鈴みたいに、綺麗な音色を鳴らしてくれれば良いのに。でも、音を散らす花火も夏の風物詩か……。
そうなると、蝉に玉虫の様な極彩色があればいい感じの風物詩になるのか? 花火にしろ玉虫にしろ、色があるから綺麗なんだし。いや、こんなのは僕の偏った見方だな。蝉にだって良い所くらいあるだろうからね。全部の生物、どこかに美しい点は存在する。例え姿形が醜悪だったとしても、綺麗な心を持っている者も居るんだから。もっとも、顔が醜くて、心も醜い者も居ることも忘れちゃいけないが。けれど、人間以外の生物に限れば、醜い心なんてないから美しいだけなんだろうな。
中二病めいた取り留めの無い言葉を頭の中に思い浮かべながら、僕は確かな足取りで歩いた。何だか頭の中は、ふわふわとしている。水不足か、それとも冷房の効いた部屋から急激な暑さを喰らったせいか、一体なんだか分からないけど、頭の中だけは何だか夏の倦怠に塗れている。
ぼんやりとした中、道のりも気にせずに歩いているといつの間にか夏の陽光が照らす中に出ていた。木陰の中を歩いていた僕の目には、かなり眩しい。
「暑い……」
眩しさと倦怠にやられている頭でも暑さだけは、痛烈に感じられるらしい。僕の口からは、考えも無しに気だるげな猛暑に対する弱音が吐かれた。でも、未舗装の土の地面だから、コンクリートで舗装されている校舎よりもほんの少しだけまだマシだ。それに、目の前でひっそりと鎮座する黒い屋根と、年代を感じさせるクリーム色の外壁で洋館造りの旧校舎は木造で、鉄筋コンクリート造りの新校舎が感じさせる切迫した暑苦しさを感じさせない。
それに、今の校舎と違って風情がある。それも当然、何せ、一世紀前に第一次ロシア革命から逃れ、日本に移住したロシア人貴族が住居として作ったのが、この旧校舎の始まりなのだから。そして、貴族の死後、その息子の当時は全く売れなかった、小説家の古暮貌と妻とが、食い繋ぐために外国語を教える私塾を開き、また住まいを兼ねて使用した。ちなみに僕が授業中に読んでいた本は、この小説家の代表作『阿吽』だ。後世に残る小説を書いたけれど、発表当時は売れなかったのは僕の主観的に残念だ。もっと長生きしていれば、名作を書けただろうに。あまりにも、若くしてい死んでしまったのは、惜し過ぎる。まあ、過去は変えられない。代わりに遺志を継いだ者が、居るのだから別に良いんだ。確固たる創作の遺志を継いだのは、この小説家の弟子、苧環昇だ。彼は、当時書生としてここへ住み込んでおり、若き書生時代に、この新潟の地で書き上げた早熟の名作『陽炎』にて、華々しいデビューを飾った。その後に、名作を連続的に発表して文豪となる。そして、惜しくも早死にした小説家の代理として残されたその家族と共に、創作の他の意志も継ぐようにして、先生として私塾を、家族として住居を受け継いだ。もっとも、残された奥さんと彼は婚約の中にはならなかったらしい。そして、第二次世界大戦末期の大空襲の被害を奇跡的に受けなかった洋館は、持病持ちだった奥さんが他界し、古暮貌の一人娘が成人して独り立ちした後、苧環昇が、県の教育機関に貸し、校舎として昭和四十年ごろまで使い続けられた。
それと旧校舎の裏には苧環昇が師匠から預かったとされる庭があるけど、手入れは微塵もされず、今はどこからかもたらされた竹と雑木により藪となっている。けれども、そこがまた良い。もののあわれと、色々な歴史を感じられるから。
「先輩、居るかな?」
何より、ここに来れば先輩と会える。僕の想う先輩が居る。例え、旧校舎に冷房が無くとも想い人と会えるのなら暑さなんて、何のそのだ。
「杏子くーん!」
ただ、その人に会うためには、まず面倒な用事を済まさなきゃならない。
洋館の玄関のガラス張りの扉を壊れるんじゃないかと思うほどの音を立てて勢いよく開けると、栗色の長い髪をなびかせながら、端正な顔がより引き立つ満面の笑みを浮かべながら、スカートをたなびかせながら、ほっそりとしながらも女性らしい肉付きの良い眩しい白い足を憂いなく動かしながら、あの人は刺激的な半袖で走ってくる。暑さなど忘れて、熱狂的に走ってくる。どうしてあの人は、あんなに元気なんだろう? この暑さで、どうして走ってられるんだろう? そんな疑問が浮かぶほどあの人は、溌剌と近づいて来る。
「うっ!」
そして、その勢いのままに、僕の首に素肌を露わにする腕をまわして恥ずかしげも無く抱きついてきた。
僕は何とか体勢を崩すことなく、抱きとめることが出来た。ただ、細身の体型であろうとも勢いがあればそこそこの衝撃が僕に走る。同時に、鼻に匂ってくる女性の香りが本能を刺激する。汗の香りですら、良い匂いがする。あと、柔らかい何かも。
「危ないですよ、椿さん。暑いです」
「こんな美少女に抱きつかれて、最初に言う感想がそれなの? もしかして、男として枯れているの?」
息を感じるほど近い距離の椿さんは、可愛らしいこげ茶の瞳で僕を見上げながら失礼な一言を投げかけた。
いや、貴女が思ってるより僕も男です。だから、離して欲しいんです。ちょっと、貴女の香りと胸のふくらみの柔らかさが刺激的過ぎます。
「余計なお世話です。それよりも、本当に暑いですし、僕は椿さんと違って礼節があるので腕を退けてくれませんか?」
何とか悟られないように、熱が顔に集まってくるのを感じながらも僕は、椿さんの柔肌を掴んだ。汗の湿り気を感じられたけれど、そこに不快感など感じられなかった。不快感どころか、どこかに情欲の様なものが湧いた。
いや、こんな煩悩は僕にはない。無いとは言いつつも、浮かんでいるんだから嘘になる。けれど……。ああ、違う! とかく離してくれることを祈ろう!
「嫌よ。だって、貴方は私のモノですもの」
祈りは裏切られた。椿さんは、悪戯っぽく笑って、僕との距離を近づけてくる。薄紅色の艶やかな唇が近づいて来る。ヤバい。本当にヤバい。僕だって、貴女の好意に気付いていない訳じゃ無いんですから、もう少しゆっくりと近づいて来て下さい。お願いします。急激な恋の熱は、一瞬で冷めるんですから。熱中する恋よりも、ゆっくり温まる愛の方が良いですよ!
「僕は貴女のモノじゃないですよ」
心の叫びは椿さんに効かず、彼女は近づいて来る。吐息が鼻にかかる。
せめてもの抵抗として、焦る声を掛ける。
熱は近い。
顔が熱い。多分真っ赤だ。
フローラルな良い香りがする。
思考が低下してきた……。
このままだと、僕のファーストキスは……。
僕と椿さんとの唇の距離が、紙一重となった。もう、ほんの少しでも僕か椿さんが動けば、僕のファーストキスが終わる。熱っぽい瞳が、僕を見つめる。妖艶だ。
いや、もう、こんな綺麗な人とファーストキスができるならそれでいい気がする。純潔だのを気にするのは、時代遅れかもしれない。純情の恋なんて言うのが、叶うかもわからないんだから……。
諦めかけて僕は椿さんの接吻を受け入れようとしかけた。だが、その時、恋に暴走する彼女の真後ろに、あの人が見えた。僕が想って想って、想い続ける先輩が、白銀の姫と呼ばれる所以である銀色の髪を、陰る古道を通って吹いてきた涼しげな風になびかせて、赤い瞳を優しく細め、知性を存分に感じさせる絶世の笑みを浮かべてながら、いつの間にか立っていた。日本人離れしたヨーロッパの趣を見事に感じさせる顔つきも相まってそれはまるで、神話の様だ。
そして、先輩は暴走する彼女の頭を軽くチョップした。
「こら、椿。私の可愛い後輩で、遊ばないの」
「あら、桔梗、私は遊んでなんかないわよ。二人の間で純情の愛を紡いでいただけよ」
首の後ろに回していた腕を椿さんは、解いて僕から離れ、後に体を向けた。そして、赤くなった顔を手で扇ぎながら、余裕に満ちた声で先輩に自身の恋の暴走を愛という言葉で伝えた。
これに僕は、ムッとした。僕は特別、椿さんとの間に愛を持っていないのだから。いや、それは語弊になる。愛はあるけど、『Love』じゃなくて『Like』の愛だ。けれど、彼女からしたら僕との間には確固たる愛があるんだ。でも、それは一方的なモノだ。だから、僕は否定のために首を横に振る。声が出ないのは、ちょっと胸の中に色々と溜まっているからだ。もし、ここで声を発したらそれはもう上ずること間違いなし。湧いてしまった情欲と、先輩にそれを見られてしまった恥辱が今、山積しているから。
椿さんの発言に対して、首を横に振る僕を先輩は見るとクスリと悪戯っぽく笑った。どこか勝ち誇ったような笑みだ。
「でも杏子は、嫌がってるみたい」
僕はこの笑みに、顔を別の意味で赤くした。
恋の熱さだ。
純潔の初恋は、しばらくの間諦められない。例え、それが途方もないほどの困難の連続であってもだ。それほど、先輩は、八重桔梗という女性は魅力的なのだから。
ご覧いただきありがとうございます。
もし、この作品を良いと思った方は広告下の☆マークを押して頂けると作者としては嬉しい限りです。