第9話 夏だ!プールだ!マウンティングだ!
あづい……。
「あづい……」
考えていたことと同じ言葉が口から漏れる。
いや、考えていたことかどうかもわからない。
なぜなら夢うつつだからだ。
「あづい……」
寝起きでこの暑さ。
しんどすぎる。
今日も最悪の寝覚めだ。
幼稚園児の頃に転生?した俺だが、この頃の俺の部屋はエアコンがなかった。
高校受験のときにやっと、勉強に集中できないという理由でエアコンを付けてもらったが、それまでは冬は布団にくるまり、夏は全裸で大の字になることで耐えていた。
ちなみに、エアコンが付いたからと言ってついぞちゃんと勉強をしたことはなかった。
できないんだからやる意味が無いからな。
「あづい……」
また思わず声が出る。
「起きなさーい!朝ごはんよー!」
リビングからお母さんの声が聞こえてくる。
「はーい!……」
返事をするが、元気は皆無だ。
寝起きで元気があるはずなのに、夜中の暑さのせいで体力が削られている。
なんとか起き上がり、のそのそとリビングに向かう。
リビングに向かう途中、同じく自室から出てきた美香と鉢合わせる。
「おはよう」
「おはよ」
こいつ、挨拶はちゃんと返すんだよな……。それにしても、涼しそうな顔してやがる。
「涼しそうな顔してんな。暑くないの?」
「体温調節は基本。自分で適切な体温を保たないと、熱中症になってしまう。恒温動物として、随意に体温を調節することは生命維持の基本。これができないヅキは爬虫類みたいなもの」
こいつは何を言っているんだ。
「爬虫類ってなんだよ。朝から何言ってんの」
「爬虫類は……、そうだね、恐竜みたいなもの。ヅキは恐竜。」
「恐竜!?」
恐竜か!それはいいな!
「そう恐竜。恐竜は爬虫類」
「そうか!これからは俺は爬虫類に似てる!ってマウントをとろ!」
「うん、そうするといい。……プフフッ」
ミカがなんかニヤけているが、俺もニヤけてしまう。朝からいい気分だ。
ドアを開けていい気分のままリビングに入ると、さらにいい気分になる。クーラーが効いているからだ。うーん涼しい。
今日はもうマウントのネタも手に入れたし、早く幼稚園に行きたいな!
−−−
「……。」
無言。ワレ無言ナリ。
傍から見ればムッスーとしていることだろう。
今は幼稚園で午前中。
朝、いい気持ちでご飯を食べ、マウントの予感にワクワクしながら幼稚園に来た俺だが、初っ端に昆虫大好き十影和仁くんに「俺は爬虫類だ!」とマウントを取ろうとしたら、十影くんが目をキラキラさせながら「ヅキくんも爬虫類すきなの!?ぼくも好きなんだ!とくに好きなのはガイアナカイマントカゲでね!このトカゲはね……ry」と語りだした。
そして最後には「いやーヅキくんも爬虫類が好きだったなんて!てんとう虫とかカブトムシとか、昆虫が好きな子は多いんだけど、爬虫類が好きな子は全然いなくてね。ぼく、嬉しいよ!」と言ってきた。
そこで俺は悟った。
美香にハメられたと。
いい気分が台無しだ。
それから俺は、俺の代わりにいい気分になったみたいな十影くんを横目にムッスーとしていたというわけだ。
この気持、どないしてやろうか。
「はーい、今日は、事前のお知らせの通り、プールに入るよー!」
と、その時、佐藤砂糖先生の声が響いた。
これだ! 瞬間、心動いた。
すっかり忘れいたが、今日はプールがあったのだ!
これでこの鬱憤を晴らすためにマウントを取る。
決まりだな!
−−−
プールは午後からの予定だった。
早くその時が来ないかとソワソワして待っていたが、ついにその時が来た。
「はーい、それじゃみんな着替えてー!」
「「「わー!」」」
シュガー先生の掛け声でみんな着替えだす。
着替えが終わった子から、先生たちが準備していたプールに向かう。
まずは塩素水の入ったケースを通る。
「「冷たいー!」」
園児達がキャーキャー言っている。
どいつもこいつも体は冷えているが頭が熱くなっているようだ。
俺は一人、体が冷えると同時に頭もクールに冷やす。
さて、どうマウントを取ってやろうか。
「「「きゃーきゃっきゃ!!!」」」
考えつつ、プールに入る。
プールは空気で膨らませるタイプのものだ。
プールと言うよりは水浴びに近い。
「そぉら!くらえ!」
「きゃー!やめてー!」
早速、澤我塩のテンションが振り切れて女の子に水をかけ、嫌がらせをしている。
本当にしょうもねえやつだ。
……いや、待てよ!これだ!!
「ガッシー!」
「ん?」
「くらえ!」
指を組むように両手を握り込んで蓄えた水を、小指側の手のひらから水鉄砲のように発射する!
「ぐわ!」
見事にガッシーの顔に直撃する。
「目が!目がああああ!」
ガッシーは塩素入りの水をくらい、顔を抑えて跳ね回っている。まるで釣り上げられた奇行種だ。
「ガッシー!女の子をいじめちゃダメだぜ!」
「ヅキくん!すごい!」
助けられた女の子から称賛を浴びる。
これだ。これだぜ。気持ちイイ!
「ねえ、それどうやってやるの?」
「うん?こうやって、手に水をためて……」
「うーん、むずかしいよ……」
「当然だよ。結構難しいんだよね、これ。俺だからできるのさ」
園児のちっちゃい手でもできるように、毎晩お風呂で練習していたからな。
そうやすやすとはできないものさ。
「そうだね!ヅキくんすごい!」
フッ。こいつはいいやつだ。気持ちいい。
「くっそーヅキ!くらえ!」
目の痛みから回復したガッシーが仕返しとばかりに手のひらで水を掛けてくる。
「「きゃっ!」」
「「うわっ!」」
俺だけを狙っているつもりだろうが、周りにも飛び火している。
さっきガッシーに狙われていた女の子以外にも複数名に水がかかる。
だからこそ…
「派手だが、それだけだね。甘いよ」
コントロールがなっていない。数撃ちゃ当たる戦法も強いが、俺とは10年以上の経験の差があるのだ。顔に当たるものだけ避ける。数撃ちゃ当たる戦法は避けきることは難しいからな。
「くらいな!」
言いながら、今度は手のひらを90度交差させるように握り込んだ手を水につけたまま、親指と親指の隙間から水鉄砲のように水を発射する!
「ぎゃああああ!!!」
またもやガッシーの顔に直撃。
さらにこの撃ち方は無限リロードだ。水面に手を置いたままなので、連射ができる。
無限にガッシーを追撃する!
「目が!目がああああ!!!」
連射によって容赦なく目と鼻を潰す。
ガッシーは再び釣り上げられた魚……もとい、立ち上がって暴れているのでさながら釣り上げられた奇行種のようになっている。
「ヅキくん、すごい!」
「なんだそれヅキ!俺もやる!」
周囲の称賛が気持ちいい。
そして男の子は見様見真似で、ヘタクソだがガッシーを報復の集中攻撃をし始めた。
「目が!鼻が!耳がああああ!!! うわああああん!!!」
全方位から攻撃を受けたガッシーはプールの水なのか涙なのかよくわからない液体で頬を濡らしながら、プールの外に退散していった。
悪は滅びた。
「うーん、うまくできないなあ」
「結構難しいね」
周りは逃げていくガッシーには秒で興味を失い、水を手で撃つことにに夢中になっている。
無邪気って怖いね。
「まったく、なっていないね、君たち。お手本を見せてあげよう」
そう言って、いくつかお手本を見せてあげる。
「すげえ!ほそくながくみずがとんでる!まるでみずでっぽうだ!」
「ヅキのてはまるでてっぽうだな!」
「鉄砲の手……ハッ!」
「水手砲!」
「「「水手砲!!!水手砲!!!」」」
だれうま。
いやほとんでの園児は漢字わからんだろ。
なんだこのテンションは……。
「うおおおお!!!俺が水手砲のヅキだ!!!ガッシーを退治したぜ!!!」
とりあえずのっかろう。
「うおおおお!!!水手砲!!!水手砲!!!」
「きゃあああ!!!ヅキくん!!!ヅキくん!!!」「池くん!池くん!」
フッ、気持ちいい……ん?なんか最後混ざったぞ。
「うおおお!池は泳げるのか!」
「きゃははは!すごいすごーい!」
「池くんかっこいー!」
見やると、園児たちが俺に集まってできたスペースで池がクロールをしている。池に対し最初に歓声を上げたのは腹出照子、通称テルコだったようだ。
水深が浅く、水がないところであれだけのクロールを……。
ムカつくが、歓声を上げるだけのことはある。
「すごーい泳げるんだー!」
「水泳習ってるのかな?」
「俺も泳ぐ!」
「あはは!犬かきじゃん!」
クッ。園児たちの興味が泳ぎに!
やらせんはせん、やらせんはせんぞ!貴様ごときイケメンに、俺のマウンティングをやらせはせんぞ!池!
「おりゃあ!」
「うおっ!ヅキもおよげたのか!」
「あれは平泳ぎだね。スピードは出ないけど疲れにくく、長時間泳ぐのに向いているんだ」
さらに!
「かべぎわでターン、からの……あれはせおよぎ!?」
「園児の体は頭の比重が大きくて背泳ぎは難しいんだ。なのにあの綺麗なフォーム……。ヅキくん、君は一体……」
いや解説してるお前が一体ナニモンだよ。
……それはさておき、これで池も参っただろう!
背泳ぎをしながら横を見る。すると…
「わあああ池なんだそのカッケェ泳ぎは!」
「これはバタフライ!わたししってるよ!オリンピックでやってた!難しいんだってパパが言ってた!」
「へえーすごいな!」
「流石にすごいね。これでは、さしものヅキくんと言えど……」
「むげんだいなゆめのあとのなにもないよのなかだね!」
「たしかに!いいたいこともいえないこんなよのなかじゃ!」
「それは違うよ!」
クッ!
バタフライだと!?
転生前は学校の授業で身に付けられなかったものを!
おそらく今やっても、転生前と同じく腕を伸ばしきれず不格好になってしまう!
クッ!
「おおっとせおよぎとバタフライがならんだー!」
「バタフライは極めればクロールのスピードと、平泳ぎの疲れにくさの両方を兼ね揃えることができる究極の泳法だ。池くんのは完成度が高い。ヅキくんの幼児の背泳ぎでは追いつかれてしまう」
「池くんはやーい!」
「池くんかっこいー!」
ちくしょう!負けるか!こうなったら!最終奥義だ!
「ヅキせんしゅ、はんてん!あおむけからからだをしたにしたー!」
「この速度にはクロールか、同じくバタフライじゃないとね。さて、ヅキくんのクロールもバタフライも、まだ見てないからね。楽しみだね」
いいや。違うぜ。見せてやるよ!
「……うん?てをつかわない…?これはいったい?」
「…!? こ、これは!で、伝説の!あの泳ぎ方!?」
「はて、いったいなんなんでしょう」
「これは、『アトランティスから来た男泳ぎ』!!!」
「「「???」」」
「みなさんをだいべんしてききますが、それはなんなんです?」
「簡単に言えば腕を使わないバタフライだ。腕を体の横にピッタリとつけ、脚全体のキックと体全身を波打たせることで流体的に圧倒的な推進力を得る泳ぎ方だ。手を使って泳ぐ魚がいないように、本来的に手は水の抵抗を生む存在だ。これは人間、いや、陸上動物の泳ぎ方というよりも、水生生物の泳ぎ方なんだ!」
「な、なるほど……。ではなぜ、このおよぎかたがふきゅうしていないのでしょうか……」
「それは簡単だ。なぜなら、息継ぎができないからさ!手を使わない、使えないということは、体を持ち上げ、水面に体を出すことができない、ということを意味する。ここからも言える通り、体を水面に持ち上げる、という手のかき方は、それだけの抵抗も生んでいるんだ。それすら排除した泳ぎということさ!」
「た、たしかに!さきほどからいっさいいきつぎをしていない!だいじょうぶなのでしょうか!?」
「さすがに苦しいだろうね。だけど壁まであと少しだ。頑張れヅキくん!」
先程から今の俺が出せる最高速を出しているが、池はピッタリとつけている。
池、俺のこの泳ぎについてくるとは……だが、勝負は見えた!
転生前は授業中ひたすらこの泳ぎ方で遊んでいたのだ!年季が違う!
「ついにかべぎわ!どっちだー!」
「ヅキくんが手を伸ばした!タッチだけ手を使った!これは!」
「勝者……すずきヅキぃぃぃぃ!!!」
「す、すごい!池くんに勝つなんて!」
「変なおよぎだったけど、すごいね!」
「ね、気持ち悪いおよぎかただったけど、はやかったね!」
「すごいな、ヅキ」
どうだ池!俺の勝ちだ!
吸えなかった分を取り返すように荒く息をつきながら池の方を見ると、池も呼吸を乱しながらこちらを見ていた。
「ヅキ……ハァハァ…すごいな。そんな泳ぎがあるとは……負けたよ」
「ハァハァハァ、池も、ハァ、すごいな、ハァハァ、俺のあれについてくるなんて。ハァハァハァ……」
「いやーヅキ、すごかったよ!じっきょうしがいがあったよ!」
ガッシーが褒めてくる。てか実況はお前だったのか。
「ヅキくん、泳ぎもできるんだね。凄かったよ」
昆虫博士こと、十影和仁くんも褒めてくる。十影くんは実は爬虫類の方が好きで詳しい以外にも、水泳についても詳しかったのか……。
「ヅキすごかったぜ!」
「ヅキくん気持ち悪かったけど早かった!すごいね!」
ふふふふ。いやー勝利とマウントの味は最高だな!やめられねえぜ。
「はははは!ハァハァハァ…アーッハッハッハッハッ!!!ごほっ!ごほっごほっ…ハァハァハァハァハァハァ……」
−−−
余談だが、幼児の体で無理しすぎた俺は、その後半日を酸欠で寝込んだ。
「ヅキってばほんとバカ」
遊び時間も一人だけ布団でずっと寝転ぶ俺を見て美香が残した言葉に起こる力も出ない。
くそう…そういや美香にマウントは取れなかったな。
見てろよ、この借りはいつか……。